人的資源の重要度が増す中、組織づくりに欠かせない要素として企業の注目を集める「従業員エンゲージメント」。この調査・分析を手掛けるウイリス・タワーズワトソンの市川幹人氏に、注目の理由と効果、高める方法を聞いた。
「働き方改革」が叫ばれる昨今、にわかに注目を浴び始めたキーワードがある。「従業員エンゲージメント」。簡単に言えば、従業員が勤務先の会社に対して持つ貢献意欲のことだ。
その従業員エンゲージメントに関する調査・分析を行い、データを活用して企業の業績向上を支援しているのが、ウイリス・タワーズワトソン(WTW)である。WTWは、保険・再保険事業などを展開する英ウイリス社と、人事・組織系コンサルティングファームの米タワーズワトソン社が2016年に経営統合して誕生した。現在、約140カ国に進出し、顧客に包括的なサービスを提供している。
事業の一つは、従業員のモチベーションを高め、組織を活性化させるためのソリューションサービスだ。具体的には、従業員エンゲージメントの実態を把握し、その水準を向上させることで業績アップにつなげる施策づくりをサポートする。
「当社の従業員エンゲージメント調査では、持続可能なエンゲージメントが高い企業は、エンゲージメントが低い企業の約3倍も営業利益率が高いという結果が出ています。しかし、残念ながら日本では、従業員エンゲージメントというコンセプトが、人事関係の業務を担当されている方々以外には、まだ十分に浸透していないのが現状です」
そう語るのは、WTWのディレクター(従業員意識調査領域統括)・市川幹人氏である。同氏は、「『従業員満足度調査』と『従業員エンゲージメント調査』を同義で捉えているケースが多い」と言う。
従業員満足度調査は、上司や同僚、報酬、評価、戦略・施策といったさまざまな側面から、自社で働くことに満足しているかどうかを測定しようとする。これに対し、従業員エンゲージメント調査は、従業員がどれだけ能動的に自社へ働き掛けようとしているかを測定する。そこが大きく異なる。
すなわち、エンゲージメントが高い従業員とは、自社の発展のために自分が何をすべきかを理解し、自社とリーダーに信頼感を持ち、業績向上に貢献したいと自発的に取り組む人を指す。
ただ、従業員エンゲージメントが向上するだけでは、大きな成果は上げられない。大切なのは、それを持続することだと市川氏は言う。
「一時的に従業員エンゲージメントが向上しても、頑張り過ぎて燃え尽きてしまうようなことになっては意味がありません。従業員が中長期的にやる気を維持し、高い成果を上げていくことが大切です。そこで重要になるのが『持続可能なエンゲージメント』です。これは従業員エンゲージメントに『可能な環境』(生産性高く、柔軟に働ける環境)と『活力』(心身ともに健康な状態)という要素が加わったものです」(市川氏)
具体的には、可能な環境とは、「業務を進める上で大きな阻害要因がない」「効率的に仕事を行うためのリソースが十分にある」「チームが効果的に問題に対処できる」といった要素がある職場のこと。また活力とは、「達成感のある仕事に就いている」「仕事に必要な活力を維持できている」「一緒に働く人たちとの人間関係も良好」という状態のことである。
つまり、自社の戦略を理解している貢献意欲の高い従業員が、自分の業務を効率的に行える環境で、心身の健康を維持しながら働けば、業績という結果はついてくるということだ。やる気のない従業員が、効率の悪い仕事しかできないような環境に置かれ、残業やプレッシャーで疲れ果てている状況で良い結果が出せるのかを想像してみれば、感覚的にも納得できるだろう。
WTWの顧客の多くは大企業であり、最近は従業員エンゲージメントに対する理解が徐々に広がりを見せている。その意識変化は、政府の「働き方改革」推進とも関連があるように思われると市川氏は言う。
「多くの企業は残業削減の徹底を図っていますが、生産性を向上しないまま推し進めると、管理職への負担が増えたり、やり遂げようというマインドが失われて従業員が中途半端な仕事をしたりして、企業競争力の低下を招きます。そこで、残業削減と並行して無駄をなくし、効率的に仕事ができるように業務を改善しなくてはならない。そのためにも、持続可能なエンゲージメントは不可欠なのです」(市川氏)
では、具体的にどのような方法で従業員エンゲージメント調査を行い、持続可能なエンゲージメントのある組織へと転換していくのだろうか。
まず、顧客企業とのディスカッションを通し、重点戦略や現状の課題を確認しながら調査の設問を設定。従業員の回答データを分析して改善を要する課題を抽出し、アクションを検討・提案していく。
ただし、従業員エンゲージメント調査は“魔法の杖”ではない。調査結果から浮かび上がってくるのは、あくまでも課題解決のためのヒントであり、糸口だ。
調査結果の分析で重要な役割を果たすのがベンチマークである。結果が出ても、他社と自社の水準を比較できなければ、現状を正しく解釈することは難しい。例えば、グローバル調査であれば国別に、また業界別や好業績企業などのベンチマークを参照することで、相対的に見て自社に何が足りないのかが明らかになる。