実装を加速させる「社内教育制度」の見直し
ビジョン実装を加速する上で、重視していただきたいのが社内教育である。教育とは「気づきの場」であり、普段の仕事から離れ、あらためて自身を見直す場であるとされてきた。もちろん、それは間違いではないが、筆者はそれだけにとどまらず、多くの社員に対して同時に新しい考えを発信し、ビジョン実装に向けてさまざまな検討を繰り返せる場であるとも考えている。もし単なる予算消化型で、毎年同じ教育・研修を繰り返しているのであれば、ぜひ見直す機会を持っていただきたい。
また、社員(人)への「先行投資」も重要である。人への先行投資とは、賃上げをしたり、高賃金で優秀な人材を採用したりするだけではなく、社員や採用した人材に対してビジョン浸透や育成システム、リスキリングシステムを整備するということである。また、ビジョン戦略と連動して、モチベーションアップにつなげる人事制度の改定も先行投資と言える。
それらが連動すると、今まで「点」で行ってきた教育・研修を、ビジョンと連動した「線」の教育へ昇華させることができる。
人事部門が単独で企画してしまうと、どうしても時代によって変化するコンテンツをいち早く導入し、その価格や実績回数が選定基準となってしまうケースが多い。しかし、そうではなく、前述のようにビジョン・中計実装の現状を客観的に押さえた上で方向性を導き出し、必要な教育コンテンツの体系化と具体的な研修内容の見直しをしていくことが大切である。
特に、教育の内容について見直していただきたいのが、研修の中で実装を目的としたディスカッションが本当にできているかということである。
例えば、ダイバーシティー&インクルージョン(D&I)というテーマであっても、D&Iの概念のインプットだけでなく、自社のビジョン実現に向けて、なぜD&Iが必要なのかを解説できる講師でないと、受講した社員は「ただ新しい考えを聞いただけ」にとどまってしまう。
D&Iの本質は、社内にイノベーションを起こすこと。さまざまな考えを受け入れ、ビジョン実現に向けた新しい発想を、どんどん社内から生み出していくことである。これらの視点で捉えると、グループディスカッションの内容も大きく変わるはずだ。
コンテンツ先行では、このような発想が生まれず「点」の教育で終わってしまうことが多い。実際に経営に携わり、ビジョンを構築・推進したことがある講師でないと、このような実装教育を行うことは難しい。
これらの実態を整理し、「認知→理解→共感→行動度合い→評価→環境→業績」の中でどこに問題があるのかを明確にした上で、新しいReimplementation Plan(再実装計画)を構築していただきたい。
再構築した実装プランを加速化する「STS10」
前述した通り、ビジョンを実装するのは「人」である。再実装計画を構築しても、単なるアクションプランで、項目とそれに責任者を明示し期限を切るだけでは、会議の時だけ確認されるだけのものになってしまう。ひどいケースでは、最初の数カ月は確認したが、お蔵入りということもある。
タナベコンサルティングは、これまでの経験から、成長企業における戦略実行プロセスには共通点があることを発見し、10段階の「STS(Step to Success)─成功への階段」(【図表2】)と呼ぶ手法を導き出した。ビジョン・戦略や経営活動の積み重ねを、社風づくりという長い時間の軸で考えたとき、STSのどのステップが欠けても、踏み外してもダメなのである。
【図表2】ビジョン実装を加速させる「STS(Step to Success)」
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
ステップ1 ビジョン・方針を推進するチームづくり
ビジョン・方針の実装は1人ではできない。組織横断でメンバーを集めることにより、「目先の業績検討」という顕微鏡のような視点でなく、望遠鏡の視点をプラスし、「今、何が大切か」の価値判断基準を検討できる場を会社が用意する必要がある。
ステップ2 経営情報のオープン化・共有化の仕組み
「会社側の情報開示は組織を浄化させ、主体性を持たせる原動力となる」という言葉がある。特に下請け気質が高い企業は、「自社の情報がもしクライアントに漏れたら」ということを恐れ、社員に情報を開示しないケースがある。正しい情報がなければ、社員は正しい判断ができない。会社がどれだけ必要性を語っても、情報が分からないと納得しない。社員は納得して初めて主体的な行動を取る。関連する経営情報について可能な限りオープンにし、社員と目線を合わせていくことが大事である。
ステップ3 ビジョン・方針実装への参画
ビジョン・方針を経営者の夢で終わらせないためにも、経営者と社員の架け橋として、定期ミーティングや社員へのヒアリング、全社アンケートなど、ビジョン実装に参画していく演出を意識的に創り出す必要がある。
ステップ4 正しい危機感を醸成するマネジメント
正しい危機感とは、不安感ではなく「不足感」である。ビジョンが示す「在るべき姿」から現状を見た際に生じるギャップを意識させるマネジメントの仕組みを整えることである。具体的には、全社・部門ごとの達成状況を常に情報が見える「経営のダッシュボード化」が鍵となる。達成状況を毎日確認でき、各現場で課題をリアルタイムで検討できる環境づくりが必要だ。
ステップ5 ビジョン・方針を周知する仕組みづくり
ビジョン・方針は発信して終わりではない。組織に周知徹底するための仕組みづくりとともに、コミュニケーションパイプを再整備し、社内への発信力だけでなく、社員一人一人の求心力を醸成する。
ステップ6 自発的・自律的な行動を促す環境整備
実装の障害となりそうな規制やルールを取り除き、社員が自発的・自律的に行動するための環境整備と権限委譲(エンパワーメント)を行う。どこまでの権限を委譲すれば良いのかに関して言えば、「自立してマネジメントができる全権限」の委譲が原則である。リスクを取ってでも自分で決断し、推進できる人材を育成するには、エンパワーメントは必須とも言える。
ステップ7 小さな成果を積み重ねる
ビジョン・方針が受け入れられるためには、まずは社員の成功体験が必要となる。大きな目標を小さく刻み、実行レベルでの成果や成功体験を積み上げる。また、その成功を全社発信し、ビジョン実現における「遠心力」を加速させていただきたい。
ステップ8 ビジョン・方針推進と整合した組織のデザイン
「組織は戦略に従う」。ビジョン・方針を推進するための組織になっているか、現状の組織や役割を定期的に見直していただきたい。具体的には、組織の中に「ビジョン実現に向けた新しい付加価値を生み出す機能」「その付加価値が出ているかを管理する機能」が設けられているかということだ。それらを社長直下に位置付け、社内に対する経営姿勢を示すことが大切である。
ステップ9 成果を評価する仕組みづくり
新しい取り組みはすぐに結果が出ず、現状の成果の上がりやすいことだけすれば評価される仕組みでは、ビジョンは浸透しない。ビジョン推進に貢献した社員が正しく評価されるように、現状の評価制度の検証を行っていただきたい。
ステップ10 気を緩めず継続する
ビジョン・方針の実装が失敗に終わる原因の多くは、小さな成果に満足してマンネリ化することである。会社と社員とのビジョン実装における接点を増やし、対話を重ねながら長期的に取り組み続けることにより「新たな社風」をつくり出させる。
日本の企業は変革期を迎えている。先進国の1つでもある日本が、世界に向けてもう一度クオリティリーダーシップを発揮するためにも、1社でも多くの日本企業に自社の掲げるビジョンを実現してもらい、新しいステージで活躍していただきたい。
今までうまくいかなかったのは「やり方が間違っていたサイン」である。実装できる環境を整え、社員がワクワクして働き、新しい「志」を共にする仲間がどんどん入ってくる会社を、ぜひ創り上げていただきたい。
大手印刷業界でマーケティング・顧客開発担当を経て、タナベコンサルティングに入社。企業のトップと業績に向き合い、常に新しい方法を模索して、地域の特色を生かした成功事例を次々に生み出している。中堅企業をメインに、中期ビジョン・中期経営計画の策定、BtoBブランド戦略立案、人材開発体系構築、動画を活用した技術伝承、ジュニアボード運営支援など、幅広い分野で多くの実績を残している。また、幹部や若手社員育成も得意としており、クライアントから高い評価を得ている。