その他 2019.10.31

中間管理職が変わることで強い組織が生まれる:日本産業カウンセラー協会 会長(代表理事)小原 新 氏

従業員の心の問題は目に見えづらい。が、経営者にとっては重大な懸念材料だ。一方、部下にとって上司は最大の「職場環境」である。組織のポテンシャルを最大化するために、従業員のメンタルヘルスの在り方を探りたい。

 

部下の仕事を決定する上司がストレスの原因になることも

 

 

2019年5月、衆議院本会議で「女性活躍・ハラスメント規制法」が成立した。この法律ではパワーハラスメント(以降、パワハラ)が初めて規定され、職場での防止措置義務を企業に課している。今後、企業各社でハラスメント対策の強化が進むとみられるが、同法には罰則規定がなく、実効性の確保は各企業の自主的な対応に委ねられる。

 

近年、職場でのいじめや嫌がらせ(ハラスメント)に関する相談件数が、全国で増加の一途をたどっている。パワハラなどによって生じるストレスが原因で、メンタルの不調を訴える従業員も少なくない。

 

当然、ストレスを抱えた従業員の仕事に対するモチベーションは上がらないため、職場の生産性も低くなってしまう。企業にとって従業員のメンタルヘルスは重要な経営課題であり、それに危機感を抱いている経営者も増えている。

 

こうした企業に対し、メンタルヘルス対策の支援を行っているのが、日本産業カウンセラー協会である。会長(代表理事)の小原新氏は大手鉄鋼2次加工メーカーの人事労務畑で長らく活躍し、上司と部下の信頼関係づくりの支援を推進してきた。

 

「40年以上、人事関係に関わって私が常に感じてきたのは、『部下にとって上司は最大の職場環境』ということ。職場での仕事や人間関係、さらにキャリア形成など、幅広い事柄に関わっているのが上司です。この上司との信頼関係がうまくいっていないと、ストレスがたまってしまい、生産性も上がらないという結果になります。最悪の場合、上司の意思にかかわらずパワハラと感じさせてしまう事態を招きかねません」(小原氏)

 

小原氏のこの指摘と合致する統計がある。厚生労働省の「労働安全衛生調査」(2017年)だ。「仕事や職業生活に関する強いストレスの有無と内容」について見ると、仕事の質・量(62.6%)、仕事の失敗(34.8%)、対人関係(30.6%)、役割・地位の変化(23.1%)などが上位を占めた。これらのほとんどが、上司に関係する項目と言える。

 

例えば、仕事の質・量を決めるのは上司である。適性を考慮せず能力以上の仕事量や内容的に難しい業務を与えたことで、部下が強いストレスを抱えてしまう。こうしたケースは、上司の配慮不足によるところが大きい。また仕事の失敗や対人関係についても、上司が適切なアドバイスやサポートを行っていれば、軽微なストレスに収まった可能性が高い。役割・地位の変化も、昇進や配属替えの権限を持つ上司が深く関わる。

 

厚労省が同年にまとめた報告書でも、「パワハラが発生している職場の特徴」として、第1位の「上司と部下のコミュニケーションが少ない職場」(45.8%)が他の項目を圧倒的に引き離している。これらの調査から、まさに職場環境をつくり出す最大の要因は「上司自身」であることが理解できよう。

 

出典 : 東京海上日動リスクコンサルティング「平成28年度 厚生労働省委託事業 職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」(2017年4月28日)

 

 

上司は自分の言動の影響の大きさに気付くこと

 

上司が部下に対して細やかな配慮をする、あるいは密接なコミュニケーションを図ることで、部下が感じる「職場環境」は大きく改善する。では、より良い職場環境にするため、上司はどう変化すべきなのだろうか。

 

「まずは本人が、“ 自分の言動が部下や職場の雰囲気に与えている影響” に気付くことです。実はパワハラも、当人はまったく自覚していないケースがほとんどです」(小原氏)

 

例えば、ある上司が、てきぱきと業務をこなす部下Aさんには「いつも仕事が早いね」、作業スピードが遅い部下Bさんには「まだできないのか」と、日頃から心の中で思っていたとする。そうした心象を上司は口に出さないが、普段の言動を通じて2人に伝わり、それがボディブローのように積もり積もって結果的にBさんがパワハラを受けていると感じてしまう。

 

「ついイライラして、『まだできないのか』と言葉を発する上司も少なくありません。しかし、冷静になって考えれば、自分が部下に対して過度の期待や要求をしたから、そうした結果(パワハラ)になったことが分かるはず。自分が知らないうちにパワハラをしたり、部下にストレスを与えたりしていることに、まずは気付くことが大切なのです」(小原氏)

 

また小原氏は、上司である中間管理職の役割は、「部下の適性を把握し、部下と対話をして部下がやりたい、得意な仕事を職務の1割でも2割でも担当させることによって、成果を上げること」だと指摘する。しかし、パワハラが起きるチーム、または「コミュニケーションが少ない職場、うまくいってない職場」では、部下を評価している立場にいる優位性だけが“ 無意識” に独り歩きして、“ 上から目線”に陥っていると警鐘を鳴らす。

 

上司である中間管理職の自覚を促し、部下のストレスを軽減するためにも、職場環境改善を支援する専門家でもある「産業カウンセラー」が職場に常駐することが望ましい。しかし、現状では産業カウンセラーが常駐する事業所は大企業の本社や中核拠点など、ごく一部に限られている。ほとんどの中堅・中小企業は、産業カウンセラーの常駐効果を知らない、または人件費がかさむと考えているためだ。

 

こうした見方に対し、小原氏は言う。「ダブルジョブ(社内兼業)にすれば、人件費はかからない。各部門に1人くらい、(産業カウンセラーを)置いてほしいと考えています。経理、営業、IT部門などの担当者が業務の1割だけでも、産業カウンセラーの感覚で職場に関わってもらえれば大きな意味があります」