後継者育成は「誰にする」という人選問題ではない
「後継者育成」というテーマは、いまだに多くの企業で「誰に承継するのか」という人選問題として捉えられがちである。特に非上場・リージョン・オーナー企業は資本の承継や代表権の移行に議論が集中しやすい。
だが、企業経営の持続性という観点で見れば、真に重要なのは事業をいかに受け継ぐか、組織をどうつなぐか、そして次代の成長を担う経営体制をいかに構築するかだ。後継者育成とは単なる承継準備ではなく、「後継者・経営人材育成計画」として構想されるべき経営課題なのだ。
東京商工リサーチによれば、2025年の日本企業の後継者不在率は62.6%と、2019年の調査開始以来、6年連続で上昇している(【図表】)。後継者がいる企業でも同族承継が63.65%と最も多く、内部昇進は16.23%にとどまる。これは後継者問題を人選の議論だけで終わらせず、社内から次代の経営を担う人材を計画的に育てる必要性を示している。
【図表】後継者不在率の推移
出所 : 東京商工リサーチ「2025年『後継者不在率』調査」(2025年11月10日)より
タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
その意味でも、カミチクグループの実践事例は極めて示唆に富む。同社は畜産・酪農という1次産業、加工製造・卸売りという2次産業、小売り・外食という3次産業を一気通貫で連結する「6次化スタイル」を確立し、独自の成長を遂げてきた。事業領域の拡大とともに承継の意味合いを大きく変化させたのである。
同社は、もはや創業家の中で後継者を定めれば事足りる段階ではない。グループ全体の経営を支える次世代の経営人材群をいかに育成し、将来の経営体制として機能させるかが本質的なテーマとなっている。
注目すべきは、上村昌志代表が自ら後継者育成の当事者として先頭に立っている点だ。後継者・経営人材の育成計画は、人事制度や研修体系を整備するだけで完結するものではない。経営者としての意思決定の勘所、取引先や金融機関などとの対外関係の築き方、組織を率いる覚悟、さらには企業理念を体現する姿勢といった要素は、文書や制度だけでは承継し得ない。だからこそ、経営者自身が時間を投資し、候補者の一人一人に向き合い、日々の実務を通じて育成していくことが不可欠となる。「誰が育てるのか」という問いに対する答えは、まさに「経営者自身」である。
さらに重要なのは、カミチクグループが後継者育成を単発の施策としてではなく、計画的な仕組みとして運用している点である。2022年に後継者育成計画を策定し、戦略的配置、集合・個別研修、アセスメント、経営戦略会議での共有という枠組みを明確にした上で、年次で見直しを重ねている。後継者育成とは候補者を選ぶ行為ではなく、事業の成長段階と人材の成熟度に応じて磨き込み続ける経営システムなのである。
後継者・経営人材育成の重要なポイント
カミチクグループの後継者・経営人材育成の取り組みは、大きく次のポイントが挙げられる。
❶ 戦略的配置の徹底
まず第一に、戦略的配置の徹底に特色がある。後継者および後継体制を担う候補者について、各人の適性や育成課題を見極めながら、意図的に経営経験を積むことができるポジションへ配置しているのである。ここで重要なのは、単なる異動や配置転換ではなく、「どの事業で、何を経験させ、どの視座を獲得させるか」という育成の意図が明確な点にある。
事業責任を持ち、実績と向き合い、時に難しい意思決定が迫られる経験を通じて、経営人材としての器は形成される。また親族の後継者を経営トップの出張や外部折衝の機会にも帯同させ、経営者同士の会話や社外との向き合い方、代表者としての一挙手一投足まで直接指導している。経営とは会議室の中だけで学ぶものではなく、むしろその周辺にこそ本質的な学びがあることを踏まえた育成方法である。
❷ 実践的な集合研修の設計
第二に、集合研修の設計が極めて実践的だ。象徴的な取り組みがジュニアボードで、後継者を含む候補者が自部門の機能責任者ではなく、グループや6次化全体を俯瞰する視点で経営課題を捉え、中期経営計画の提言と実装に取り組んでいる。これは単なる座学ではない。全体最適で考え、議論・提言し、実行するという一連のプロセスを通じて経営そのものを実践的に学ぶ場となっている。
さらに、上村代表自らが講師を務めるフィロソフィ研修を継続して実施し、創業者としての使命感や経営哲学を直接伝えている点も重要である。事業を承継するだけでは企業は続かない。何のためにこの事業を営むのか、どのような価値観に基づいて意思決定するのかという不変の軸が承継されてこそ、組織の持続性は担保される。集合研修とは、単に知識を付与する場ではなく、理念の承継、全体視点の獲得、経営参画意識の醸成を図る場として設計されるべきである。
❸ トップによる個別研修の実践
第三に、トップによる個別研修の実践である。上村社長は、候補者一人一人と個別に面談し、現状の課題や強みを踏まえた上で、具体的な助言とフィードバックを行っている。後継者・経営人材育成計画では、集合研修で社内の共通言語と価値観を育むだけでは不十分であり、個人ごとの成長課題に即した支援も欠かせない。
候補者ごとに置かれている立場も異なれば、伸ばすべき能力も異なる。だからこそ、個別面談を通じてどのような経験を次に積ませるべきか、どの判断軸を鍛えるべきか、どのような役割と期待を持っているのかを、経営者自身の言葉で伝える必要がある。集合研修が「全体に共通する軸」を育てる場だとすれば、個別研修は「一人一人の経営者としての成熟」を促す場である。この両輪がそろってこそ計画は実効性を持つ。
❹ 後継者育成を経営課題として運用
第四に見逃せないのが、こうした取り組みを経営課題として運用している点である。候補者の評価や育成状況、今後の登用可能性について、経営戦略会議の中でグループのトップと共有し、関与の方向性について共通認識を形成している。後継者育成が現社長の胸中だけで進む“ブラックボックス型”ではなく、「将来の経営体制づくり」としてオープンに扱われていることに大きな意義がある。
どの候補者に、どんな役割を担わせ、いかに成長を支えていくのか。これを経営の俎上に載せて議論することが、後継者・経営人材育成計画を制度から実践へと高める要件である。
オーナー企業の後継者育成の本質は後継者を決めることではない。次の経営を担う体制を、いかに計画的かつ体系的に育てるかにある。戦略的配置により経験を積ませ、集合研修で理念と全体視点を鍛え、個別研修で一人一人の成熟を促し、それらを経営課題として運用していく。カミチクグループの実践は、その要諦を鮮やかに示しているといえよう。
※「『6次化スタイル』と次世代育成の同時進行で世界を目指す:カミチク」はこちらからお読みいただけます。
タナベコンサルティング
エグゼクティブパートナー
自動車部品メーカー、食品メーカーの人事部門での採用・人材育成・人事労務業務を経て、タナベコンサルティングへ入社。現場で培ったノウハウをもとに、戦略的な人事・組織の実現に向けて経営的視点からアプローチし、上場企業・中堅企業の成長を数多く支援している。著書に『経営者のための「戦略人事」入門』(ダイヤモンド社)。