攻めと守りで高める事業価値と企業存続力
プロマーケットへの上場は、企業価値向上に向けて「攻め」と「守り」の視点で大きなインパクトを与えることができる。
攻めの視点では、知名度や信用力の向上、優秀な人材の確保を通じて企業価値を高め、「事業価値」の向上を実現することが重要である。事業価値とは、各事業が将来的に生み出すフリーキャッシュフロー(FCF)を割引率(WACC:加重平均資本コスト)で現在価値に割り引いた金額の合計を指す。事業価値向上のためには、①売上成長、②収益性改善、③事業ポートフォリオ変換の3つが必要である。
売上成長については、企業の知名度や信用力が向上することで、取引先との事業拡大や金融機関からの資金調達力が強化される。また、M&Aを通じた市場シェアの拡大や成長事業の獲得機会も増加する。さらに、優秀な人材を確保することで、既存事業のイノベーションや新規事業領域への進出が可能となる。
収益性改善については、知名度や信用力の向上により調達力が強化され、コスト削減が実現する。また、ブランド力の向上により価格交渉力(プライシング力)が高まり収益性の改善が期待できる。
事業ポートフォリオ変換については、知名度・信用力を高め、優秀な人材を確保することで、複数事業を展開している企業においては、収益性・成長性の高い事業への転換を中長期的に進めることが可能となる。
守りの視点では、①事業承継の選択肢拡大、②内部管理体制・ガバナンスの強化の2つを推進することで、企業存続(事業継続)のリスクを低減しつつ、企業価値を高めることができる。
事業価値を高める上で、「継続価値」の占める割合が非常に重要だ。まずは企業を存続させ、事業を継続することが最優先となる。そのような中、プロマーケット上場による事業承継の選択肢拡大は、経営や資本を引き継ぐ後継経営者や、後継株主の選択肢を広げることを意味している。これにより、親族・親族外を問わず、後継者不足が深刻化する現代において、オーナー経営からの脱却を図れるという大きなメリットが生まれる。
内部管理体制・ガバナンスの強化については、企業存続リスクや企業価値毀損リスクを低減するために、不正や不祥事を未然に防ぐルールや体制づくりが重要である。これは、企業や経営者に対する信頼を向上させるものであり、持続的な成長と安定経営の基盤を支える役割を果たす。
なお、プロマーケット上場後の株式は一般投資家には流通しないものの、決算状況の開示によって株式の市場価格が算定されるため、「上場企業として内部管理体制・ガバナンスが強化されている」という信頼感と相まって、事業承継M&Aを有利に進めることができる。具体的には、大手企業へのM&Aの選択肢が広がるほか、M&A価格のディスカウントを回避できる可能性も高まる。
一般市場へのステップアップ上場がもたらす成長機会
さらなる企業価値向上を目指す場合、プロマーケットから一般市場(グロース・スタンダード・プライム市場)へのステップアップ上場を目指すという選択肢がある。
プロマーケット上場時に整備した管理体制や開示体制を基盤とすることで、一般市場への上場をスムーズに実施することが可能となる。近年、一般市場への上場基準が厳しさを増していることから、プロマーケット上場を一般市場への上場のマイルストーンと位置付けることで、社内のIPO(新規株式上場)に対するモチベーションを高める効果が期待できる。
企業価値向上に向けて、一般市場へのステップアップ上場で得られる最大のメリットは、資金調達手段の多様化である。流通マーケットからの資金調達が可能となり、既存事業への成長投資や新規事業の開拓投資を含む事業拡大に向けた事業ポートフォリオ戦略やM&A戦略を大胆に進めることができる。
一方で、株式市場からは、株主や資本コストを意識した経営が求められるようになる。資本コスト低減策としては、①収益変動性の低下、②ESG(環境・社会・ガバナンス)評価の向上、③IR活動の充実、投資家との対話強化などが挙げられる。
なお、株式市場では株主から調達した資金(株主資本)や金融機関から調達した資金(負債)をどのように投資し、どれだけ収益を上げて株主に還元するかが注目される。企業は投資家(株主)に対して、稼いだキャッシュフローをどのように投資し、株主還元に配分するかという方針である「キャッシュアロケーション」を明確に示すことが重要である。
無形資産への投資が企業価値向上の鍵
企業価値向上のためには、「経済的価値」と「社会的価値」の両方を向上させることが重要である。社会的価値の向上においては、ESG評価の向上にもつながる無形資産への投資が鍵となる。無形資産とは、非財務資本(人的資本・知的資本・製造資本・社会関係資本・自然資本など)を指す。
日本企業は欧米企業に比べて無形資産への投資が少ないため、企業価値が低いと言われている。一方で、エーザイや味の素など、企業価値の高い企業は、無形資産への投資が企業価値向上に寄与することを、独自の指標マネジメントによって実証している。
東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」(2023年3月)では、「プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場会社がROE(自己資本利益率)8%未満、PBR(株価純資産倍率)1倍割れと、資本収益性や成長性といった観点で課題がある状況であり、市場区分見直しに関するフォローアップ会議では、こうした現状を踏まえ、今後の各社の企業価値向上の実現に向けて、経営者の資本コストや株価に対する意識改革が必要」と指摘している。
教育・エンゲージメントなどの人的資本投資、研究・開発などの知的資本投資、ブランド・顧客基盤確立などの社会関係資本投資といった無形資産への投資を通じて、ROE8%以上、PBR1倍以上を達成し、企業価値向上と持続的成長を実現することが、上場企業においても、上場を目指す企業においても重要である。

メガバンクにて融資・外為・デリバティブなどの法人担当を経て、タナベコンサルティング入社。「企業を愛し企業繁栄に奉仕する」を信条とし、経営戦略・収益戦略を中心に幅広いコンサルティングを展開。企業を赤字体質から黒字体質にV字回復させる収益構造改革、成長企業に対するホールディングス化とグループ経営推進支援、ファイナンス視点による企業価値向上、投資判断、M&A支援の実績を多数持つ。また、オーナー企業に寄り添った事業承継支援、経営者(後継者)育成も数多く手掛け、高い評価と信頼を得ている。