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コンサルティングメソッド
コンサルティング メソッド
タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティングメソッド 2024.05.01

戦略なきDXは成功しない 武政 大貴

取り除くべき5つの障壁

取り除くべき5つの障壁

 

5つのポイントを紹介したが、実はこれらを押さえるだけでは不十分である。忘れてはならないのは、DX推進企業がほぼ確実に対峙(たいじ)する「壁」を突破することである。

 

〈 障壁 1 〉 トップのDXリテラシーの壁
経営者やデジタル推進の決定権者のデジタルに対する理解度が著しく低い、あるいは知識に偏りがある場合に壁が姿を現す。よくあるのは、DX推進部門の責任者やパートナー企業に、戦略もなく丸投げするケースである。デジタル投資に関しては、情報システム部門に判断を依存した結果、後になって現場から不満の声が上がることも少なくない。

 

とはいえ、トップにデジタル技術の細かい理解は必要ない。トップに求められるDXリテラシーは、前述の5つのポイントに集約される。自社の実態をつかみ、DXの目的と全社横断的な協力促進を自ら発信すること。そして、プロジェクトリーダーに組織の編成権を与え、適時報告の場を設けること。これだけで、リーダーが十分に実力を発揮できる。

 

 

〈 障壁 2 〉 投資対効果の壁
工場には5億円を投資しても回収まで座して待つのに、DXだと500万円の投資でもROI(投資収益率)を声高に求める経営者がいる。なぜ、急ぐのか。デジタル投資の性質とリスク、その効果が見えていないからである。DX投資の重要なポイントは「構想・設計段階におけるコスト」と「総投資額」である。

 

【図表3】は、TCGのDX実装支援コンサルティング事例に基づき算出した、4カ年でのDX投資サイクルである。初年度は検討から構想・設計、2年目が開発から受け入れテスト、平行導入、本格導入まで、3年目には実際の運用と保守、4年目には新たなスペックの検討を行うというパターンである。

 

【図表3】DX推進投資サイクルと内訳のイメージ(割合)
【図表3】DX推進投資サイクルと内訳のイメージ(割合)
出所 : 奥村格・武政大貴著「DX戦略の成功メソッド」(ダイヤモンド社、2023年)よりタナベコンサルティング作成

 

また、TCGはこれまでの実績を踏まえ、IT投資の目安となる参考指標を試算している。代表的な指標としては、「売上高IT予算比率3%」「経常利益IT予算比率30〜40%」「IT予算人件費比率30%」「総人員IT部門正社員比率3%」がある。なお、業種・業態やIT人材、既存システム、内外製などの状況次第で最適値は異なるため、あくまで参考値と捉えていただきたい。

 

 

〈 障壁 3 〉 データ未入力・未活用の壁
活用すべきデータが存在しなければ、DXは成り立たない。この当たり前の前提を阻む壁が、システム導入後に現れる。多くの企業がこの壁の突破に多大な労力を費やす。

 

未入力という壁に対しては、多忙な現場の状況を理解しつつも、例外を設けない強い姿勢をトップ自らが示すとともに、推進責任者に「横串を通せる強い人材」を登用することが必要である。また、いくつかのチームでテスト導入期間を設け、実務に直結する成果を示した上で、全社へ水平展開する手法も多く見られる。

 

未入力の壁を越えても、未活用という壁が立ちふさがる。データをどう分析し、対策検討に生かして成果を上げるかを描き切れていないことが真因であろう。この壁にぶつかっている企業には、たとえ一時的に後退してでも、あらためてデータ活用の「目的」を整理することをお勧めする。

 

 

〈 障壁 4 〉 キーパーソン不在の壁
キーパーソンとは、DXを成功に導く推進リーダーである。DX推進には、組織を俯瞰(ふかん)的に把握し、横串を通せる「組織を動かす力」を持った人材が必要だ。キーパーソン不在では、これまで紹介した壁の突破は難しく、社内調整に時間が掛かったり、活用ルールの徹底が難しくなったりする。

 

DXは自社だけで完結させることが難しい取り組みである。1つのシステムを導入するだけでも、ベンダーや開発事業者、場合によっては仕入先や得意先など社外パートナーの力が不可欠である。それを社内の全部門に導入するのだから、多様な利害関係者を取りまとめて戦略を推進する役割が重要になる。この役割を担えるキーパーソンの有無が、全社の改革の肝になる。

 

 

〈 障壁 5 〉 バイアスの壁
全ての企業が、これまでに何らかの業務改善を図ってきたはずである。現行の社内ルールなどは、それぞれの時代の要請や経験値から変化してきた結果である。ところが、この事実こそが「現状がベストである」「自分が最も分かっている」というバイアス(先入観・偏見)を生む。

 

バイアスの壁が生じる背景には、業務を見直す際、“省力化”“効率化”という名の下、今までの仕事ぶりが否定されることに対する、ある種の恐怖心があることが多い。

 

よって、現状を否定して改革を強調するアプローチではなく、改革により失われる機能をどう補完するのか、具体的に想定することが求められる。その上で、改革の先にある活躍の場をトップ主体で可視化しながら、丁寧に説明することが肝要だ。

 

また、バイアスの壁は多くの場合、組織カルチャーに起因して生じることが多い。ゆえにこの壁を取り除くには時間も労力もかかる。経営者自らがバイアスと向き合い、先陣を切って打破する覚悟がない限り、取り除けない課題でもある。

 

 

このようにDX推進に際しては、トップが強い意志と覚悟を持って発信することが重要である。前述の5つの障壁を乗り越えるために、①経営者自身の変革、②戦略投資の決断、③断行、④人的資本マネジメント、⑤組織風土の改革などが求められるが、これらはいずれも経営者自身がなすべきことだからである。

 

その上で、覚悟を持った経営者により発信されるDX戦略は、全社員の推進力なしには成り立たない。社員のデジタルの対する高い感度とボトムアップで実行推進できる組織風土が、企業の自己変革力を高め、成果を生み出すのである。

 

タナベコンサルティンググループ奥村格・武政大貴著、戦略総合研究所監修「DX戦略の成功メソッド 取り除くべき障壁は何か」(ダイヤモンド社、2023年)
タナベコンサルティンググループ奥村格・武政大貴著、戦略総合研究所監修「DX戦略の成功メソッド 取り除くべき障壁は何か」(ダイヤモンド社、2023年)

 

PROFILE
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武政 大貴
Hirotaka Takemasa
タナベコンサルティング マネジメントDX 執行役員
財務省で金融機関の監督業務や法人企業統計の集計業務などを担当後、企業経営に参画した後タナベコンサルティングに入社。実行力ある企業(自律型組織)構築を研究テーマとして、見える化手法を活用した生産性改革を中心に、大手から中堅・中小企業を対象にコンサルティングを実施。生産性の改善を前提に、DXビジョン、IT構想化、ERP導入支援およびSDGs実装支援など世の中の潮流に合わせたコンサルティングメソッドを研究開発し、実行力ある企業づくりで高い評価を得ている。著書に「DX戦略の成功メソッド」「真の『見える化』が生産性を変える」(共にダイヤモンド社)がある。