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ステージアップサイクル

若手経営者や新興企業は、さまざまな「成長の壁」とぶち当たる。難壁を突破する上で必要なことは何か。ミッション・ビジョン、ブランディング、メンタルモチベーションなどの機能に着目し、ビジネスを成長へと導く「ステージアップサイクル」を考える。
その他 2019.10.31

常識を変える挑戦で急成長。奈良県ナンバーワンのブライダル企業:ディライト

奈良県で挙式数シェアナンバーワンを誇るディライト。事業転換を繰り返しながら成長を遂げた同社は、多角化によって成長スピードを加速させている。

 

奈良の魅力を詰め込んだブライダルを提案

 

 

東大寺や興福寺、春日大社など、世界遺産が点在する奈良公園の一角に、奈良県内でひときわ人気の結婚式場がある。2004年にオープンした「ザ・ヒルトップテラス奈良」だ。

 

この式場は、若草山を背景に古都・奈良の歴史が感じられる唯一無二のロケーションと、ホスピタリティーの行き届いたサービスで評判を呼び、開業翌年には挙式数で県内ナンバーワンを達成。それまで大阪や京都に流出していた奈良のブライダル事情に、風穴を開ける存在として大きな注目を集めている。

 

「結婚式を挙げる人が隣接する都道府県へ流出することは珍しくありませんが、複数の都道府県にまたがって流出する奈良県のようなケースは全国を見渡しても他にありません。確かに大阪や京都は強力なライバルですが、それらに負けない魅力が奈良にはあります。奈良らしい結婚式場をつくれば状況を変えられるのではないかと考えました」

 

こう語るのは、ザ・ヒルトップテラス奈良を運営するディライトの代表取締役社長・出口哲也氏。ブランド力の高い大阪、京都がライバルとなれば、それらをマイナス要因と捉えるのが常識的な考え方だが、出口氏は奈良のポテンシャルを見据え、「勝機はある」と捉えた。

 

そして2011年には、奈良県民が長年親しんできた近鉄あやめ池遊園地の跡地に「イリス ウォーターテラスあやめ池」をオープン。「思い出に残るウエディング」をテーマとする同施設が高く評価され、2012年度以降、同社は奈良県内のウエディング市場においてシェアナンバーワンという不動のポジションを確立している。

 

 

会社の歴史は事業転換の歴史

 

 

 

ディライトは現在、奈良市の2店舗に加え、東京2店舗、大阪1店舗でブライダル事業を展開。順調に成長を続ける同社は、ブライダルへ参入する以前にも幾度か事業転換してきた歴史がある。

 

同社の始まりは、1950年に出口氏の祖父が繊維製品を製造する出口縫工所を奈良県天理市で創業したことにさかのぼる。1963年には新工場を設立し事業は拡大したが、景気悪化を受けて1967年にホテル事業へと経営のかじを切った。

 

その後、事業は軌道に乗って奈良・京都に三つのホテルを展開するまでに成長すると、1984年に現会長の出口悦弘氏が新規事業として婦人服や雑貨の輸入販売を行うリブハートを設立。奈良や神戸に8店舗を構えるまでに拡大した。そうした流れの中、2004年に現在の主力であるブライダル事業への進出を果たすことになる。

 

「ある日、父(悦弘氏)に奈良公園に連れ出されました。3000坪(約9900㎡)の敷地に20室ほどの小さなホテルが立つ土地を前に、『ここに何をつくったら、お客さまに喜んでいただけると思う?』と尋ねられました」(出口氏)

 

その土地こそ、現在のザ・ヒルトップテラス奈良がある場所。当時、出口氏は大学を卒業して社会人になったばかりで、ビジネスの経験はほとんどなかった。ただ、先入観のないフラットな状態から見えてきたのは、世界遺産を包み込む奈良公園の自然の中に並ぶ新郎新婦の姿。「ここに結婚式場があったら……」。そこからブライダル事業への挑戦が始まった。

 

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多角化を加速し年商40億円へ

 

奈良らしい結婚式場をつくる――。そのために欠かせないのが、ロケーションを最大限に生かす解放感のあるハードと、奈良の魅力を盛り込んだソフトをつくり込むこと。中でも、「料理やサービスこそ、結婚式の記憶に残る重要なポイント」と位置付け、人材の獲得に力を注いだ。

 

言うまでもなく、当時はブライダルに関してまったくの素人。それにもかかわらず、リクルート出身のブライダルのプロやザ・リッツ・カールトン出身の料理人などが続々と同社に集まってきた。実績のない企業に、優秀なスタッフが加わったのはなぜか?その理由について、「奈良で一番のブライダル会場をつくりたいという情熱が伝わったのだと思います」と出口氏は言う。綿密なマーケットリサーチや事業計画は大事だが、最も大切なのは経営者や社員の本気度であり、これが新規事業の成否を分けると言っても過言ではない。

 

また、ブライダル事業の成功を機に、同社はレストランやカフェ、スイーツ店、フォトスタジオといった周辺領域へも進出。多角化を図った結果、2003年に2億2000万円だった売上高は、2018年に40億円まで拡大している。事業転換が成長の原動力と言えるが、もちろん百戦百勝で事業を成功させてきたわけではない。

 

「多角化を加速するため、2004年から2020年にかけて42店舗を出店しましたが、特に飲食に関しては23店舗中、9店舗が撤退しています」(出口氏)

 

一時は、飲食事業の営業赤字が年間6000万円近くまで膨張するなど業績が悪化したものの、新規出店と赤字店舗の閉鎖、経営改善を繰り返しながら現在は年間約3000万円の黒字まで挽回。「“ 高い授業料” を払いましたが、社内に出店計画や店舗運営に関する専門スタッフやノウハウを残すことができました。今では健全な経営と言える状況になった」と出口氏は笑い飛ばす。