前述した令和モデルも踏まえ、今後の人材育成には「アソビ(遊び)」を取り入れることが重要となるだろう。アソビには、
❶思考のアソビ、すなわち自律性やクリエイティビティーを高めるために「考える余地や余白」を残すこと
❷アソビの感情、すなわち学習者を楽しませる演出力を取り入れること
――という2つの意味がある。だからこそ、人材育成は“エンターテインメント”に進化するのである。
4つのEとは、Education(目的のある教育)、Engagement(仕事との関連性)、Experience(体験を通じた理解)、Emotion(感情による定着)を示した、これからの人材育成に求められる要素である。この4Eを戦略的にデザインすることで「学習者視点」での学びのプラットフォームを構築することが可能となる。
❶Education(目的のある教育)
よく、「とりあえず新人研修はやっています」「マネジメントは実務上で学んでもらっています」というような話を聞く。「新人研修の目的は?」と聞くと、答えられない人事担当者がいる。「マネジメントって何をやっていますか?」と聞くと、答えられない管理職がいる。
前者は目的が定まっておらず、新人からすると「最初はただつらいだけ」、後者はそもそも教育がされていないため「管理職はただつらいだけ」と思われてしまう。
この業務上のギャップを埋めるために、「目的のある教育」が必要である。いわゆる「オンボーディング※3」と言われる仕組みや「リスキリング」などの教育がそれにあたる。つまり、教育(Education)は、業務に取り組むために必要なゴールやルール、システムを教え、今後のモチベーションを上げる、いわば「チュートリアル」として機能するのである。従って、ただ場当たり的に教育を行うのではなく、個人にフォーカスして、仕事や環境の変化に応じて適切な教育を行うことが重要だ。
❷Engagement(仕事との関連性)
エンゲージメントと聞くと経営やHR(人的資源)に関わる多くの方が「ワークエンゲージメント」あるいは「従業員エンゲージメント」を思い浮かべるだろう。どちらにおいてもHRの領域では欠かせない要素であり、その両方を人材育成では高めていかなければならない。
ワークエンゲージメントとは「仕事とのつながり」を指し、仕事への興味・関心や充実感、熱意があるかどうかを示すものである。すなわち、自らが見いだす「内発的動機」によってモチベーションを高めている状態が、ワークエンゲージメントの高い状態と言える。
対して従業員エンゲージメントは、「会社とのつながり」を指し、会社への信頼(共感)や組織への貢献意欲を示したものである。すなわち、会社から働きかける「外発的動機」によってモチベーションを高めている状態が、従業員エンゲージメントの高い状態と言える。(【図表3】)
【図表3】ワークエンゲージメント×従業員エンゲージメント
この内発的動機と外発的動機の両方を人材育成の中で高めていくことが重要だ。
内発的動機を高めるために必要なのは、前述した「目的のある教育」に加え、「魅力あるコンテンツ」を生み出すことである。教育熱心であっても、そもそも研修自体が面白くなければ仕事に興味・関心を抱くことも難しい。だからこそ、「学べば良いことがありそう」という学習期待感を持たせるためのコンテンツ設計が必要となる。
外発的動機を高めるためには、「報酬」を用意することが重要だ。人材育成における報酬は、一般的には学びに対する「評価」が挙げられる。学ぶことと評価が直結することで、学習のきっかけを創出できるとともに、会社としてやっていること自体への信頼感を醸成することにつながる。
❸Experience(体験を通じた理解)
テクノロジーによって大きく変化したものの1つに、「体験」が挙げられる。
「LXD(Learning Experience Design)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。直訳すると「学習体験設計」という意味となる。体験とは、イメージを具体化し、感情を動かすことで行動を変化させることであり、LXDは「学習者」の目線で行動を変化させるためのプロセス設計を指す。すなわち、学習者自らが知識欲を満たすために自発的に学習をするということ自体が「体験」であり、この「学習体験」を企業側がデザインしていくことが必要だ。
テクノロジーの進化により、タレントマネジメントシステムや人材アセスメントツール、組織サーベイツールなどが一般化したことで、個人の資質や性格特性、保持しているスキル、モチベーションなどを可視化し、総合的かつ客観的に分析することができるようになった。このデータをもとに、「何を」「どのように」学ばせるかを設計することが、学習体験であると言えよう。
まず、「何を」という部分から考えてみよう。学習体験の前提となるのは学習者のモチベーションであり、情報に対する興味・関心だ。
「好きこそものの上手なれ」という言葉があるが、モチベーション高く学習できるものほどスキルアップも早い。だからこそ、学習者が何に対して興味を持っており、どのようなスキルを習得していきたいかを可視化し、学習者が求めている知識・スキルをレコメンドすることが重要である。
ポイントは、学習を強制することではなく、触発すること。すなわち、学習コンテンツを“置いておく”のではなく、コンテンツを“動的に見せ、絶えず供給していく”ことが重要である。
「好きこそものの上手なれ」の逆に、「下手の横好き」という言葉も存在する。すなわち、興味や関心があり、学習意欲も高いが、知識やスキルとして身に付いていない状態である。ここで重要になるのが、「どのように」だ。
現代において、学習の手段は多く存在している。
一対多での講義やOJT、グループディスカッションなどのリアル学習に加え、eラーニングやオンライン講義などのデジタル学習、書籍やテキスト、ゲームやコミュニケーションなど多岐にわたる。重要なのは、どれか1つを選ぶことではなく、学習者や目的に合わせて組み合わせることだ。
知識が必要であれば、eラーニングでのインプット→テストでのアウトプット、スキルを向上させたいのであれば、事前の講義→実際の練習→eラーニングでの復習、マインドセットを図りたいのであれば、ゲームと講義を組み合わせるなど、リアルとデジタル、講義と実習などを効果的に組み合わせることで学習者の関与意識を高め、結果的に体験が向上する。
この「何を」「どのように」を設計し、社員が自然と学習したくなる仕組みをつくることが、次世代の人材育成には求められる。
❹Emotion(感情による定着)
感情と記憶の関連性については、科学的に論じられている。ポジティブな感情を持った際にドーパミンが放出され、記憶を司る海馬を活性化させるという。従って、学習者の感情をコントロールすることが学習効果を高めることにつながる。前述したLXDにも通じるが、学習者がどのような体験を通じてどのような感情を持つか、という視点で学習設計をすることが重要である。
つまり、「つらい研修よりも楽しい研修の方が良い」ということだ。一見当たり前のことであるが、平成モデルは学習者視点での教育設計ではないため、実際に育成をする立場になると、頭から抜けてしまいがちである。学習者がどのように感じるかを意識することで、より的確に興味・関心を捉えることができ、心理的・生物学的の両面から定着させることができる。
感情を用いた設計として「ゲーミフィケーション」がある。ゲーミフィケーションとは、広義的な意味ではゲームデザイン要素を用い、ゲームとは別の活動へ転化させることであり、多くの社会活動に使われている事象である。
ゲームは感情によって成立する。すなわち、ワクワク・楽しい・うれしい・悔しいなどの感情をベースに設計されているからこそ、ユーザーは自発的に参加し、継続することができる。
ゲーミフィケーションを用いた人材育成を設計する上で、最も重要になるのが「競争」である。うれしい、悔しいといった感情を創出することで、自発的な参加を促していく。LMS(ラーニングマネジメントシステム)などで学習状況や習得状況、スキルを見える化することによって、学習者全員を競争環境に置き、相互啓発のモチベーションを生み出す。
すなわち、LMSを「管理」として使うのではなく、「競争」として活用することによって、社員の自発的な学習を促すことができるのだ。競争を生み出すものとして、研修にゲームを活用することも効果的である。
以上の4つのEを用いて、新しい人材育成モデルを創り上げていく。これこそが、学習者目線で、全社員が自発的に学ぶカルチャーを創り上げるベースとなり、人材育成自体をエンターテインメントへと進化させることにつながるのだ。
久保 多聞 (くぼ たもん)
タナベ経営 戦略総合研究所 コンサルティングディレクション部 HR課長
タナベ経営入社後、主にHR領域(組織・人事・教育)におけるコンサルティング業務、階層別研修の集客・運営業務などに従事。その後2019年4月より戦略総合研究所に配属され、人材開発専門チームのリーダーとして、セミナー・階層別研修における企画・集客・オペレーションの全社統括を担う。現在は全社プロモーションのチームリーダーとして戦略推進に携わりながら、DX商品の開発プロジェクトのマネジメントや各種アライアンスの連携にも従事している。
※3…新卒や中途の新入社員が早期に活躍できるように、業務で必要となる知識や技術を提供したり、会社やチームになじめたりするようサポートする仕組み