三春情報センターの取り組みは、経営人材育成を人事施策の一部ではなく、ビジョン実現に向けた経営課題として位置付けている点に大きな特徴がある。中堅企業では、事業が拡大するほど、事業機会の不足よりも、それを構想し、意思決定し、組織と人材を動かす経営人材の不足が成長制約になりやすい。にもかかわらず、多くの企業では、幹部育成が属人的な選抜や研修受講、現場経験の延長にとどまり、中長期ビジョンや成長戦略と十分に接続されていない。
これに対し同社は、2030年に向けた「100ビジョン」の中に「100店舗・100人の経営者づくり」を明確に組み込み、事業戦略と経営人材育成を同時並行で設計している。ここに、持続的成長を実現する経営の要諦がある。
ビジョンと一体で設計する経営人材育成
まず学ぶべきは、経営人材育成が中長期ビジョンと不可分な点である。同社では、「神奈川県No.1宣言」と「100ビジョン」が先にあり、その達成に必要な人材像として経営人材が定義されている。すなわち、人材育成の目的が明確であり、育成の量・質・時期が経営課題と直結している。TCGとしても、経営人材育成は単独テーマではなく、中期経営計画の実行体制設計そのものとして扱うべきだと考える。
求める経営人材像が理念・組織・実務の三層で明確化されている点も重要である。同社が重視するのは、①理念と一体であること、②自ら問題を解決すること、③人を育て組織力を高めることである。これは、単に業績を上げるリーダーではなく、企業の価値観を体現し、難度の高い課題を解決し、再現性ある組織成果へと転換できる人材を意味する。
特に、固定給制やチーム対応の仕組みは、個人競争型の環境では育ちにくい連携力、判断力、育成力を実務の中で鍛える制度設計として示唆に富む。
「実践」と「環境」が経営人材を育てる
三春情報センターは経営人材育成の主戦場を「実践」に置いている。トップ直轄の「ネクストブレインズ(ジュニアボードシステム)」では、新規事業の企画立案にとどまらず、事業構築、展開、資金繰り、人材確保までを担わせることで、次世代に経営そのものを経験させている。経営人材育成において重要なのは、研修の量ではなく、経営に近い意思決定機会の質である。実践責任を負わせ、トップが定期的にレビューし、最後までやり切らせる仕組みこそが、高い視座を持つ経営人材を育てる。
「人を育てる」のではなく、「人が育つ環境を整える」という思想が経営全体に貫かれている点も見逃せない。24の組織横断型委員会、人材カルテの活用、M&A後の徹底した理念浸透など、同社では経営人材育成が特別な選抜プログラムに限定されていない。日常業務の延長線上に越境機会と全社視点を埋め込み、候補人材の母集団を厚くしている。これは、中堅企業において経営人材育成を一部の選抜者だけの施策で終わらせないための重要な考え方である。
事業承継を「後継者選定」ではなく「次世代経営チーム形成」と捉えている点にも学ぶべきものがある。トップ1人の力量に依存する承継では、承継後の変革が不安定化しやすい。これに対し同社は、後継者を支える同世代の参謀層や事業責任者層を計画的に育成し、組織として承継を成立させようとしている。この発想は、同族・非同族を問わず、これからの事業承継に不可欠である。
経営トップ自らが学び続けることで、組織の学習文化を先導している点も重要である。経営人材育成は、制度を導入しただけでは定着しない。トップが自ら学び、その学びを役員層や次世代層と共有し、同じ言葉で未来を語れる状態をつくって初めて、組織に学習文化は根づく。同社の実践は、そのことを端的に示している。
中堅企業が今取り組むべき6つの提言
以上を踏まえ、TCGとして中堅企業に対し、次の6点を提言したい。
1つ目として、経営人材育成を中長期経営計画の重点テーマとして位置付けることである。売上高、利益、拠点、投資計画だけを示しても、実行主体が育っていなければ計画は実現しない。「何人の経営人材を、どの事業領域で、いつまでに育てるか」を、数値・役割・時間軸の観点から定義することが必要である。
2つ目は、経営人材の要件定義を業績偏重型から見直すことである。短期業績のみで幹部を選抜すると、全社最適や人材育成の観点が弱くなりやすい。理念体現力、問題解決力、組織開発力、変革推進力を要件として明文化し、選抜条件・昇格制度・評価制度に反映させるべきである。
3つ目として、選抜人材には、研修や「経営の疑似体験」にとどまらず、「経営の実体験」を与えるべきである。新規事業開発、部門横断型プロジェクト、M&A後のPMI、グループ会社への経営参画など、難易度の高い経営アジェンダを実際に担わせることで、次世代の解像度と胆力は大きく高まる。ここで重要なのは、任せきりにせず、トップおよび経営陣がレビューと支援を継続することである。
4つ目として、全社員を対象とした越境機会を制度化すべきである。経営人材は突然生まれるものではない。委員会活動、全社改善活動、ブランド浸透活動、事業横断プロジェクトなどを通じて、部署の枠を超えて全社課題に向き合う場を常設することが、将来の経営人材候補層を広げることにつながる。
5つ目として、事業承継の準備は、後継者単体ではなく、次世代経営チーム単位で設計すべきである。承継後の成否を分けるのは、社長個人の能力以上に、その周囲に戦略・財務・人材・事業を支える実行チームが存在するかどうかである。したがって、承継計画には後継者育成に加え、右腕、参謀、事業責任者人材の育成計画を織り込む必要がある。
6つ目として、M&Aや多角化が進む局面ほど、理念統合と人材統合を経営の最優先課題に据えるべきである。事業拡大に成功しても、価値観や意思決定基準が組織内で分断されれば、持続的な成長は難しい。三春情報センターのように、理念を軸に統合を進めることが、拡大後のシナジー創出と幹部育成の両立につながる。
三春情報センターの事例が示しているのは、経営人材育成とは、経営トップが担うべき戦略課題だということである。理念で束ね、仕組みで育て、実践で鍛え、学習文化で支える。この一貫した設計があるからこそ、同社は飛躍的な成長を成し遂げている。
中堅企業が次の成長ステージへ進むためには、事業ポートフォリオの拡張以上に、意思決定を担う人材層の拡充が重要である。三春情報センターの実践は、そのための先進モデルであり、多くの企業に有効な示唆を与えるものである。
※「仕組みで育てる経営人財。“次の経営者”が、100ビジョンを動かす:三春情報センター」はこちらからお読みいただけます。
タナベコンサルティング
執行役員
セミナー責任者を経てコンサルティングに携わる。人づくりをデザインする総合プロデューサーとして、中堅・中小企業の人事・教育制度構築から運用に至るまでトータルでサポート。特に、さまざまな業種・業態の企業内大学(アカデミー)設立に実績を有し、多くの社員の成長を促すプログラム開発にクライアントから高い評価を受けている。