日本の企業がグローバル化に挑む必然性が高まり続けている。その要因は主に3つ挙げられる。 1つ目は、少子高齢化の加速による内需縮小だ。未来は不確実性に満ちた予測困難なものだが、人口が減少し続ける日本の市場縮小は、残念ながら確かな未来である。つまり、既存のマーケットにおいて、既存の事業のみで企業を成長させるのは次第に困難になる。 2つ目は、グローバリズムの進展である。飛行機や大型船など、モビリティーの進化によって国境を越える人と物の移動の日常化から始まり、ISO(国際標準化機構)やIEC(国際電気標準会議)などの国際規格の増加、さまざまな自由貿易協定、欧州統合によって誕生した統一通貨ユーロ、さらには黎明期の仮想通貨の普及など、国境を越える多種多様な施策が一般化してきている。国境を越える究極のイノベーションは情報技術であり、日進月歩で進化する。この技術によってグローバル化は一気に進んだ。 3つ目は、ダイバーシティー&インクルージョンという価値観の浸透である。異なる国や地域の特性を多様性として認め、相互に発展していくメンタリティーが高まり、それを積極的に取り込んでいるところの活性化と成長は、あらゆる分野で立証されている。 内需縮小という1つ目の背景から、企業にとっての成長戦略は大きく3つの壁の打破に要約される。すなわち、「業種の壁」「業界の壁」「市場の壁」である。業種・業界の壁の打破は多角化戦略という定石であるのに対し、市場の壁はエリアの壁であり、エリア拡大の延長線上に海外マーケットがあることとなる。 グローバリズムという2つ目の背景から読み取るべきは、自社がグローバル戦略を意図していなくても、海外の企業が日本にごく自然に参入してくるということである。少子化による人口減少というネガティブな未来は日本に限ったことではなく、一部を除く先進国全ての悩みだ。 あらゆるものが統一化・標準化されていく世界において、日本を含む海外進出は非常にオーソドックスな成長戦略である。そもそも現在の世界各国のスタートアップ企業の中には、最初から自国だけではなく、世界をターゲットとして創業している“ボーン・グローバル企業”が数多く存在する。つまり、自社が海外に進出しなくても、グローバル競争の渦中に飲み込まれていく時代だ。 また、ダイバーシティー&インクルージョンという3つ目の背景からは、海外を含む異文化・異才との協同なくしてイノベーションは起こり得ないという現実と向き合うことを余儀なくされている。
グローバル戦略のアプローチは多様に存在するが、その本質は3つに要約される。すなわち、【図表1】の「アービトラージ戦略」「レプリケーション戦略」「インテグレーション戦略」である。 【図表1】グローバル戦略の3つの本質
出所:タナベコンサルティング作成 アービトラージは日本語で「裁定取引」と訳され、金利差や価格差に着目して利潤獲得を狙う取引であり、一般的に金融業界で使用される言葉である。グローバル戦略の文脈においては、各国間の価値の相違に着目し、その相違から発生する利潤を付加価値として追求する戦略となる。古くはインドで栽培された香辛料をヨーロッパで、中国で栽培された茶を日本で販売するようなビジネス形態であり、現代の金融業や貿易商社のアービトラージ戦略につながっている。 レプリケーションは「模倣」「複製」という意味であり、外国の先進性や類似性に着目し、本国の状況にカスタマイズしながらそのビジネスを転用・利活用する戦略だ。前述の例で分かりやすく説明すると、価値の高い中国の茶を日本で栽培することである。これによって価値の差が薄れ、アービトラージ戦略は効力を失う。 マクロでみると、島国である日本は、明治時代の殖産興業から戦後の復興、現代のITビジネスまで、欧米からのレプリケーション戦略を高次元で活用してきたと言える。先進地域のビジネスモデルや製品・サービスを戦略に取り込むことは、未来の経営の先取りという意味で「タイムマシン経営」とも称される。これらの例え通り、アービトラージとレプリケーションは相互作用することもあれば、二律背反となることもある。 インテグレーションは「統合化」であり、本国発のビジネスモデルや製品を各国の状況の相違や類似など関係なく、統合・統一することで強力に展開していく戦略である。これは強力なブランドがあってこそ可能な戦略であり、アップルやマイクロソフト、ベンツやトヨタ自動車、ルイ・ヴィトンなどがイメージしやすいであろう。 他方、ネスレやコカ・コーラ、P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)など食品や生活用品を扱う企業は、強力なブランドを有しながらも、現地の文化や生活習慣に適合しなければならないため、インテグレーションとレプリケーションを併用する必要がある。 つまり、アービトラージ、レプリケーション、インテグレーションという3つの本質的戦略は、常に独立した排他的なものではなく、業界や状況によって、互いに交わり補完し合いながら適合・進化していくものである。
企業が本国から越境して諸外国とビジネスを行うことから、グローバル経営はスタートする。そのスタートは、販売あるいは製造が起点となる場合が多い。 販売起点の場合、自社製品の海外への輸出からスタートするが、その輸出も商社を経由する間接輸出と自社で自ら輸出する直接輸出に大別される。間接輸出は取引相手が自国の商社であるため、グローバル経営を考慮する必要はほとんどないが、直接輸出の場合、自社が当事者となって諸外国とビジネスを行うため、グローバル経営に向き合う最初のステージに上がることになる。 そして、戦略の拡大とともに、外国の代理店を通じた販売から現地法人を設立し、自社で販売する形態に発展していく。その後、さらなる販売の拡大によって、自国で生産したものを輸出するコストや出荷スピードを考慮した上で、現地生産へと経営機能を拡張させていくことも多い。 また、工場などの生産機能を有すると、現地の従業員数も増えるため、スタッフ組織として経理財務だけでなく人事労務も補強する必要が生じる。これによって、仕入れ・調達から製造、販売というバリューチェーンの大部分が現地法人で完結するようになり、さまざまなグローバル経営の課題に対応することになる。 他方、製造起点の場合、外国の豊富な資源や安価な労働力を利活用することによって競争優位性を確保し、本国へ輸出するパターンと、大手取引先の要請で日本と同じような階層構造とサプライチェーンを構成するため、サプライヤーとして進出するパターンが一般的である。 この場合、現地法人が独資による完全子会社のパターン、現地企業との合弁のパターン、委託契約のパターンなど、進出形態よってメリット・デメリットが異なり、向き合うべき経営課題も異なる。 それ以外にも、先端技術やノウハウの取得を目的に、米・シリコンバレーやイスラエルなどに研究開発拠点だけを設立するケースもある。このほか、特許技術やデザインなどのライセンシング、ビジネスモデルやノウハウを活用するフランチャイジングなども、国境を越えてビジネスを展開する際の有効な手段である。 これらのグローバル展開アプローチは、企業が付加価値を創出する一連の活動を描いたバリューチェーン視点で検証すると分かりやすい。事業展開における経営機能ごとに、本国から外国へのアウトバウンド・アプローチと、外国から本国へのインバウンド・アプローチに大別し、自社が属する業界や業種、状況に応じて、どこからスタートするのか、あるいはどこを深化させていくのかが展望できる(【図表2】)。当然のことながら、自社の現状のポジションおよび未来の戦略によって、業界が同じだったとしても、グローバル・バリューチェーン展開の最適解は異なる。 【図表2】バリューチェーン別グローバル戦略
出所:タナベコンサルティング作成
【図表2】のバリューチェーン別グローバル戦略では、アライアンスから現地法人設立まで間接投資・直接投資を織り交ぜて一覧化している。だが、最も重要な意思決定は直接投資・現地法人設立に踏み切るかどうかである。一般的に海外は、どの国においても文化や商慣習、法律などあらゆるものが本国とは異質であり、島国で独自の文化を醸成してきた日本人からすると、なお一層の隔たりを感じることになる。つまり、海外進出は物理的にも社会・文化的にもアウェーなエリアでのビジネス遂行となるため、多くの障壁がデフォルトで設定されていると言える。 その逆境にあえて踏み込む意思決定の価値判断基準として英経営学者、ジョン・H・ダニング氏の「OLIパラダイム」と、『コークの味は国ごとに違うべきか』(文藝春秋)の著者として有名な米経済学者、パンカジ・ゲマワット氏の「ADDING価値スコアカード」の要点を記載する。(【図表3】) 【図表3】海外進出における戦略的意思決定のクライテリア
出所:John H. Dunning(1979)、Pankaj Ghemawat(2007)よりタナベコンサルティング作成 OLIとは、所有(Ownership)、立地(Location)、内部化(Internalization)という3つの要素において、海外進出の際にその優位性を確保・強化することができるかどうかという価値判断基準である。つまり、O視点は、現在所有している経営資源や技術、ブランド、ノウハウなどが、海外進出した先において逆境を突破できるだけの優位性を有しているかどうか。L視点は、進出先の国・地域が魅力的な市場や技術基盤、天然資源、安価な労働力などを有しているかどうか。I視点は現地の経営資源や設備、ノウハウなどを自社の内部に取り込むことで付加価値を増大できるかどうか、という根本的な問いとなる。 ADDING価値スコアカードは、海外進出の目的・メリットとして、販売数量の増大(Adding Volume)、コストの低減(Decreasing Cost)、差別化(Differentiating)、業界魅力度の向上(Improving Industry Attractiveness)、リスクの平準化(Normalizing Risk)、知識の創造(Generating Knowledge)の6つの要素で整理し、それぞれの頭文字をつなげて提唱されているモデルである。 販売数量の増大やコストの低減などは、企業の業績や損益計算書上に直接表れることもあり特筆すべき視点ではないが、差別化や業界魅力度の向上などは競合他社とのポジショニングやゲーム理論のような視点が盛り込まれているため、深いインサイトを与えてくれる。また、リスクの平準化はサステナブル経営の前提となるポートフォリオ設計を、知識の創造は最先端地域や産業クラスターなどにも戦略的思考がつながっていく。 OLIパラダイムとADDING価値スコアカードは、海外進出の意思決定において考慮すべき視点を網羅的に提供してくれるため、実務においても有効に活用できる。 ※criteria:判断基準

経営学の一分野として、グローバル経営に関してもさまざまな分析や検証がなされている。ここではその代表的な戦略フレームワークを紹介したい。 前述のように、企業価値向上の最適解として、諸外国にまたがるバリューチェーンを構築した場合、全ての企業がコーポレートレベルでのグローバル経営の課題に直面することになる。それは、本国による集権化マネジメントの限界である。 そうかといって、各国への権限移譲を進め、分権化していくとガバナンスやシナジーなどのマネジメントが困難になる。つまり、集権化と分権化のジレンマである。本国から遠く離れているからこそ、より厳格なマネジメントが必要な半面、商慣習も文化も異なる外国の現地法人に対して本国のマネジメントを強化すると硬直的となり、現地への適応ができず、事業と組織両方の運営に歪みが生じてしまう。 実際、集権化による失敗事例もあれば、分権化による失敗事例もある。C.K.プラハラードとイブL.ドーズは、その課題と対応策を「グローバル統合(Integration)・ローカル適応(Responsiveness)のI-Rフレームワーク」としてモデル化した。さらに、この分析フレームワーク(縦軸にグローバル統合への圧力、横軸にローカル適合への圧力)をベースとして、C.A.バートレットとS.ゴシャールはその4象限に適した組織経営を提唱している。(【図表4】) 【図表4】I-Rフレームワーク
出所:Bartlett & Ghoshal(1989)よりタナベコンサルティング作成 すなわち、I-Rともに低い場合をインターナショナル型、Iが低くRが高い場合をマルチナショナル型、反対にIが高くRが低い場合をグローバル型、そしてI-Rともに高い場合をトランスナショナル型とした。 ?インターナショナル型 グローバル統合やローカル適応による経済的効果が限定的であることから、中核技術や能力、ナレッジを本国で開発・保有し、そのノウハウを他国に展開するモデル。 ?マルチナショナル型 グローバル統合よりもローカル適応の圧力が強く、経済的メリットが高いことから、各国の企業が独自で経営機能を保有・発展させていく分散型モデル。規模の経済やシナジー効果は希薄。 ?グローバル型 グローバル統合によって規模の経済性やシナジーを追求することが可能であることから、本国本社に中核技術や資産を集中させ、戦略も統一化する中央集権モデル。他国の企業は本国本社が決めた戦略を遂行することが主活動となる。 ?トランスナショナル型 グローバル統合とローカル適応を高度な次元でバランスさせる理想的なモデル。中核能力や資産、ノウハウなどは各国に分散され、相互に連携しながら、多国籍企業としての価値を最大化する。「理想的」という記載の通り、実現の難易度は非常に高い。 前節のバリューチェーンと併せてこのI-Rフレームワークを俯瞰すると、自社の属する業種・業界およびそのポジション、今後の戦略を踏まえ、自社にとっての最適なグローバル経営を指向できる。また、その最適な姿と現状との差異が明確になれば、改善の方向と具体策のコンセンサスも自然かつ合理的に得られるようになり、グローバル経営の推進力が向上する。
【図表4】で主な4つのグローバル経営が分かりやすく提示されているが、グローバル統合の必然性が低いインターナショナル型やマルチナショナル型経営においても本国の求心力は必要不可欠である。逆説的に言えば、ローカル適応型のグローバル組織だからこそ本国の適切なリーダーシップがより必要になる。 文化や習慣、価値観が異なる諸外国に対するリーダーシップの中枢となるものが経営理念である。近年は経営理念をよりグローバル経営に資する形で、MVV(ミッション、ビジョン、バリュー)という形で展開したり、事業の多角化に沿う形で、経営理念とともに各事業の事業理念を定めたりしている。 どのような理念体系が適切かは企業の歴史や特性によってさまざまであるが、経営理念はグローバル経営のリーダーシップとマネジメントの鍵となる。理念をクレドという形で明文化しているジョンソン・エンド・ジョンソンやP&G、ザ・リッツ・カールトンなどはグローバル経営の先駆者であり、モデルとしてその重要性を体現している。理念というグローバル統合の求心力にローカル適応という遠心力を利かせて、世界規模での企業価値向上を図る。 本国本社が組織機能としてリーダーシップを発揮すると同時に、それを諸外国でも体現する人材がグローバルリーダーである。グローバル展開において、グローバルリーダーの存在は欠かせない。グローバル人材の必要性は企業経営にとどまらず、日本の国家戦略としても重要であることから、産官学それぞれでその取り組みを強化している。能力の問題というよりもマインドとして、島国である日本は地政学的にもグローバル人材を輩出しにくい環境にある。 よく誤解される傾向にあるが、「グローバル人材」は決して英語が得意というオペレーションレベルの話ではない。もちろん世界共通語と称される英語が話せれば良いが、そうした人材がグローバル人材やグローバルリーダーというわけではない。グローバルリーダーの要件は次の6点に要約される。(【図表5】) 【図表5】グローバルリーダーの要件
出所:タナベコンサルティング作成 ?使命感の共有 経営理念の実践者であり、伝道者であること ?柔軟性 既存の価値感や習慣にとらわれない臨機応変なマインド ?寛容性 異文化や異世界の多様性を受け入れることのできる感性 ?積極性 新しい土地において自らゼロベースで行動を起こす実践力 ?コミュニケーション能力 (外国語よりもむしろ)正しい母国語で円滑なコミュニケーションが取れること ?アイデンティティー 自分が生まれ育った国をベースとした確固たるアイデンティティーを有すること。そして、それに付随する文化的素養や教養を備えていること 本稿は、グローバル化の背景、グローバル戦略の本質的目的、バリューチェーン展開、組織経営、そしてそれを実践するグローバルリーダーについての概論として執筆した。今後の各企業のグローバル戦略の参考になれば幸いである。