デザイン思考・OMO
ここでもう一度、体験変容の方程式(【図表3】)を見ていただきたい。前述した3つのXを効率的に高める手法が「デザイン思考」と「OMO」である。
❶デザイン思考(ユーザー視点)
デザイン思考とは、デザインを行う際に必要な考え方と手法によって、課題に解決策を見いだすことである。ユーザー視点に立って商品・サービスの本質的な課題(ニーズ)を発見し、解決のアイデア(仮説)を出して、そのアイデアをもとにプロトタイプを作成。実際に顧客やユーザーにテストを行いながら、試行錯誤を繰り返すことで新商品・サービスを生み出し、課題解決につなげる。「設計」というフローの中で、テスト(プロトタイピング)とレビュー(改善)を繰り返すことによってユーザビリティーを磨き、迅速にマーケットインに変えていく手法と言い換えられるだろう。
優れたデザインがユーザーのライフスタイルや使用シーンの観察から導き出されるように、体験価値のデザインにも、ステークホルダーを観察し、ステークホルダーが望む体験を起点に商品・サービスを開発していく思考が求められる。
加えて、開発方法は「アジャイル型」である必要がある。時間をかけて丁寧かつ詳細な設計をするのではなく、ユーザーを観察して課題解決の仮説を設定し、まず作ってみる。その上で、ユーザーとコミュニケーションを取りながら改良していく。環境変化が激しくスピードが求められる時代に適した手法である。
❷OMO(チャネルのシームレス化)
OMO(Online Merges with Offline)はマーケティング手法の1つで、「オンラインとオフラインの融合」と訳される。例えば、顧客がアパレルの実店舗で試着した服をスマートフォンアプリで購入すると、その購入情報と顧客IDをひも付け、お勧め商品の通知やクーポンの配布、セールの案内などに活用する。顧客はオンラインとオフラインを行き来しているが、どこからがオンラインで、どこからがオフラインかはあまり意識しない。
このように、オンラインとオフラインの境界線を超え、全体として1つのCXをサポートする設計のマーケティングをOMOと呼ぶ。EXやSXにおいても、オンラインとオフラインをつなげて設計すれば、体験価値の最大化を図ることができるだろう。この2つの手段で、より素早くシームレスに、全ステークホルダーへ体験価値を提供する仕組みをデザインできれば、全方位から支持されるコーポレートブランドを確立できる。(【図表4】)
【図表4】CX・EX・SXでコーポレートブランドを確立
例えば、CXの提供でLTV向上に成功した従業員が、その体験(EX)に基づいて新商品・サービスを生み出したり、社内で仕組みを水平展開したりする。企業は、そうした活動が持続可能な社会の実現にどう貢献しているかを発信し、ステークホルダーの共感を醸成する(SX)。このSXを通して社会の評価が高まれば、従業員は自社に誇りを持ち、EXが高まる。この従業員が、さらにユーザビリティーの高い新商品・サービスを開発すると、CXが向上していく。3つの体験価値が互いに良い影響を与え合い、シナジー(相乗効果)を発揮するのである。こうした善循環がコーポレートブランドの確立につながっていく。
本稿では、体験によって人の心を動かし、行動変容を促すアプローチを「XX(エクスペリエンス・トランスフォーメーション:体験変容)」と定義し、企業のステージアップの道筋として提案したい。CX、EX、SX、デザイン思考、OMOといった単語が並ぶと、体験価値の創造は難しいテーマのように感じるかもしれないが、体験価値に通じる取り組みは、すでに多くの企業が導入している。
例えば、育児休業制度や時短勤務、リモートワークの導入などは、希望するライフスタイルの実現というEXにつながる施策と言える。また、リアルとウェブを組み合わせた研修は従業員に対するOMOの実践例でもある。
ただ、そうした施策が、ダイバーシティーや従業員教育といった1つの課題に対応するための設計である場合、全社で見ると部分最適に陥っていたり、異なる価値観で動く部門が現れたりする。こうしたブレを防ぐために、ぜひXXという視点を取り入れていただきたい。
体験価値を高めることによって、自社の商品・サービスや取り組みに対する理解が深まると、ステークホルダーの共感を得る機会が増え、ファンづくりにつながる。これは、長年にわたって共に歩んでくれるロイヤルカスタマーが増えるということだ。CX・EX・SXを高める挑戦を通じて顧客が集まり、従業員が集まり、社会からも認められる。そうした企業こそが高収益を実現し、100年先も顧客から一番に選ばれる会社「ファーストコールカンパニー(FCC)」へ進化できる。XXの設計が、FCCへの第一歩となることを願ってやまない。