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コンサルティングメソッド
コンサルティング メソッド
タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2024.11.01

事業ポートフォリオ戦略の策定による企業価値の向上 吉山 浩

「働き方改革」を意識した戦略策定が重要

企業が持続的成長を実現する上での長期的戦略として、事業ポートフォリオ戦略の策定が有効である。ポートフォリオとは「組み合わせ」を意味するが、語源は「紙ばさみ」「書類入れ」という意味で、個々の書類を別々に扱うのではなく、書類全体を1つのものとして扱うという意味もある。

このような文脈からすると、事業ポートフォリオ戦略の策定においても、それぞれの事業を単独で考えるのではなく、全体としてどう在るべきかを考えることが重要である。また、事業ポートフォリオ戦略の策定は、働き方の変革にもつながる。筆者は、企業に求められている「働き方改革」は単なる残業削減ではなく、「企業理念や自社の在るべき姿の実現への足掛かり」と位置付けることが本来の解釈であると考える。

そのためにも、「ドメイン(事業)×バリューチェーン」の切り口で事業ポートフォリオのアップデートを行い、ビジネスモデルを変革させ、企業価値最大化の成果である「コングロマリット・プレミアム(事業シナジー)」の創出を目指していただきたい。コングロマリット・プレミアムにはいくつか解釈があるが、本稿では単一事業の価値評価の総和よりも、企業全体の価値向上を指す。

コングロマリット・プレミアムの創出事例としては、ソニーが代表的である。エレクトロニクス事業、エンターテインメント事業、ゲーム事業、金融サービス事業などさまざまな事業を展開し、リスク分散や安定した収益をもたらしている。

事業ポートフォリオ戦略を策定する上で、事業の最適な組み合わせを行い、自社のビジネスモデルを変革していく必要がある。代表的なプロセスは、次の3ステップだ。

ステップ1 長期ビジョンの策定

グローバル化の進展や、デジタル革命により経営環境が急激に変化する時代において、まずは企業として目指すべき確固たるビジョンを描く必要がある。

タナベコンサルティングが実施した「2023年度長期ビジョン・中期経営計画に関するアンケート調査」(2023年9月)によると、中期経営計画を策定している企業は約7割程度であるのに対して、長期ビジョンを策定している企業は約3割にとどまっている。

長期ビジョンがなければ、現状の延長線上での発想しか生まれず、インパクトの大きい変化は生まれない。これは企業規模が大きくなるほど当てはまる。長期ビジョンを通じて、企業理念やパーパスを実現するための大きな方向性を発信することで、社員だけでなく、ステークホルダーを巻き込んだ大きな取り組みへと昇華させることができる。

まずは、長期的な企業の在るべき姿を描いたビジョンから、逆算でビジョンを実現する戦略ストーリーを描き、3~5カ年の中期経営計画を策定する。次に、事業戦略や財務戦略に落とし込むことで、具体的な事業ポートフォリオ戦略を描く。

ステップ2 自社の現状把握

長期ビジョンを描いた後は、自社の正しい現在地を確認する。山登りに例えると、この段階は登山口に位置する。ここを見誤ると、先に描く戦略ストーリー(山登りの道順)が大きくずれてしまうためだ。

自社の現在地を把握する材料として、市場価値を測る「事業性評価」と、経済的価値を測る「財務(資本)効率評価」の2つが挙げられる。この2つを、【図表】のように4つのマトリクスで整理する。

事業性評価においては、縦軸に「市場魅力度」、横軸に「事業競争力」を位置付ける。財務効率評価においては、縦軸に「売上成長性」、横軸に資本効率を表すROIC(投下資本利益率)、またはROE(自己資本利益率)、ROA(総資産利益率)を位置付ける。ROICは、事業用資産・負債から創出された事業利益を測る指標である。自社の事業を市場・経済価値の両方から捉え、それぞれのどの象限にプロットされるのかを確認することが重要である。

【図表】2つのアプローチによる正しい評価

出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

ステップ3 経営資源の最適化

自社の目指すべき姿(長期ビジョン)と現在地(事業性評価・財務効率評価)を把握した後は、事業ポートフォリオ戦略を具体的に描いていく。

タナベコンサルティングは、ドメイン×バリューチェーンによるアプローチを提言している。事業ポートフォリオの最適化で重要なのは、ドメインの拡大とバリューチェーンのアップデートであるからだ。

A社を事例に説明すると、A社は事業ドメインとしてA~Dの4事業を展開しており、主なコアバリューは企画・開発から設計まで自社で一貫して行うことである。一方、物流はアウトソーシングしており、販売は一部子会社が担っている。

ドメイン×バリューチェーンによるアプローチでA社の事業ポートフォリオを最適化すると、ドメインA・Bにおいては、ドメインC・Dで培った設計ノウハウを活用し、バリューチェーン上の設計機能を強化させる。

次に、ドメインDの一部に残っていた製造機能を外注製造へと変更。また、これまで弱みであったアフターサービス機能は、ノウハウを持つ企業をM&Aでグループインさせて全ドメインへと展開し、各事業のシナジー創出を目指す。

ドメイン×バリューチェーンの視点で事業ポートフォリオを立体的に捉えることで、経営資源を正しく再配分できる。A社の事例の通り、全事業をオーガニックで成長させることは非現実的であり、海外を視野に入れたM&A戦略の実装が重要だ。新たな経営技術を活用してビジネスモデルの変革を成し遂げ、「高付加価値・高単価・低稼働率」を実現していただきたい。

前述の通り、事業ポートフォリオ戦略の策定プロセスを示した。

今後、経営環境はさらに急速に変化していくだろう。時代の変化を適切に捉えて柔軟に対応するためにも、10年以上の長期ビジョンを掲げ、それを実現するための事業ポートフォリオ戦略の策定が重要である。働き方改革を意識した戦略を推進し、社内外を大きく巻き込みながら事業シナジーを創出していただきたい。

 

PROFILE
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吉山 浩
HIROSHI YOSHIYAMA
タナベコンサルティング
ストラテジー&ドメイン チーフマネジャー
総合不動産会社で業務統括、プロパティマネジメント、DX構想の実践などを経てタナベコンサルティングへ入社。住まいに関わる新規事業の立ち上げ、デシジョンマネジメントシステム構築などの事業戦略や、マーケティング戦略、DX構想を強みとしている。前例にとらわれない課題の発見と、クライアントの成果創出を粘り強く実現するコンサルティングに定評がある。