いまやM&Aは中堅企業の「成長の必修科目」である
M&Aが企業経営の手法として広く認知されてから、半世紀が経過した。変遷を振り返ると、時代ごとに役割は大きく変化してきた。大手企業によるアウトバウンド型M&A、バブル崩壊後の救済・再生型M&A、2000年代のIT企業の台頭による敵対的買収型M&A、2010年代の事業承継型・事業再編型M&A、2020年代のマッチングプラットフォームを活用した小規模M&A。
そして今、日本のM&Aの主役は中堅企業である。単発の案件対応ではなく、M&Aを連続的に成長戦略へ組み込める企業が、次の10年を制する時代に入った。物価高、人手不足、賃上げ、金利上昇、国際紛争など、経営環境は日々動いているが、その根底には大きく2つの潮流がある。
第一に、日本企業を取り巻く経営環境が、30年ぶりにデフレ経済からインフレ経済へと転換したことである。デフレ経済下における経営の要諦は、「コストダウンと回転率」にあった。
しかし、インフレ時代の経営はこれと異なる。要諦は、「投資によって付加価値を高める」ことにある。自社が目指す事業領域や地域、コロナ禍を経て生まれた新市場、DX・AIをはじめとする新技術。これらに素早く投資した企業が、いま成長を遂げている。その有力な手段がM&Aである。自前でゼロから時間をかけて育てるのではなく、必要な機能・技術・人材・販路をM&Aによって獲得する。インフレ時代の経営において、M&Aはもはや「選択肢の1つ」ではなく、成長のスピードを決定付ける経営技術になりつつある。
第二に、日本が人口減少、すなわち人口オーナス期にあるという構造的現実である。高度成長期のように、自前で拠点を増やし、「つくれば売れる」時代ではない。加えて、経営者の高齢化も深刻な課題となっている。2025年の休廃業・解散件数は、倒産件数の約7倍に当たる7万件弱に達し、年々増加している。企業数が減少して活力を増す地域はない。大企業は大都市圏に集中する一方、地方には地域経済をけん引する中堅企業が約9000社存在する。これらの中堅企業がM&Aという経営技術を活用し、成長軌道を描けるかどうかは、地方創生そのものに直結する。
企業が成長し、雇用を生み、税を納めることで地域は持続する。近年、中小企業庁も中堅企業に対し、助成金や税制優遇などの支援策を手厚く講じている。環境は整いつつある。あとは、経営者が動くかどうかである。
東北の建設業界再編は、日本の未来を先取りしている
その象徴的な動きが、東北地方の建設業界で起きている。東北は全国平均を上回るペースで人口減少が進み、人材確保や事業承継の課題に直面する企業も少なくない。こうした環境のもと、大手ゼネコン、金融機関、ファンドを巻き込んだ再編が進んでいる。
再編パターンはいくつかに大別できる(【図表1】)。「地場企業統合型」「緩やかな連携型」「大手・中堅企業によるM&A型」「異業種によるM&A型」「金融機関による事業承継支援型」などである。
【図表1】東北における建設業の再編パターン
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
この地域には、キャッシュリッチな建設業が多い一方、復興需要が一巡し、需要環境の見通しに不透明感が広がっているという特徴がある。そうした中で各社は、戦略的連携やM&Aを通じて、自社の存続と地域経済の持続可能性を同時に追求している。東北の建設業は、自ら再編の主体となり、地域経済の未来を切り開こうとしている。この流れは全国、そして全業種へと波及していくだろう。人口減少は企業再編を促し、内需型の中堅企業は、成長企業の傘下に入るのか、自ら傘下に収める側に回るのか、存続のための選択を迫られる。いずれの道も偶然ではなく、明確な意思を伴う経営判断である。
連続M&Aを成功させる企業は、何を仕組み化しているのか
伸びる中堅企業とそうでない企業の差は、「未来創造機能」を有しているか否かである。中堅企業ともなれば、日々の事業を回すオペレーション組織はすでに整っている。社長が不在でも、会社は動く。しかし、これから先の成長を左右するのは、日々の運営ではなく、未来を設計する機能と、それを実装するリーダーシップへの投資である。
未来創造機能とは、経営企画、未来型人事、事業企画、M&A推進などを指す。多様化・複雑化した時代において、社長の意思決定を支える仕組みであり、まさに「急がば回れ」である。M&Aで言えば、それは連続M&Aを実行するための仕組みである。
M&Aは、あくまで手段である。重要なのは、それを持続的な成長へと結び付けることだ。そのために必要なのが、戦略構築とM&Aバリューチェーンの構築である。
戦略構築には2つの要諦がある。1つは、長期ビジョンを描くことである。3~5年の中期経営計画を策定している企業は多いが、味の素や三井化学のように、近年はこれを廃止し、長期ビジョンと短期計画に切り替える企業も増えている。理由は明確だ。インフレ時代の経営の要諦が「戦略と投資」にある以上、中期計画では期間が短く、十分な絵を描き切れないからである。加えて、景気変動の影響も受けやすい。
10年程度の長期ビジョンであれば、事業ポートフォリオをどう転換するのか、そのためにどのような戦略を取り、何に投資するのかを描くことができる。多少の景気変動の波も、その射程の中で吸収できる。変数は多いが、揺るがぬ軸となるのはパーパスである。自社の10年後を見据え、今こそ再設定すべきだ。
近年の上場企業では、長期ビジョンを踏まえ、「いつまでに」「いくら」「どのような業種のM&Aを行うのか」を開示する企業が増えている。株主にとっても、キャッシュアロケーションと成長投資がイメージしやすい。
2つ目は、M&A参入戦略の構築である。長期ビジョンの中でM&Aを掲げていても、具体的な進め方を描けていないために「絵に描いた餅」となっている企業は少なくない。設定した事業ポートフォリオに基づき、M&Aを推進する上での制約条件や経営資源を明確化した上で、狙うべき事業領域のターゲットをリストとして整備する。そして、主体的にアプローチしていくのである。
M&A巧者と呼ばれる企業は、仲介会社から案件が届くのを待ってはいない。「欲しい企業に、自ら取りに行く」。そこに大きな差がある。
さらに重要なのが、M&Aバリューチェーンの構築である。これは、一貫してM&Aを進めるための経営システムである。AIの導入により、さらに効率的かつ効果的に進められる時代が到来した。
【図表2】の通り、組織化(①M&Aの知識習得→②専門組織の設置→③推進・決定の型化)から始まり、④M&A戦略の構築、⑤最適な譲受企業のリサーチと実装、そしてエグゼキューション(⑥Pre-PMI(Post Merger Integration)→⑦ディール推進→⑧デューデリジェンス)→⑨株式譲渡契約締結へと進む。さらに、PMI(⑩PMI→⑪Post-PMI)を経て、次のM&Aへとつなげていく。これが、連続M&Aの仕組みである。
【図表2】M&Aバリューチェーン
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
連続M&Aには、組織化・戦略構築という前工程、株式譲渡契約までの中工程、そして経営統合と企業価値創造を担う後工程の3つがある。
多くの企業では、熱量のピークが中工程にある。しかしM&Aの目的を達成するためには、株式譲渡契約を起点として、前工程から後工程までを一本の線で捉える必要がある。
Pre-PMIとは、統合後の戦略適合性、シナジー、投資対効果を検討しながら、DD(Due Diligence)や交渉を進めるプロセスである。Pre-PMIを描くことで、DDの内容も、統合後の進め方も変わってくる。資産としての適正評価にとどまらず、将来に向けて当該企業をどう伸ばすかまで含めて描く。
通常のPMIは、いわゆる「100日プラン」と呼ばれる、株式譲渡契約締結後に行う財務・人事・法務などの経営管理面の統合である。ここで何より重要なのは、譲渡企業の社員に対する丁寧なケアだ。筆者も社外取締役としてPMIに携わった経験があるが、企業は人でできている。人がいなければ、会社は空箱に過ぎない。譲渡企業の経営陣・社員の心理的安全性を担保し、共に経営課題を解決していくサーバント・リーダーシップが欠かせない。
Post-PMIは、初期と後期に分かれる。初期Post-PMIでは、M&A後1~2年で収益体質の改善を目指す。譲り受けた企業の強みを磨き、弱みを補強し、自立成長に向けた事業構造基盤を再構築する。後期Post-PMIでは、続く1~2年で自立成長体制を構築する。組織、管理体制、人材育成などの経営体質を強化し、会社としてのステージアップを図る。
Post-PMIが機能すれば、短期間で投資回収が進み、シナジーが創出され、次の連続M&Aに向けた資金も生まれる。Post-PMIなくして、M&Aの成功はない。買収した企業へ送り込むグループ経営人材の育成もまた、成否を大きく左右する。
事例が示す、中堅企業の成長M&Aの勝ち筋
タナベコンサルティンググループのM&A実績は、約800社となった。また、M&Aを企業とともに研究し、学び合う場として「『成長M&A』実践研究会」を7年連続で開催している。延べ75社の優良な譲受企業をゲスト講師として招き、実践的な講義をいただいてきた。これらの企業の戦略を整理すると、【図表3】のように、連続M&Aによる成長ステップが浮かび上がる。
【図表3】連続M&Aによる成長ステップ
出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
ステップ 1
事業内容を理解している同一エリアの同業周辺を買う「水平展開」、あるいは下請け・協力会社・仕入れ先を買う「垂直展開」によって、バリューチェーンを強化する。
ステップ 2
同業の「水平展開」、協力会社・仕入れ先の「垂直展開」を全国へと広げる。グローバル企業の場合は世界展開もある。
ステップ 3
全国で譲り受けた企業を軸に、ドメイン領域を広げる。例えば、長距離幹線運送の企業が、地場配送、自動車修理、倉庫などの企業をM&Aし、物流ドメイン全体へと事業領域を拡大していくケースである。
これは、成長性と安全性を両立した、中堅企業の連続M&Aモデルと言える。多くのM&A巧者の中堅企業が、このモデルに当てはまる。
また、第4象限は地域名門企業に多く見られるパターンであり、同一エリアの中でコングロマリット的に同業・異業種を問わず連続M&Aを行っているケースである。収益性が課題となる場合がある。
「組織は戦略に従う」のが定石だが、組織そのものを戦略として成長している企業もある。M&Aバリューチェーン機能をコアコンピタンスに据え、譲渡先企業のリサーチと買収を迅速に進める「企業を買う」機能と、譲り受けた企業を「早く高収益化する」機能を武器に、連続M&Aを展開している。食品や機械製造業、OA機器販売業、物流業など、M&Aの対象となる事業領域を明確に定めている点も特徴的だ。成長スピードの速さが際立っている。
問われているのは、「M&Aをするか」ではない
人口減少とインフレが同時に進む日本において、中堅企業に求められるのは、守りの経営ではなく、戦略と投資による成長の経営である。その中核を担う経営技術が、連続M&Aだ。
問われているのは、M&Aを「するかどうか」ではない。自社の10年後を見据え、どの領域で、どの順番で、どこを取り込み、いかに共に成長するか──その構想と実装の力こそが問われているのである。
地方の中堅企業が連続M&Aを通じて成長し、地域経済を支えていく。そこに、日本の未来を切り拓く一つの道がある。
タナベコンサルティング 専務取締役
西部本部長、取締役、常務取締役を経て2021年より現職。上場企業から中小企業まで5000社の経営相談、数百社のコンサルティング・教育などに従事し、数多くの実績を誇る。現在はストラテジー&ドメインコンサルティング事業部担当、インダストリー&ドメインコンサルティング担当、 M&Aコンサルティング事業部担当およびグローウィン・パートナーズ取締役。