後継者がいない中小企業の現実を変える「ベンチャー型事業承継」モデル。その新しい概念を創り出し、自ら体現して見事に家業を成長軌道へ乗せた「アトツギ」がいる。
「社員5人で伝票は手書き。仕事場は古い長屋でエアコンもない。そんな家業を正直、格好悪いと思っていましたし、“アトツギ”なんて眼中にありませんでした」
家業とは、大阪で半世紀以上続くバイク部品卸の「鶴橋部品」(現日本モーターパーツ)。3代目のアトツギとして将来を期待された村井基輝氏だが、20代はクラブDJを経て、時流の波に乗り携帯電話販売で稼ぎ、ITベンチャーの役員へ転身した。旧態依然で変化に乏しい家業の承継は選択肢になかった。
だが、転機を経て30歳目前で家業に戻ると、今度は自ら変革の波を起こすイノベーターとなっていく。バイク・自動車・自転車部品や整備工具を、カタログや会員制Webサイトで販売するBtoB通販の新会社・カスタムジャパン(以降、CJ)を2005年に設立。数十万点に及ぶ国内・海外メーカーのアイテムを扱い、SPA(製造小売)による独自ブランドの商品開発も推進した。
この他、専任スタッフのカスタマーセンターや、一元管理で業界最大規模を誇る自社物流センターも構築。国内バイク販売店の8割超と取引実績を築き、販売店や整備工場の法人顧客会員が約8万店に上る業界トップシェアに成長し、創業以来、増収と黒字経営を続ける。
2008年には家業も事業承継し、越境ECや海外貿易も手掛けるCJグループ4社を率いている。
成長軌道を描く原動力は「整備のコストダウン」を実現するビジネスモデルだ。SPAで車両メーカーのOEM(相手先ブランドによる生産)先から直接、専門商社を介さず大量に仕入れる独自ブランドは、純正部品と同レベルの品質で低価格。バッテリーなら約6分の1の安さだ。
また、他社にない強みとして村井氏は「Googleでは検索できない課題の解決」を挙げる。「何十種類もあるバイクのカブも、車種別の車体番号を入力すれば使われている部品が瞬時に分かる。そんな部品検索システムを構築し、Googleで検索しても分からない部品のカテゴライズや個別適合など、専門性の高いサービスを自社完結で提供しています。お客さまの満足度向上だけでなく、業務の効率・スピード化にもつながっています」
SPA化とコストダウン、圧倒的なアイテム数に部品検索システム。全て、家業や業界になかったイノベーションの成果だ。
しかし、国内のバイク販売台数は最盛期の10分の1の規模に減り、日本の4大バイクメーカーも売り上げの90%を海外市場が占めるなど、市場環境は厳しさを増している。なぜ、家業を承継し、あえて火中の栗を拾うと決めたのか。
「国内で斜陽産業でも、海外では成長産業です。ただ残念ながら、素晴らしい国産メーカーがいても、部品供給で世界に進出した日本企業はいません。それなら、私たちがまず国内で確かな基盤を築き、海外へビジネスを広げていこうと。社名にはそんな思いを込めています」
村井氏にはさらに、一つの確信があった。古い、ダサいと感じる家業ほど、お客さまや取引先の不安や不満がたまり、むしろイノベーションを起こして解決するチャンスと価値がある、ということだ。その信念を自ら体現したのが「ベンチャー型事業承継」である。
いま、経済産業省が中小企業の後継者不足の解消策として注目し、2018年はアトツギの若手経営者を支援する「一般社団法人ベンチャー型事業承継」も発足した。実は、その名付け親は村井氏だ。
「スタートアップのベンチャー企業でも、単なる事業承継でもない。そのどちらにも属さない真ん中のポジションで、期待を一身に担うアトツギをどう生かし育てるか。時代遅れといわれる日本の中小企業の後継者不足を解決する一つのマインドであり、提唱モデルだと思っています」(村井氏)
ベンチャー型事業承継のメンターとして大学講師も務める村井氏が、ロールモデルとなる転機を迎えたのは2003年。ITベンチャーの役員を退任し、父である先代社長・村井達司氏から「うちの商売、やってみるか?」と言われた時だった。
「ハッとしたんです。仕事がなければオヤジのところで働けばいい。そんな潜在意識があって、自由にやれたんだと。祖父と父が築いた家業のすごさにも初めて気付きましたね」(村井氏)
電話とファクスの注文だけで事業が成り立ち、社員は残業ゼロで定時に帰っていく。それは安定した顧客基盤や仕入れ先との信頼関係があるからである。さらに、財務諸表を見て、無借金の健全経営だと知った。
「純粋なベンチャービジネスは、ゼロか1。みんな必死に働いています。でも家業の多くは、新規事業がない代わりに、安定基盤という大きなメリットがある。利用しない手はないし、家業をM&Aするつもりで、やればいいんだと」(村井氏)
村井氏は「イノベーションとは、リミックス」と独自の視点を持つ。既存のものを、足し算や掛け算によって新たに定義し直す、ということだ。それはまず、家業の資産を見極めることから始まる。特に着目したのが、お金以外の目に見えにくい、顧客や仕入れ先など先代が築いた人脈だった。息子だと言えば快く会ってくれて、本音を聞けるし、本気でアドバイスもくれる。あるがままの家業の姿を知る存在から聞く声が貴重なヒントになり、チャンスへ変えていく。そんなシーンを重ねながら、村井氏は専門性の高い“部品商”であることが強みだと見極め、ITとWebの時代の潮流に合うよう磨きをかけていこうと決めた。
新会社設立を選択したのも、理由がある。「家業と分けてリスクを取った方が、全てに分かりやすいんですよ。逃げ場がなくなり瞬間的にハードワークになりますが、自分の会社を持てばモチベーションが上がる。また、耐えて乗り越えることで私の存在価値を、家業の社員から認めてもらえるようになります」。新しい会社・部門を立ち上げる方が成功確率が高く、もしダメだった時には撤退しやすい、というメリットもある。
「やめる選択肢も大切ですし、失敗は次に生かせばいい。何より、アトツギとして挑戦を決めた時点で、先代は認めてくれています。最悪なのは、家業や先代の愚痴ばかり言うこと。何の生産性もありませんから」(村井氏)
強みは、裏を返せば弱点にも成り得る。家業を継承するアトツギならではの悩みとは? 村井氏にそう尋ねると一瞬の間を置き、答えが返ってきた。
「選択肢が少ないですね、アトツギには。資金力が限られる中小企業のベンチャー型事業承継は、理想を追求するビジョン型ではなく、いまあるビジネスを水平・垂直展開するハンズオン型が多い。家業の範囲で持続可能性を前提としたイノベーションを起こし、いかに伸ばすかです」(村井氏)
持続力を担保するCJグループの経営に成功した村井氏はいま、次なるステージとして「ベンチャー型事業承継のイノベーション」に挑もうとしている。「正直、迷いがあります。家業をつぶすのでは……という考えが芽生え、守りに入りたくなるんですよ」。それは家業の担い手であるアトツギにとって、永遠のテーマなのかもしれない。それでも、村井氏は一つの方向性を導き出している。
「家業からパブリックへ、です。上場もその一つですが、要するに社会基盤や新産業として、なくてはならない存在になっていこう、と」(村井氏)
そんな姿を表す企業コンセプトが「乗り物大好きカンパニー」。日本から世界へ、部品供給だけでなく、あらゆるアプローチで、シェアリングエコノミーや新たなモビリティー社会の創出に貢献を果たしていく決意である。
「バイクや自動車の数は減っても、移動欲は高まっていますし、ドバイ警察で実用化が決まった空飛ぶバイクなど、自由な移動手段の選択肢も増えていきます。IoTやモジュール化で、これまでにない乗り物が誕生するのはワクワクしますし、小規模でニッチな市場だからこそ、私たちにもチャンスがあります。目指すのは『部品を売らない部品屋』。そう呼ばれる存在になれたらうれしいですね」(村井氏)
Column
家業と、アトツギである自分の「資産」を正しく見極める
真に独創的なこと。それは、何か新しいものを初めて見つけることではない。古いもの、古くから知られていたもの、誰の目にも触れていたが見逃されていたものを、新しいもののように見いだすことである――。
ドイツの哲学者・ニーチェの訓おしえは、ベンチャー型事業承継におけるリミックスそのものだ。数多くの若きアトツギと対話を重ねる中で、村井氏は家業の資産の価値を分かっていない人が多い、と感じている。
「異業種交流会で集める千人の名刺よりも、先代が信頼関係を築いた、たった一人のお客さまや取引先の存在の方が、ずっと価値があります。BS(貸借対照表)に表れない無形の資産を、もっと大切に考えてほしいですね」(村井氏)
アトツギである自分自身をリミックスすることも大事だ。母と弟を亡くし、若くして死生観を得たこと。サッカーをやめてマイナーな卓球を選び、全国大会出場を果たしたこと。ITベンチャーで「オレが世界を変えている」と、疑いもせず勘違いできたこと。半生を通した経験の全てが「全力全開でないと、後悔する」「諦めではなく、勝てる土俵を選ぶニッチ戦略」「時流に乗る大切さと恐ろしさを、肝に銘じる」という自らの経営者感覚を培ってきたと、村井氏は語る。
家業もアトツギも「自社、自分という資産を知る」ことが、スタートラインと言えるだろう。
PROFILE
- ㈱カスタムジャパン
- 所在地:大阪府大阪市中央区日本橋2-9-16日本橋センタービル6F
- 設立:2005年
- 代表者:代表取締役 村井 基輝
- 従業員数:100名(2019年4月現在)