なぜ「戦略」が求められるのか
タナベコンサルティンググループ(TCG)が行った「2023年度 デジタル経営に関するアンケート調査」(2024年1月)の結果によると、自社におけるDXの取り組みの進捗について「全体的にまだ不十分」が30.3%を占める一方、「全社的に高度に推進」との回答は11.3%にとどまることが分かった。
「一部または複数の“業務”でデジタル活用できている」企業は46.6%に上るが、局所最適なシステム導入ではなく、全社的な推進をしていかなければ、DXを実現できる可能性は極めて低い。
経営者・経営幹部には「デジタルを活用してどのような付加価値を発揮したいか」というDXビジョンが必要である。DXビジョンから逆算するバックキャストで戦略構築を行い、目先にとらわれない全体最適のデジタル活用構想を可視化することで、部分最適のシステム導入を防ぐとともに、計画的なデジタル投資が可能となる。DX推進体制は情報システム部門に一極集中せず、経営・現場・間接部門がスクラムを組み、DXビジョンにベクトルを合わせて取り組むと成果につながる。
DXの本質は、デジタル技術・テクノロジーを活用した「ビジネスモデルの変革」である。DX推進には全社的な理解・推進が必要不可欠であり、経営層のみ、または一部門のみによる推進は失敗に終わることが多い。まずはビジョン経営計画と連動したDX戦略を策定し、推進体制を構築した上で、全社的に推進することを推奨する。
DX戦略策定のためには、「経営とITは表裏一体」との認識を持った上で、2つの視点を持つ必要がある。「ビジョンや事業目的といった上位目標の達成に向け、デジタルを使いこなすことで経営課題を解決する」視点、そして「デジタルだからこそ可能になる、新たなビジネスモデルを模索する」視点である。
同アンケートの結果では、「デジタル施策は場当たり的」「部門別のデジタル方針・施策で運用」が計47.0%を占める一方、「ビジョンと紐づいたDX戦略を推進」する企業は15.4%と少ない。しかしながら、ビジョン・経営計画に紐づいたDX戦略を策定し推進することが、DX実現に近づく第一歩となる。
DX戦略推進に当たり押さえておくべき5つのポイント
これからDX戦略を策定する企業は、次の5つのポイントを踏まえ、可能であれば5つの障壁をクリアしておくとスムーズになる(【図表1】)。すでにDX戦略を策定している企業も、ポイントを外していないか、取り除くべき障壁に直面していないかをトップ主導で確認してみると良いだろう。
【図表1】DX戦略の体系
出所 : 奥村格・武政大貴著「DX戦略の成功メソッド」(ダイヤモンド社、2023年)よりタナベコンサルティング作成
〈 ポイント 1 〉DXの「導入価値」を知る
DX戦略構築前に押さえておくべきポイントは、「DXで何ができるのか」、すなわちDXの導入価値を知ることである。「この仕組みをデジタル化すると、こんなメリットがある」という、導入後の効果を測定しておくことが必要だ。一口にDXといっても、どの経営領域で活用するのか、現状どの程度DXが進んでいるのかによって得られる効果は大きく変わるからである。
まずは、領域ごとにDXで何ができるのか。効率化、省人化、利便性の向上といった直接的価値を把握しておくことが必要だ。TCGでは、そのレベルを5つの領域で整理している(【図表2】)。
【図表2】DXレベル判定表
出所 : 奥村格・武政大貴著「DX戦略の成功メソッド」(ダイヤモンド社、2023年)よりタナベコンサルティング作成
〈 ポイント 2 〉導入価値の「先」に得られる付加価値を可視化する
次に、その「先」に何を得られる(得たい)のかを明確にすることである。例えば、ウェブ会議システムを導入する企業の場合、「テレワークに利用できる」「社内に不在の社員も会議に参加できる」など用途だけ見ると、「社員の通勤時間が減って、楽に仕事ができる」「会議日程の調整がしやすくなる」といった表面的なメリットしか享受できない。
企業によっては「そんなことのためにお金は使えない」と投資をやめてしまうかもしれない。だが本当に大切なことは、それらのメリットを活用して、何を得るかである。
一方で、デジタル化により失われる機能をどのようにカバーするかという視点も必要である。例えば、ウェブ会議システム導入により社員同士の雑談の機会が減った場合、「無駄話が減り、生産性が高まった」と捉えることもできるが、「コミュニケーションの欠如による人間関係の希薄化」というマイナスも大きい。
このように、デジタル化による「メリットの価値転嫁」については、多くの企業が持つ観点だが、「失われる機能」への視点は欠落しがちで、導入前から対策している企業はまれである。失われる機能をどのようにカバーしていくのかまで検討しておくことが、実装後のスムーズな運用につながる。
〈 ポイント 3 〉DXの目的を明確化する
次は「DXによって何を目指すのか」を検討する。つまり、DXビジョンの策定である。特に、DX実装プロセスの粒度が細かくなると、作業が細分化されて個々の現場では目的が見えづらくなる。そこをきちんと理解してもらうためにも、DXビジョンを正しく設計することが肝要だ。
DXの実装で核になるのは、「なぜ、デジタル化しなければならないのか」「デジタル化を進めて自分たちがどのようになるのか」という未来に向けた問いに答えられる「ビジョン」である。DXビジョンが中核にあることで、全ての取り組みや行動に共通する一貫した意図が伝わり、賛同・協力を得ることができる。
DXはあくまで「手段」であるため、策定のポイントは「自社の経営ビジョンに沿っているか」、そして「経営者の意思と覚悟が反映されているか」である。経営戦略やビジネスモデルをデジタルありきで見直し、「企業文化をも変え得る大改革を自社が目指す」という意思を、DXビジョンに吹き込むことが重要である。
〈 ポイント 4 〉DXにおける自社の現在地を認識する
DXビジョンにより「自社の目指すべき姿」が描けたら、その先はDX戦略、各施策へ展開していく。この段階で、目指すべきDXレベルと自社の現在地との「差」を正しく把握することが求められる。
まずは、領域ごとに現状のDXレベルを正しく認識する。そして、目標との差を理解した上で投資していく。これにより、DX初心者であっても各段階で確かな成長を実感でき、DXの恩恵を体感しながら次のステップへチャレンジできるようになる。
レベルを把握する物差しは、デジタル実装度だけではない。導入後の成果は、企業のカルチャーやビジネスモデル、人材バランスにも左右される。新しいシステムやツールの本格稼働がゴールではない。
DX再構築前に、事業構造、組織体制、意思決定構造、そして現在稼働中のシステムやパートナー企業の戦略の実情も、あらためて押さえておく必要がある。
〈 ポイント 5 〉デジタル技術の活用を通じて自己変革力を高める
自己変革力を高めるポイントは、ボトムアップでの改革推進である。経営層などの限られたメンバーのみで情報収集を行っていては、増え続ける情報量に追い付けないからだ。
さらに、全社員のデジタルリテラシー向上と、風通しの良い組織風土の醸成も忘れてはならない。生産性向上のためのデジタルツールに関する情報収集能力は、全社員が意識的にアンテナを張れば向上する。しかし、それが現場の改善につながらなければ意味がない。
また、現場から改善提案があったとしても、全社最適な意思決定ができなければ効果は弱まる。全員が感度を高く保ち、提案が活発に行われる組織風土があって初めて変革が起きるのだ。
取り除くべき5つの障壁
5つのポイントを紹介したが、実はこれらを押さえるだけでは不十分である。忘れてはならないのは、DX推進企業がほぼ確実に対峙する「壁」を突破することである。
〈 障壁 1 〉 トップのDXリテラシーの壁
経営者やデジタル推進の決定権者のデジタルに対する理解度が著しく低い、あるいは知識に偏りがある場合に壁が姿を現す。よくあるのは、DX推進部門の責任者やパートナー企業に、戦略もなく丸投げするケースである。デジタル投資に関しては、情報システム部門に判断を依存した結果、後になって現場から不満の声が上がることも少なくない。
とはいえ、トップにデジタル技術の細かい理解は必要ない。トップに求められるDXリテラシーは、前述の5つのポイントに集約される。自社の実態をつかみ、DXの目的と全社横断的な協力促進を自ら発信すること。そして、プロジェクトリーダーに組織の編成権を与え、適時報告の場を設けること。これだけで、リーダーが十分に実力を発揮できる。
〈 障壁 2 〉 投資対効果の壁
工場には5億円を投資しても回収まで座して待つのに、DXだと500万円の投資でもROI(投資収益率)を声高に求める経営者がいる。なぜ、急ぐのか。デジタル投資の性質とリスク、その効果が見えていないからである。DX投資の重要なポイントは「構想・設計段階におけるコスト」と「総投資額」である。
【図表3】は、TCGのDX実装支援コンサルティング事例に基づき算出した、4カ年でのDX投資サイクルである。初年度は検討から構想・設計、2年目が開発から受け入れテスト、平行導入、本格導入まで、3年目には実際の運用と保守、4年目には新たなスペックの検討を行うというパターンである。
【図表3】DX推進投資サイクルと内訳のイメージ(割合)
出所 : 奥村格・武政大貴著「DX戦略の成功メソッド」(ダイヤモンド社、2023年)よりタナベコンサルティング作成
また、TCGはこれまでの実績を踏まえ、IT投資の目安となる参考指標を試算している。代表的な指標としては、「売上高IT予算比率3%」「経常利益IT予算比率30~40%」「IT予算人件費比率30%」「総人員IT部門正社員比率3%」がある。なお、業種・業態やIT人材、既存システム、内外製などの状況次第で最適値は異なるため、あくまで参考値と捉えていただきたい。
〈 障壁 3 〉 データ未入力・未活用の壁
活用すべきデータが存在しなければ、DXは成り立たない。この当たり前の前提を阻む壁が、システム導入後に現れる。多くの企業がこの壁の突破に多大な労力を費やす。
未入力という壁に対しては、多忙な現場の状況を理解しつつも、例外を設けない強い姿勢をトップ自らが示すとともに、推進責任者に「横串を通せる強い人材」を登用することが必要である。また、いくつかのチームでテスト導入期間を設け、実務に直結する成果を示した上で、全社へ水平展開する手法も多く見られる。
未入力の壁を越えても、未活用という壁が立ちふさがる。データをどう分析し、対策検討に生かして成果を上げるかを描き切れていないことが真因であろう。この壁にぶつかっている企業には、たとえ一時的に後退してでも、あらためてデータ活用の「目的」を整理することをお勧めする。
〈 障壁 4 〉 キーパーソン不在の壁
キーパーソンとは、DXを成功に導く推進リーダーである。DX推進には、組織を俯瞰的に把握し、横串を通せる「組織を動かす力」を持った人材が必要だ。キーパーソン不在では、これまで紹介した壁の突破は難しく、社内調整に時間が掛かったり、活用ルールの徹底が難しくなったりする。
DXは自社だけで完結させることが難しい取り組みである。1つのシステムを導入するだけでも、ベンダーや開発事業者、場合によっては仕入先や得意先など社外パートナーの力が不可欠である。それを社内の全部門に導入するのだから、多様な利害関係者を取りまとめて戦略を推進する役割が重要になる。この役割を担えるキーパーソンの有無が、全社の改革の肝になる。
〈 障壁 5 〉 バイアスの壁
全ての企業が、これまでに何らかの業務改善を図ってきたはずである。現行の社内ルールなどは、それぞれの時代の要請や経験値から変化してきた結果である。ところが、この事実こそが「現状がベストである」「自分が最も分かっている」というバイアス(先入観・偏見)を生む。
バイアスの壁が生じる背景には、業務を見直す際、“省力化”“効率化”という名の下、今までの仕事ぶりが否定されることに対する、ある種の恐怖心があることが多い。
よって、現状を否定して改革を強調するアプローチではなく、改革により失われる機能をどう補完するのか、具体的に想定することが求められる。その上で、改革の先にある活躍の場をトップ主体で可視化しながら、丁寧に説明することが肝要だ。
また、バイアスの壁は多くの場合、組織カルチャーに起因して生じることが多い。ゆえにこの壁を取り除くには時間も労力もかかる。経営者自らがバイアスと向き合い、先陣を切って打破する覚悟がない限り、取り除けない課題でもある。
このようにDX推進に際しては、トップが強い意志と覚悟を持って発信することが重要である。前述の5つの障壁を乗り越えるために、①経営者自身の変革、②戦略投資の決断、③断行、④人的資本マネジメント、⑤組織風土の改革などが求められるが、これらはいずれも経営者自身がなすべきことだからである。
その上で、覚悟を持った経営者により発信されるDX戦略は、全社員の推進力なしには成り立たない。社員のデジタルの対する高い感度とボトムアップで実行推進できる組織風土が、企業の自己変革力を高め、成果を生み出すのである。
タナベコンサルティンググループ奥村格・武政大貴著、戦略総合研究所監修「DX戦略の成功メソッド 取り除くべき障壁は何か」(ダイヤモンド社、2023年)
PROFILE
武政 大貴
Hirotaka Takemasa
タナベコンサルティング マネジメントDX 執行役員
財務省で金融機関の監督業務や法人企業統計の集計業務などを担当後、企業経営に参画した後タナベコンサルティングに入社。実行力ある企業(自律型組織)構築を研究テーマとして、見える化手法を活用した生産性改革を中心に、大手から中堅・中小企業を対象にコンサルティングを実施。生産性の改善を前提に、DXビジョン、IT構想化、ERP導入支援およびSDGs実装支援など世の中の潮流に合わせたコンサルティングメソッドを研究開発し、実行力ある企業づくりで高い評価を得ている。著書に「DX戦略の成功メソッド」「真の『見える化』が生産性を変える」(共にダイヤモンド社)がある。|タナベコンサルティング マネジメントDX 執行役員
財務省で金融機関の監督業務や法人企業統計の集計業務などを担当後、企業経営に参画した後タナベコンサルティングに入社。実行力ある企業(自律型組織)構築を研究テーマとして、見える化手法を活用した生産性改革を中心に、大手から中堅・中小企業を対象にコンサルティングを実施。生産性の改善を前提に、DXビジョン、IT構想化、ERP導入支援およびSDGs実装支援など世の中の潮流に合わせたコンサルティングメソッドを研究開発し、実行力ある企業づくりで高い評価を得ている。著書に「DX戦略の成功メソッド」「真の『見える化』が生産性を変える」(共にダイヤモンド社)がある。|タナベコンサルティング マネジメントDX 執行役員
財務省で金融機関の監督業務や法人企業統計の集計業務などを担当後、企業経営に参画した後タナベコンサルティングに入社。実行力ある企業(自律型組織)構築を研究テーマとして、見える化手法を活用した生産性改革を中心に、大手から中堅・中小企業を対象にコンサルティングを実施。生産性の改善を前提に、DXビジョン、IT構想化、ERP導入支援およびSDGs実装支援など世の中の潮流に合わせたコンサルティングメソッドを研究開発し、実行力ある企業づくりで高い評価を得ている。著書に「DX戦略の成功メソッド」「真の『見える化』が生産性を変える」(共にダイヤモンド社)がある。|タナベコンサルティング マネジメントDX 執行役員
財務省で金融機関の監督業務や法人企業統計の集計業務などを担当後、企業経営に参画した後タナベコンサルティングに入社。実行力ある企業(自律型組織)構築を研究テーマとして、見える化手法を活用した生産性改革を中心に、大手から中堅・中小企業を対象にコンサルティングを実施。生産性の改善を前提に、DXビジョン、IT構想化、ERP導入支援およびSDGs実装支援など世の中の潮流に合わせたコンサルティングメソッドを研究開発し、実行力ある企業づくりで高い評価を得ている。著書に「DX戦略の成功メソッド」「真の『見える化』が生産性を変える」(共にダイヤモンド社)がある。