慶應義塾大学大学院で「幸福学」の研究を進める前野隆司氏は、SNSで自身とつながりのある人たちへ上記質問を投げ掛けた。
すると、前野氏が予想もしなかった数の回答が寄せられた。多数を占めたのは2.を支持する声で、要約すると「会社が儲かっていなければ、社員を幸せにしたくてもできない」という意見であった。(前野隆司・小森谷浩志・天外伺朗著『幸福学×経営学次世代日本型組織が世界を変える』内外出版社)
「会社は利益確保が第一、という考えが根付き、私の主張する『働く人の幸せこそ企業経営の要諦』という視点を日本で広めるのは、容易なことではないと思い知らされました」と前野氏は言う。
一方、経営学の本場・米国では「社員の幸せ」が主要な経営課題の一つとして認知されつつあり、「ウェルビーイング(well-being:幸せ)」や「マインドフルネス(mindfulness:瞑想により心を整えること)」を重視した経営手法に関心が集まり始めている。「社員を幸せにした会社は収益が上がる」ことに気付いた経営者が増えているのだ。
幸福の研究と言えば、哲学者や心理学者などが行うものと思いがちだが、前野氏はオートフォーカス一眼レフカメラやロボットの研究開発に尽力してきた工学者である。
「この半世紀で、日本のGDPは物価上昇率を差し引いても約6倍に増えました。しかし、国民の生活満足度は、戦後間もない1950年代からほぼ横ばい。国連が発表する『世界幸福度報告書』のランキングでも先進国の中で際立って低い(2019年は58位)。いくら技術が進歩しても、人々を幸せにしていないとしたら、私たち技術者は何をしてきたのだろうと不安になりました」
前野氏は、幸福の研究を始めたきっかけをこう話す。そして、哲学や心理学だけでなく、工学や政治学、経営学を含めたさまざまな学問分野を横断して個々の研究成果を体系化することで、幸せになるための心の仕組みを解明し、「直接的に人の役に立つ実践的な幸福学」の確立を目指している。