DE&Iが求められる理由とその重要性
企業においては本来、DE&I(ダイバーシティー・エクイティー&インクルージョン)という言葉が示す通り、エクイティー、つまり「公平・公正性」が保たれなければならない。言い換えると、性別・国籍・年齢に関係なく、長所連結主義の考えに基づき、適材適所で社員が活躍できるようになることが求められる。
しかし、実態を見ると、DE&Iという視点において、日本は世界から大幅な後れをとっている。日本国内において、DE&Iに全く取り組めていない企業と、当たり前のように取り組めている企業の2極化が進んでいるのだ。両者の間には格差が生じ、それは経営格差へと波及している。
本稿ではDE&Iが求められる理由とその重要性について、採用・イノベーション・グローバルの3つの視点でまとめた。
❶ 採用から見た必要性
日本の総人口は長期の減少過程に入っており、2031年に1億2000万人を下回った後も減少を続け、2056年には1億人を割って9965万人、2070年には8700万人になると推計されている。中でも15~64歳までの生産年齢人口は、2050年には5540万人、2070年には4535万人になると予測されている(内閣府「令和6年版高齢社会白書」)。
企業における人材採用難は、すでに始まっている。東京商工リサーチによると、2024年1~11月の「人手不足」倒産件数は266件と、人材難の中小企業が件数を押し上げ、年間最多を更新している。つまり、これからの企業経営において、人材を採用できるかどうかは死活問題であり、採用における“多様性”が成否の鍵を握ると言える。
例えば、都心部に本社を置く従業員数1500名の電気エンジニアリング系A社では、年々新卒採用が厳しくなってきている。具体的には、電気系学部を卒業した新卒男性エンジニアの採用に苦戦している。実際、採用目標30名に対して毎年未達が続いており、その結果、受注件数は伸びているものの、現場技術者の人材不足がネックとなり、思うように業績を伸ばせない状況にある。
一方、地方に本社を置く従業員数400名の電気工事系企業B社は、毎年安定的に予定通り採用することができている。B社は、これからもますます深刻化するであろう採用難を「企業経営における最重要課題」と捉え、女性の活躍推進と生産性向上を強力に推進してきた。
B社は、2008年に「文系女子から工事技術者へ」をコンセプトに掲げ、理系・文系や性別に関係なく採用を実施。結果として、現在では技術者50名のうち約50%が女性技術者であり、さらにその半数が文系女性で構成されている。
ただし、こうした採用の場合、社内での教育体制の環境整備が必須条件である。B社においても、国家資格取得に向けたフォロー体制は当然のことながら、実務研修から工事研修まで、OJTを含めて、技術者育成のための教育制度を充実させている。
また、女性活躍を全社的な活動と位置付けて実施した結果、行政から数々の賞を受賞している(厚生労働省均等推進企業部門「都道府県労働局長優良賞」、男女いきいき・子育て応援宣言企業部門「ワーク・ライフ・バランス優良企業知事表彰」など)。こうした受賞や認定は、社内の意識改革や社外に対するブランディングを後押しする効果も大きい。
さらに、女性社員の活躍推進、積極採用には、人事制度の設計も非常に大切なポイントとなる。B社も人事制度の刷新を併せて行っている。
❷ イノベーションから見た必要性
女性向け製品を取り扱う上場企業C社では、社外取締役を含む役員10名のうち、女性役員は1名のみである。一方、女性活躍を先進的に推進する上場企業D社の役員構成は、社外取締役を含めて男性10名、女性5名(女性役員比率33.3%)である。
女性役員比率はあくまで企業のDE&Iを測る1つの参考指標だが、多様性が高いほど、従来とは異なる視点でのアイデアが生まれやすく、創造的な問題解決や革新的なイノベーションが促進される。ましてや、女性向け製品を取り扱っている企業であればなおさらである。“モノ余り・コト不足”の時代である今、消費者の潜在ニーズにマッチした開発が求められ、多様性の高いチームづくりが大切になってくる。
しかし、理想と現実はかけ離れた状況にある。日本企業の女性活躍の実態は、内閣府が2024年1月、東証プライム市場上場企業1620社(回答数379社)を対象に実施したアンケート結果※1から読み取ることができる。(【図表1】)
【図表1】役員および管理職に占める女性の割合
出所 : 内閣府男女共同参画局「令和5年度 女性登用の加速化に向けた取組事例集」(2024年10月)よりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
同アンケートによると、「役員に占める女性割合」は0%(0人)が3.7%、20%未満が全体の87.6%。また、「管理職に占める女性割合」は20%未満が全体の91.1%と、低水準である。
❸ グローバル視点から見た必要性
グローバル視点で見ると、伝統的なジェンダーロール(性別に基づいて社会的・文化的に適切または望ましいとみなされる態度や属性、行動など)や偏見が女性の活躍を妨げており、日本は明らかにDE&I後進国と言える。各国の男女格差を「経済」「教育」「健康」「政治」の4分野で評価し、国ごとのジェンダー平等の達成度を指数化した「ジェンダーギャップ指数」において、日本の2024年の順位は世界146カ国中118位であり、この結果が全てを物語っている。2023年125位から持ち直しているとはいえ、極めて低水準である※2。
もちろん、日本においてもDE&Iの先進的な取り組みを行う企業はある。グローバル企業でもあるユニリーバは、ジェンダー平等を企業戦略の一環と位置付け、管理職における女性の割合を増やす取り組みを行っている。同社では、職場での多様性とインクルージョンを推進するためのトレーニングやワークショップを実施しており、2020年に、世界全体で女性管理職比率50%を達成している。(27〜28ページ参照)
グローバル化時代における人事戦略においてDE&Iは必須条件であり、DE&I後進国の日本企業は今こそ、自社にとっての「当たり前」を変えなければならない。
DE&I推進に向けた内閣府男女共同参画の指針
2024年6月11日に「女性活躍・男女共同参画の重点方針 2024(女性版骨太の方針2024)」が、すべての女性が輝く社会づくり本部・男女共同参画推進本部より発表された。同方針では、「企業等における女性活躍の一層の推進」「女性の所得向上・経済的自立に向けた取組の一層の推進」「個人の尊厳と安心・安全が守られる社会の実現」「女性活躍・男女共同参画の取組の一層の加速化」の4つの柱に沿って、持続的で広がりのある取り組みの推進を目指すものとしている。(【図表2】)
【図表2】「女性版骨太の方針2024」の4つの柱
出所 : 内閣府ホームページよりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
また、政府は2023年の男女共同参画会議において、2025年までの新しい成果目標として、「東証プライム上場企業の女性役員の比率を19%」「東証プライム上場企業のうち、女性役員が登用されていない企業の割合を0%」にすることを閣議決定している。
一方で現実を見ると、女性の登用拡大を進めるに当たっての課題も多い。先述の東証プライム上場企業を対象にしたアンケート調査結果によると、「女性の登用拡大を進めていくにあたっての課題(複数回答)」について、「女性役員候補者(部長等)が少ない」が81.0%、「女性管理職(課長等)が少ない」が72.8%、「女性管理職候補者(係長等)が少ない」が54.4%など、「量的な課題」を挙げる回答が多く見られた。
また、それ以外の課題としては、「ロールモデルがいない」「社内の意識醸成が不十分」「制度の未整備」などが挙がっていた。
女性管理職・役員を簡単には増やすことができないのが、今の日本企業の実態なのである。
DE&I推進に取り組むポイント
DE&Iが進まない状況ではあるが、先述のアンケート調査結果では、女性の登用拡大に向けて取り組んでいる項目として、「両立支援制度の拡充や制度を利用しやすい環境づくり」が84.2%、「経営戦略に位置付けた上での登用率向上のための取り組み」が44.3%、「女性管理職候補者(係長等)向け研修」が44.1%であった。
以上の結果も踏まえ、タナベコンサルティング主催2024年経営戦略セミナーで「フロンティア戦略モデル」として紹介した、ダイキン工業のDE&Iにおける女性活躍推進にスポットを当て、取り組みを考察する。
同社は大阪市に本社を置く空調・冷凍機のメーカーで、売上高4兆3953億円、営業利益3921億円、海外売上比率は83%(連結、2024年3月期)を誇る、空調分野でグローバルシェアナンバーワンの企業である。2016年には経済産業省の「新・ダイバーシティ経営企業100選」に選定され、女性の活躍推進に関する取り組みが優れている企業に対して厚生労働大臣が認定する「えるぼし」の最高位も取得している。
❶ トップアプローチ
同社の成長の背景には、創業以来、大切にしている「人を基軸におく経営」がある。女性活躍については、実は1990年代より人事施策を含め取り組みを行っていたが、当時は成果を出すことができなかった。
大きく本格稼働し始めたきっかけは、2011 年にトップの指示により、トップ直下に女性活躍推進プロジェクトを発足したことである。そこから2016年には「新・ダイバーシティ経営企業100選」に選出され、女性活躍推進を全社の重要施策として位置付け、全社方針として発信している。
トップからの指針やメッセージの発信は企業規模に関係なく、企業文化や組織DNAを構築する上で欠かせない手段である。同社もプロジェクトを社長直下の組織としている。
❷ キャリアステップ
同社では、性別に関係なく積極的に“修羅場”を経験させ、成長させながら登用を図るという方針を掲げている。まさにこの方針は本質であり、公平な視点で能力や適性を評価して登用していくべきである。
ただ、それを邪魔するのが先入観である。「女性は結婚・出産後に辞めるのでは?」「女性は管理職になりたがらない」などは典型的であり、こうした自分の「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」を意識するための教育制度が必要となる。さらには、制度設計において、管理職や役員への昇進・昇格までにどのようなステップを踏むのかというロールモデルを明確にすることも非常に大切である。
❸ 教育制度
同社においては、女性管理職の育成を加速させるための教育もさることながら、男性管理職の教育にも力を入れている。例を挙げると、「男性管理職の意識改革」として、アンコンシャス・バイアスの払拭を狙いとした「女性部下育成セッション」を実施している。女性部下への業務の与え方、育休明け社員への対応、長時間労働の弊害など実情を理解させた上で、女性部下のマネジメントについてマインドセットするものである。
性別に関係なく、成長意欲の高いメンバーには積極的に仕事を与え、早期に経験値を上げ、キャリアアップさせていくことも1つの方法である。
❹ 環境・仕組みづくり
同社は、「女性社員の育休からの早期復帰支援」「育児支援カフェテリアプラン」「保育者の自宅派遣サービスの提供」など、育児休暇からの復帰支援策を積極的に制度化し展開している。これらの制度を展開することで、仕事と家庭を両立できる風土の醸成を行っている。
短時間勤務やフレックス制度などの柔軟な勤務制度の導入は当然のことながら、仕事と家庭の両立のための一歩踏み込んだ職場環境づくり・仕組みづくり(経営システム)が必要と言える。
女性活躍推進については、何か特別な対策があり、それを実施することで急に活性化するものではなく、長年にわたりコツコツと根気強く取り組んでいるからこそ、風土が醸成され企業に定着する。
まずは「自社の女性活躍のレベルがどの段階であるか」について チェックし、対策を積み上げていくことで、DE&Iを積極的に推進していただきたい。
レベル0:女性管理職のイメージが全く湧かない
レベル1:DE&I推進に関する具体的な数値目標設定など、トップから方針が発信されている
レベル2:DE&I推進プロジェクトなど委員会を設置している
レベル3:管理職研修など教育制度が整備されている
レベル4:踏み込んだ環境づくり・仕組みづくりができている
レベル5:DE&I経営により業績インパクトなど成果が上がっている
日本の人口が激減する中での採用、持続的成長に必要なイノベーション、新事業・新市場開拓のためのグローバル化が必要なこれからの経営において、その基盤となる人材のDE&Iは、日本企業に必須の経営課題である。
※1 内閣府男女共同参画局「令和5年度 女性登用の加速化に向けた取組事例集」(2024年10月)
※2 世界経済フォーラム(WEF)「Global Gender Gap Report 2024」(2024年6月)

大手メーカーにて設計・開発業務を経験し、タナベコンサルティングへ入社。企業再建から成長戦略策定まで、200 社以上のコンサルティングに従事。企業の成長発展に向け多くの実績を上げている。経営視点から中期・長期ビジョン実現に向けた幅広いコンサルティングを展開。HR 領域においては、サクセッションプランから後継者・次世代の経営人材育成まで、人と組織に関わるコンサルティングで成果を上げている。