ボケもツッコミも、相手への関心から生まれるもの。そんな「お笑い」のセンスと経験知に学ぶ「コミュニケーションの達人」からのヒントとは ――。
宣伝も売り込みもしないのに、口コミで企業や労働組合、学校、病院へ広まる。受講者が「他の人にもぜひ、参加してほしい」と感じる。それが「お笑い研修プログラム」だ。
「初めてのお客さまからは『お笑いの研修って、何の役に立つの?』とよく聞かれます」。そう語るのは、ブック・ブリッジ代表取締役の橋本昌人氏。放送作家として、吉本興業などの芸能・エンターテインメント企業とともにテレビやラジオのバラエティー番組の制作に携わり、芸人と一緒にネタもつくる。
そんな「笑いのプロフェッショナル」のキャリアとノウハウを生かそうと、作家仲間に声を掛け起業。放送作家事業とともに研修事業を開始し、経営を支える両輪へと成長を遂げた。
期待と心配が交錯しつつも、人材育成の担当者が依頼するのは、なぜか。その理由は「笑いのスキル」が、「コミュニケーションスキル」に磨きをかけると期待するからだ。
研修実績が多いのは小売流通業や金融業など、対人サービス産業だが、衣料・製薬などのメーカー企業でもリピート実績がある。事業価値を高める接客応対だけでなく、部下の叱り方や風通しの良い職場づくりなど、社内コミュニケーション力の向上の他、固定観念を打ち破る発想力を高めたい、とニーズはさまざまである。
もちろん、現役の放送作家や元芸人の講師がプロデュースする「本物力」も人気の秘訣。講義形式で、笑いのセンスと経験を融合した「理論」を学び、体験発表型のワークショップで「実践」する。料金は2時間30万円から。50名以下か以上かで形式は変わるが、大勢でも受講可能である。特に手の込んだ準備を必要とせず、社内の会議室などで実施できる便利さも特徴だ。
研修プログラムは全て、多様なニーズに合わせた一品仕様。「漫才」や多人数向きの「コント」「大喜利」「あいうえお作文」など、メニューは多彩だ。中でも、人気が高いのが「ツッコミュニケーション」セミナーである。
「ツッコミ+コミュニケーション。ベタなネーミングですが、商標登録も取った『オリジナル』です」と橋本氏。笑いといえば、「ボケとツッコミ」だが、研修は目の前にいる人との共通点を探すことから始まる。
「何で?」「それで?」と対話するうちに、相手を喜ばせるために何を意識して話せばよいかが分かるようになる。それが広い意味での「ツッコミ」だ。また「ボケ」も、物の形や人のアクションなど、常識や決まり事を少しだけ違う角度から見ることに挑戦。これまでにない分析や対処が、新たな発想へとつながるようになる。
ワークショップでは、人気テレビ番組「M-1グランプリ」ならぬ「T-1グランプリ」と銘打って、受講者がチーム別でツッコミを発表する。
「『笑いを取れないのではないか』と心配する受講者もいますが、講師がちゃんと、楽しく体験できるようリードするのでご安心を。台本は身近なテーマを題材に、穴埋め式に考えていきます。その方が仕事の現場にも生かしやすいですから」(橋本氏)
人を喜ばせることが「本当の笑い」で、それが人とのつながりや信頼を高めるコミュニケーション力になるということだ。相手を傷つけたりおとしめたり「笑いものにする」のは、その対極にあると言えるだろう。
「笑いのノウハウって、よくご存じだし蓄積しているでしょ?うちの社員にもぜひ、聞かせてくれませんか」
旧知の経営者が呟いたそのひと言が、笑いの研修を始めたきっかけだ。機械メーカー勤務を経て、大好きなお笑いの放送作家へと転身を遂げた橋本氏は、組織で仕事をする難しさやストレスを肌で実感していた。
「その時に気付いたんです。そういった課題を解決する需要も、放送作家にあるんだと」(橋本氏)
舞台に立つお笑い芸人の姿を、数えきれないほど舞台の袖から見ていて、気付いたことがあった。人気が出る芸人は、「もう一度、会いたい」と思わせるような共通点があるのだ。
「コミュニケーションの達人なんですよ、彼らは。どうすればお客さまを引き付け、場を和ませることができるか。そのセンスはまさに天才的ですが、それを経験知のデータとして蓄積・分析して理論化できるのは、誰よりも間近で見ている放送作家。だから、どんな仕事のシーンでも役立つ研修ができると思っています」(橋本氏)
何度も会いたいと思われるほど好かれる人になるために、橋本氏は「笑いの理論」として、一つの答えを導き出した。「愛想の良さ→ツッコミ上手→多角的な視点→心の余裕」という実践サイクルだ。
「愛想良く笑顔になると、マメなツッコミができるようになる。すると、周りの変化や自分が持つ輝きにも気付き、客観的に俯瞰できるようになる。そして、心に余裕が生まれ、さらに愛想が良くなりもっといい笑顔になる。そのサイクルの真ん中にいるのが、人気芸人なんですよ」(橋本氏)
研修プログラムでも、笑顔やツッコミ、「ふわっとした、広く大きい視野」(橋本氏)を大切にしている。いずれも自分次第で、誰もが実践できるからだ。もう一つ重視するのは、自らが笑いのプロであるように、受講者もまた「その道のプロ」ということ。
「実は当初、受講者を『素人さん』と呼んでいました。『笑いの素人』という意味ですが、いまは絶対に言いません。皆さん、それぞれの職種にふさわしいコミュニケーションを実践しているプロですから」(橋本氏)
受講者一人一人へのリスペクトが、「研修して、終わり」ではなく、その後のスムーズな実践にもつながっている。受講後のアンケートでも「クレームを受けたお客さまに、うまくツッコミを返して笑ってもらえた」「苦手に感じた上司とも、距離感が縮まった」など高い評価を得ている。また、必ず聞こえてくるのが「上司にもぜひ、参加してもらいたい」との声だ。確かに、研修機会から遠ざかる経営幹部や管理職も、自分の殻を破るきっかけになり得る。実際に、経営トップが自ら参加する事例も少なくないという。