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タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティング メソッド 2022.04.01

体験価値の再構築でコーポレートブランドを確立する:島田憲佳

全ステークホルダーに体験価値を提供する   近年、商品・サービスの差別化を図る要素として「CX(カスタマー・エクスペリエンス:顧客体験価値)」の重要性が叫ばれている。CXとは、米国の経営学者、バーンド・H・シュミット氏が提唱した、顧客が感じる「おいしい」「うれしい」「興味深い」といった感情的な価値を含めた評価を得て、自社の市場優位性を高める考え方だ。   社会にデジタルデバイスとSNSが浸透し、マーケットが成熟化した今、顧客は品質や性能の良さ、価格の安さ以上の付加価値として、感動や共感といった「体験」を求めるようになった。音楽配信サービスやカーシェアリングといったサブスクリプション型ビジネスモデルの台頭は、CDアルバムや車といった「モノ」よりも、音楽を聴くことや車に乗ることで得られる「体験」を、顧客が重視している傾向の表れと言えよう。   このような時代においては、モノではなく良質な体験を提供することが、企業の生き残りと成長の鍵を握る。顧客は商品・サービスを、どのような目的で、どう利用したいのか。顧客が求める体験を深く理解して支援し、継続的な利用を促す「カスタマーサクセス」の考え方は、ますます重要性を増していくだろう。これまでも顧客満足度(CS)調査などを利用して顧客のロイヤルティーを高める施策はあったが、「S(満足度)」ではなく「X(体験)」という切り口で、商品・サービスの価値が見直されているのだ。   例えば、良品計画(東京都豊島区)が2019年4月、東京・銀座にオープンした「MUJI HOTEL GINZA」は、体験価値提供の好例である。ホテルのコンセプトや内装デザインを同社が監修し、客室には無印良品の家具や家電、アメニティーグッズが備えられている。店頭では伝わりづらいベッドの寝心地やタオルの肌触り、家電製品の使い勝手などを、宿泊しながら体験できる仕掛けである。   もちろん店頭でも商品を確認することはできるが、ベッドに少し腰かけてみるのと、ベッドで一晩眠るのとでは、得られる情報の量や質が大きく異なる。1日の終わりにベッドに横たわったときに感じる心地良さや目覚めの爽快感は、商品・サービスへの愛着を一気に高め、購入やSNS上での感動の共有といった行動へ顧客を向かわせる。体験とは、感動や共感といった情動によって、次のアクション(行動)を起こさせるエネルギーであり、その行動が企業にとっての成果となる。   さらに、2020年以降、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、ほぼ全ての企業が非対面での顧客対応を取り入れていかざるを得なくなったことが、社会全体のデジタル化に拍車を掛けた。接触や移動が制限されたため、リアルでしか不可能と考えられていた体験をデジタルで可能にする手法やツールが急速に普及。その結果、デジタルでの体験でも成果が上がること、また、デジタルによってリアルでの体験の幅が広がることが分かった企業は、急速にDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進。ビジネスモデルのみならず自社の在り方(企業文化や組織)まで変える構造改革に取り組んでいる。BtoCでは以前から重視されていたCXは、こうした経緯によってBtoBでも意識されるようになったのである。   しかし、企業が取り組むべきは、「顧客」の体験価値(CX)の向上だけではない。ブランドパーパスの考え方(【図表1】)にあるように、今後は、従業員や取引先・仕入れ先、提携先、株主、地域社会といったステークホルダーと共創せずにビジネスを設計することが難しくなっていく。逆に言えば、顧客だけでなく自社を取り巻く全てのステークホルダーの体験価値を高めることができれば、企業競争力は飛躍的に向上するだろう。(【図表2】)   【図表1】ブランドパーパス ブランドパーパス 出所:タナベコンサルティング作成   【図表2】全方位に向けて「体験価値」を設計する 全方位に向けて「体験価値」を設計する 出所:タナベコンサルティング作成   本稿では、CXにEX(エンプロイー・エクスペリエンス:従業員体験価値)とSX(ソーシャル・エクスペリエンス:社会体験価値)を加え、「デザイン思考」「OMO」(共に後述)という手段で、企業を取り巻く全方位へ向けて体験価値を提供することによって企業価値を向上させる「体験変容の方程式」を提言する。(【図表3】)     【図表3】体験変容の方程式 体験変容の方程式 ※本稿ではOMOの前段階としてのデジタル活用も含む 出所:タナベコンサルティング作成      
CX・EX・SX 3つの体験価値
  まずは、体験変容の方程式におけるCX・EX・SXについて、事例を踏まえながら説明する。   ❶CX:顧客体験価値   前述のように、顧客が商品・サービスを通して良い体験や感情を得ること。購入時点だけでなく、購入までの過程や購入後のフォローアップも含めた一連の体験価値を指している。化粧品を例に挙げると、選ぶワクワク感、購入時の満足感や期待感、使用を通してなりたい自分に近づく達成感や成功体験なども含む。   良い体験を通して好感を持った顧客に対し、企業が的確な提案やアフターフォローを行い続ければ、商品・サービスに対するエンゲージメントは高まる。このように「体験を線でつなぐ」ことで、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)向上を目指す手法が「カスタマーサクセス」である。   ❷EX:従業員体験価値   従業員が会社や仕事を通して良い体験や成功を得ること。EXを向上させるには、「入社する人材にいかに活躍してもらうか」「仕事を通して成功や成長をいかに感じてもらうか」「仕事や会社を通して望むライフスタイルを実現してもらうか」といった視点から、環境整備や組織づくりを行うことが重要である。心が動く体験を通して、従業員の自主的な行動や会社へのエンゲージメント向上につなげていく。結果として、従業員が活躍し、自社の貢献度合い、ELTV(Employee Life Time Value:従業員生涯価値)の向上を目指す手法を「エンプロイーサクセス」とする。   ❸SX:社会体験価値   顧客や従業員以外にも、企業には取引先や株主、地域社会など多様なステークホルダーが存在する。そうしたステークホルダーに対して体験価値を提供していくことを指す。例えば、SDGsやESG、CSVへの取り組みを通して社会やステークホルダーに良い体験や感情を与えるなどが挙げられる。しかし、自社が伝えたい情報を一方的に発信するだけでは共感や感動は起こらない。どのような企業活動が、持続可能な社会の実現にどう貢献しているのか。ステークホルダーの心を動かし、協力という行動を促すように情報をデザインする必要がある。       デザイン思考・OMO
2つの手法
  ここでもう一度、体験変容の方程式(【図表3】)を見ていただきたい。前述した3つのXを効率的に高める手法が「デザイン思考」と「OMO」である。   ❶デザイン思考(ユーザー視点)   デザイン思考とは、デザインを行う際に必要な考え方と手法によって、課題に解決策を見いだすことである。ユーザー視点に立って商品・サービスの本質的な課題(ニーズ)を発見し、解決のアイデア(仮説)を出して、そのアイデアをもとにプロトタイプを作成。実際に顧客やユーザーにテストを行いながら、試行錯誤を繰り返すことで新商品・サービスを生み出し、課題解決につなげる。「設計」というフローの中で、テスト(プロトタイピング)とレビュー(改善)を繰り返すことによってユーザビリティーを磨き、迅速にマーケットインに変えていく手法と言い換えられるだろう。   優れたデザインがユーザーのライフスタイルや使用シーンの観察から導き出されるように、体験価値のデザインにも、ステークホルダーを観察し、ステークホルダーが望む体験を起点に商品・サービスを開発していく思考が求められる。   加えて、開発方法は「アジャイル型」である必要がある。時間をかけて丁寧かつ詳細な設計をするのではなく、ユーザーを観察して課題解決の仮説を設定し、まず作ってみる。その上で、ユーザーとコミュニケーションを取りながら改良していく。環境変化が激しくスピードが求められる時代に適した手法である。   ❷OMO(チャネルのシームレス化)   OMO(Online Merges with Offline)はマーケティング手法の1つで、「オンラインとオフラインの融合」と訳される。例えば、顧客がアパレルの実店舗で試着した服をスマートフォンアプリで購入すると、その購入情報と顧客IDをひも付け、お勧め商品の通知やクーポンの配布、セールの案内などに活用する。顧客はオンラインとオフラインを行き来しているが、どこからがオンラインで、どこからがオフラインかはあまり意識しない。   このように、オンラインとオフラインの境界線を超え、全体として1つのCXをサポートする設計のマーケティングをOMOと呼ぶ。EXやSXにおいても、オンラインとオフラインをつなげて設計すれば、体験価値の最大化を図ることができるだろう。この2つの手段で、より素早くシームレスに、全ステークホルダーへ体験価値を提供する仕組みをデザインできれば、全方位から支持されるコーポレートブランドを確立できる。(【図表4】)   【図表4】CX・EX・SXでコーポレートブランドを確立 CX・EX・SXでコーポレートブランドを確立 出所:タナベコンサルティング作成     例えば、CXの提供でLTV向上に成功した従業員が、その体験(EX)に基づいて新商品・サービスを生み出したり、社内で仕組みを水平展開したりする。企業は、そうした活動が持続可能な社会の実現にどう貢献しているかを発信し、ステークホルダーの共感を醸成する(SX)。このSXを通して社会の評価が高まれば、従業員は自社に誇りを持ち、EXが高まる。この従業員が、さらにユーザビリティーの高い新商品・サービスを開発すると、CXが向上していく。3つの体験価値が互いに良い影響を与え合い、シナジー(相乗効果)を発揮するのである。こうした善循環がコーポレートブランドの確立につながっていく。    
XX(体験変容)をデザインする
  本稿では、体験によって人の心を動かし、行動変容を促すアプローチを「XX(エクスペリエンス・トランスフォーメーション:体験変容)」と定義し、企業のステージアップの道筋として提案したい。CX、EX、SX、デザイン思考、OMOといった単語が並ぶと、体験価値の創造は難しいテーマのように感じるかもしれないが、体験価値に通じる取り組みは、すでに多くの企業が導入している。   例えば、育児休業制度や時短勤務、リモートワークの導入などは、希望するライフスタイルの実現というEXにつながる施策と言える。また、リアルとウェブを組み合わせた研修は従業員に対するOMOの実践例でもある。   ただ、そうした施策が、ダイバーシティーや従業員教育といった1つの課題に対応するための設計である場合、全社で見ると部分最適に陥っていたり、異なる価値観で動く部門が現れたりする。こうしたブレを防ぐために、ぜひXXという視点を取り入れていただきたい。   体験価値を高めることによって、自社の商品・サービスや取り組みに対する理解が深まると、ステークホルダーの共感を得る機会が増え、ファンづくりにつながる。これは、長年にわたって共に歩んでくれるロイヤルカスタマーが増えるということだ。CX・EX・SXを高める挑戦を通じて顧客が集まり、従業員が集まり、社会からも認められる。そうした企業こそが高収益を実現し、100年先も顧客から一番に選ばれる会社「ファーストコールカンパニー(FCC)」へ進化できる。XXの設計が、FCCへの第一歩となることを願ってやまない。      
体験価値の再構築でコーポレートブランドを確立する:島田憲佳
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PROFILE
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島田 憲佳
Kazuyoshi Shimada
タナベ経営 取締役 マーケティングコンサルティング本部担当。1999年タナベ経営入社。これまで1000社以上のクライアントのマーケティング活動に携わる。ビジョン・ミッションを実現するため、ブランドの魅力を見つけ、磨き、発信するブランディング&プロモーションコンサルティングを通じて「100年先も一番に選ばれる」クライアントのブランドを創る戦略の実行を推進・支援している。