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タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティング メソッド 2026.08.31

ジュニアボードで育てる「経営を自分事にする人材」 古田 勝久

パーパスを起点に、人材育成を「自分事化」へつなげる

人材育成を経営成果につなげられる企業は多くない。研修体系を整え、階層別教育を実施し、eラーニングを導入しても、現場の行動が変わらず、組織風土も変わらないという声は少なくない。その原因は明確である。人材育成を「教育施策」として閉じてしまい、経営課題や事業戦略と別物扱いになってしまっているからだ。これからの人材育成に必要なのは、知識やスキルを与えることだけではない。社員一人一人が会社の目指す方向を理解し、自ら課題を見つけ、考え、動く状態をどうつくるか。その設計思想こそが問われている。


この観点で、大石膏盛堂の取り組みは示唆に富む。同社は、テープ剤やパップ剤など経皮吸収型貼付剤の研究開発・製造販売を手掛ける専門メーカーとして、高い製剤技術と品質への信頼を蓄積してきた。一方で、品質基準の厳格化、監査対応の高度化、グローバル化の進展など、事業の拡大に伴って組織にもより高い規律と判断力が求められるようになった。こうした局面で重要なのは、制度を増やすことではない。現場の一人一人が、会社の目指す方向を理解し、自らの役割を「自分事」として捉えられる状態をつくることである。大石膏盛堂は、この本質的な課題に正面から向き合ってきた。


多くの企業では、理念やパーパスを掲げても、それが現場で使われないまま終わってしまう。壁に貼られた言葉が、行動基準にならないのである。ここで必要なのは、理念を“浸透させる”ことではなく、“仕事の意味とつなげる”ことである。伊藤社長が朝礼改革から着手したのは、この点を踏まえてのことだろう。朝礼を、単なるルーティンではなく、「創業の精神や企業として大切にする価値観を確認し、仕事へ向かう姿勢を整える場」として再定義した。このような取り組みは地味に見えるが、組織変革においては本質的である。人材育成の起点は、スキル教育ではなく、考え方・行動の原点となる価値判断基準の共有だからだ。


2022年に策定した「九州からActive Lifeのために、ちょっとイイものを世界へ」というパーパスも、同様に重要な意味を持つ。ポイントは、これを単なるスローガンにとどめなかった点である。方針発表会、第4工場の展示パネル、社員向け工場見学ツアーといった施策は、いずれもパーパスを知識として理解させるためだけのものではない。自社の歴史や強み、社会的意義を社員が腹落ちし、自分の言葉で語れるようにするための仕組みである。企業文化を変えるには、まず社員が「自分たちは何者か」を語れるようにならなければならない。ブランドの出発点は社外ではなく社内にある。この視点は、理念浸透に悩む多くの企業にとって重要な示唆となる。


とりわけ製造業は、業務が定型化しやすい。だからこそ、規律強化だけに頼ると、「言われたことを守る人材」は増えても、「目的を理解して改善に踏み込む人材」は育ちにくい。今、企業に必要なのは、統制と自律の両立である。規律だけでは自律は育たない。自律を育てるには、会社の目指す姿と自分の仕事の意味がつながっていなければならない。大石膏盛堂の取り組みは、この「つながり」を丁寧に設計している点に価値がある。



ジュニアボードを継続し、経営視点を持つ人材を増やす

では、理念やパーパスを共有した先に、企業は何を制度化すべきか。ここで重要になるのが、経営視点を持つ人材を計画的に増やす仕組みである。多くの企業では、次世代リーダー育成が一部の幹部候補向け施策にとどまり、組織全体の変化につながっていない。本来、経営人材育成の目的は役員候補を選抜することだけではない。自社の課題を自分の仕事に置き換えて考えられる人材を、組織の中に一人でも多く増やすことにある。この意味で、大石膏盛堂がジュニアボードを継続的な制度として定着させている点は、高く評価できる。


同社のジュニアボードは、前半の半年間で自社の現状認識と環境分析を徹底し、後半で階層に応じた課題解決に取り組む構成となっている。これは単なる研修プログラムではない。自社の現状を経営者目線で把握し、課題を定め、自分たちで実行可能な打ち手を考え、経営陣への提案へ落とし込む一連のプロセスを通じて、参加者に“経営”を疑似体験させる仕組みである。人材育成を本当に機能させるには、知識のインプットよりも、経営課題を自分で構造化し、行動に変える訓練が不可欠である。同社の設計は、その要件を満たしている。


加えて、このプロセスの効用は、参加者が「何を提案するか」以上に、「何を論点として捉えるべきか」を学べる点にある。数字、現場、顧客、将来投資を結び付けて考える習慣が身につくことで、日常業務の見え方そのものが変わっていく。


また、このプロセスの価値は、参加者が「何を提案するか」だけでなく、「何を論点として捉えるべきか」を学べる点にある。数字、現場、顧客、将来投資を結び付けて考える習慣が身につくことで、日常業務を「経営の視点で捉え直す力」が養われる。



ジュニアボードが経営視点と主体性を文化に変える

さらに重要なのは、テーマ設定が参加者の立場と実行可能性に合わせて設計されていることだ。管理職には中期経営計画の策定、若手には縦横のコミュニケーション創出といったように、今いる立場で挑戦できるテーマが与えられている。これは、人材育成制度設計における重要な示唆である。視座だけ高めても、現場で動けなければ学びは定着しない。一方で、目の前の改善に閉じれば全社最適には届かない。経営視点と現場実装を往復させる設計こそが、人材育成を組織変革につなげる鍵なのである。


若手から提案されたAI活用による議事録作成が、業務負担を軽減し、他部署にも活用が広がった事例は象徴的だ。着目すべきは、提案が採用され、成果として共有されたことである。多くの企業で主体性が育たないのは、発言しても変わらないという諦めがあるからだ。主体性は精神論で醸成されるものではない。意見を出せば取り上げられる、試せば変わる、その成功体験の蓄積によって初めて生まれる。したがって、提案制度や改善活動を設計する際には、「募集すること」よりも「受け止め、試し、返すこと」に重点を置くべきだ。


また、ジュニアボードを6期にわたって継続し、対象年齢が若くなり、社内で“身近な仕組み”になっている点も見逃せない。人材育成は、導入しただけでは成果にならない。経験者が増え、共通言語が生まれ、部門や階層を超えて経営の話ができる人材が増えたとき、初めて組織文化に転化する。単発の研修で終わらせず、継続することで組織能力に変える発想が重要だ。


そして、この仕組みを機能させる最後の要件が、経営側の傾聴姿勢だ。社員に主体性を求めながら、経営側が聴く耳を持たなければ、対話は成立しない。モチベーション調査の自由記述欄、社内報での改善事例紹介、提案へのフィードバック、「やらないリスト」の明示は、意見を循環させるための仕組みだ。ここでのポイントは、傾聴を姿勢論で終わらせず、制度に落とし込んでいることだ。組織を変えるのは、善意ではなく仕組みである。


大石膏盛堂の事例が示しているのは、優秀な個人を選抜して育てるだけでは、組織は変わらないという現実である。必要なのは、パーパスで方向をそろえ、ジュニアボードで経営視点を養い、提案と実装の循環で挑戦を定着させることだ。人材育成の本質は、経営を自分事として捉え、自ら考え、動き、変化を楽しめる組織をつくることにある。これからの企業に求められるのは、まさにそのような人材育成メソッドの再設計である。


「パーパスを軸に一人一人が自ら考え動く組織へ」はこちらからお読みいただけます。


PROFILE
著者画像
古田 勝久
Katsuhisa Furuta

タナベコンサルティング
エグゼクティブパートナー

自動車部品メーカー、食品メーカーの人事部門での採用・人材育成・人事労務業務を経て、タナベコンサルティングへ入社。現場で培ったノウハウをもとに、戦略的な人事・組織の実現に向けて経営的視点からアプローチし、上場企業・中堅企業の成長を数多く支援している。著書に『経営者のための「戦略人事」入門』(ダイヤモンド社)。