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タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2025.05.30

建設業×事業ポートフォリオ再設計〜変化に挑む中堅企業の戦略〜 藤巻 桂太

事業ポートフォリオ再設計の意義と事例

 

建設業は日本の基幹産業である一方、景気動向や公共投資の増減、人材不足など複合的なリスクにさらされている。中堅企業にとって、経営戦略をどの領域に進めるかが成長と存続を左右する大きな要素となる。

そこで注目を集めるのが「事業ポートフォリオ」(【図表】)の再設計である。単一の事業領域に依存せず、複数の収益源を持つことでリスクを分散し、企業としての安定性と成長性を同時に高めることを狙う。

 

【図表】事業ポートフォリオ
【図表】事業ポートフォリオ
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

 

実際、国土交通省「令和6年度建設投資見通し」によれば、2024年度建設投資は約73兆円と高水準を維持する見通しである。一方、その内訳の「公共投資」と「民間投資」は、年度によってどちらかに偏りやすい。公共工事依存度の高い企業は、国や自治体の予算縮小により、一気に受注が落ち込むリスクも高まる。こうした外部環境の変化に対応するため、複数事業を展開し、経営の軸を分散させる必要性が強調されている。

人口減少や高齢化、都市再編、政策転換など、建設業の企業経営に与える外部要因の影響が年々増す中、中堅企業においては、変化へ柔軟に対応できなければ、生き残ることすら難しくなる局面もある。ここでは、中堅建設業が直面する主要課題を3つの視点で整理する。

❶ 景気や政策変更の影響
公共工事が拡大傾向のときは、土木案件などの需要が増え、受注を伸ばしやすい。一方、景気後退や政策変更の際は案件数が激減する。

❷ 人材不足と高齢化
建設業の就業者数は減少傾向が続いており、特に若年労働力の参入が伸び悩んでいる。熟練者の高齢化が進む一方、IT化やDXを担う人材の確保は簡単ではなく、施工や品質管理が属人的になりやすい。

❸ 単一事業モデルの限界
例えば、公共工事の下請けに特化している企業では、主要顧客が投資を抑制するだけで売り上げが一気に落ち込む。過度な集中リスクを回避するためには、設備工事や建物のリニューアル、海外や不動産関連事業など複数分野を組み合わせることが有効である。また、事業だけでなく、顧客ポートフォリオの多様化により一極集中を防ぐ必要がある。

A社は従業員数約1000名、売上高約1000億円の中堅建設企業である。売り上げの約70%を公共工事が占めていたが、公共投資の減少や人口減少による市場縮小の影響を受け、業績の伸び悩みが顕著となった。そこで、経営陣は持続的な成長と安定性を確保するため、事業ポートフォリオ再設計に着手した。

❶ 事業領域の拡張
国内市場の縮小に対応するため、海外市場への進出を決断。特に、新興国のインフラ需要に着目し、現地企業との合弁会社設立やM&Aを通じて市場参入を果たした。

その結果、海外売上高比率を高め、国内市場のリスク分散に成功。また、国内においても再生可能エネルギー関連の土木工事や、老朽化したインフラの維持管理・更新事業への参入を進め、新規事業として国の政策や社会的ニーズに合致し、安定した収益源となっている。

❷ 顧客ポートフォリオの多様化
公共工事依存から脱却するため、民間企業向けの営業活動を強化した。特に商業施設の建設、オフィスビルのリニューアル工事など、多岐にわたるプロジェクトを手掛けて顧客基盤の多様化を図った。

さらに、官民連携事業(PPP/PFI)参画により、官民双方からの受注機会が増加。その結果、公共工事比率を50%以下に抑え、民間工事や海外事業比率を向上できた。

❸ M&Aによる事業強化
事業領域拡張と顧客ポートフォリオ多様化を加速させるため、戦略的なM&Aを実施。土木工事や舗装事業に強みを持つ企業を子会社化することでグループのシナジーを追求し、企業価値向上を目指している。

また、海外市場進出では、現地の有力建設企業との事業提携を通じ、迅速な市場参入と事業基盤の確立を実現。これにより、スムーズな海外事業展開が可能となった。

❹ 収益と安定性の向上
前述の取り組みにより、A社は売上高1000億円を維持しつつ、営業利益率を向上させることに成功した。公共工事依存度を下げ、民間工事と海外事業の売上比率を上げたことで、景気や政策の影響を受けにくい、安定した経営基盤を構築した。さらに、新規事業参入やM&Aによる事業拡大に伴い、従業員数が増加し、地域経済への貢献度も高まっている。

本件は売上高1000億円規模の中堅建設業が、事業ポートフォリオの再設計を通じて持続的な成長と安定性を実現した好例である。市場環境の変化へ柔軟に対応し、新規事業参入、顧客基盤の多様化、戦略的なM&Aを推進することで、リスク分散と収益性向上が可能となった。


建設業界において、事業ポートフォリオの最適化は企業価値向上の鍵となる。各企業には自社の強みや市場動向を踏まえた、戦略的な事業再編が求められる。

 

「成長する中堅建設企業」の条件とは

 

中堅建設業は、地域のインフラ整備と雇用創出の担い手であると同時に、日本経済の持続可能性を支える柱の一つである。しかし、景気や政策の変動、高齢化、技術革新といった環境変化に、従来の事業構造で適応し続けることは容易でない。

A社のように、外部環境の変化を機に事業構造を根本から見直し、成長市場に軸足を移しながらも、既存事業の強みを生かすことが重要である。収益性と安定性の両立を実現した企業は、まさに「変化に強い経営」の象徴である。単なるリスク分散ではなく、ポートフォリオ全体として企業の競争力を引き上げる視点が、中堅企業の持続的成長には欠かせない。

今後も国内市場の縮小や人材確保の難しさ、デジタル化の加速といった構造的な課題が続く中、中堅企業が生き残り、飛躍するには、次の3つの視点が重要となる。

❶「自社の強み」の再定義
単なる事業の足し算ではなく、既存資産や技術・人材とのシナジーを前提とした再設計

❷「収益構造」の多様化と安定化
単年度の売り上げ追求にとどまらない、中長期的な利益体質の構築

❸ 未来を見据えた組織づくり
新分野に対応できる人材育成、意思決定スピード向上、DX対応

中堅企業にとってのポートフォリオ再設計は、単なる戦略的選択肢の一つではなく、経営の存続と発展を分ける分岐点であり、同時に「自社の未来像を描くプロセス」でもある。多様化・高度化が進む建設業界において、中堅企業がその価値をさらに発揮し続けるために、今こそ大胆かつ柔軟な経営変革が求められる。

 

※ PPP(Public Private Partnership)とは、公共施設等の建設、維持管理、運営を行政と民間が連携して行うことにより、財政資金の効率的使用や行政の効率化を図るもの。指定管理者制度や包括的民間委託、PFI(Private Finance Initiative)など、さまざまな方式がある

PROFILE
著者画像
藤巻 桂太
Keita Fujimaki
タナベコンサルティング
ストラテジー&ドメイン ゼネラルマネジャー
大手ハウスメーカーと建材メーカーを経てタナベコンサルティングへ入社。住宅関連産業の成長をミッションに企業規模や業界を問わず、中長期ビジョンや事業戦略の策定に強みを持つ。クライアントと未来を描き、持続的成長を促進するパートナーシップを構築することで、多岐にわたる業界の発展に貢献している。