なぜ今、ホールディング経営が必要なのか
変化の激しい経営環境の中で、一社一事業で持続的な成長を実現することは年々難しくなっている。こうした時代において、グループ経営とM&Aを一体で捉え、ホールディングカンパニー(以降、HDC)を軸に成長戦略を描くことの重要性が高まっている。
本稿では、M&A戦略においてHDCが果たす役割と、その求心力の源泉について考察する。
ホールディングス化によるグループ経営は、成長戦略を組み立てる上で欠かせない選択肢になっている。そして、その実現手段としてのM&Aもまた、重要性を増している。
背景にあるのは、企業を取り巻く経営環境の急激な変化である。少子高齢化は国内市場の縮小だけでなく、深刻な人手不足をもたらしている。加えて、コロナ禍や地政学的リスクなど、経営を揺るがす不確実性も頻繁に発生するようになった。
このような時代において、一社一事業で存続・成長を続けることは容易ではない。グループ化によって全体最適で成長を図り、規模の経済を働かせると同時に、事業ポートフォリオを通じて環境変化へのリスクヘッジを行うことが求められる。
HDCを軸に複数の事業会社が連携し、シナジーを発揮しながら成長していく体制は、今後ますます重要になるだろう。
HDCがM&A戦略に有効な理由
では、なぜM&Aを進める上でホールディング体制が有効なのか。
HDCは、事業会社の親会社としてグループ全体の司令塔・管制塔の役割を担う存在であり、通常は自ら事業を行わない。この点が、M&Aにおいて大きな意味を持つ。
仮に、事業会社が直接売り手企業を買収する場合、両社の関係はどうしても「買収した側(主)とされた側(従)」に見えやすい。売り手企業の側には、「買収後に事業運営上の不利益が生じるのではないか」という懸念が生まれやすく、これが心理的なマイナス要因となる。
一方、HDCが買収主体となる場合、既存の事業会社と売り手企業はHDCの傘下に並ぶ関係となる。そのため、売り手企業の事業独立性を尊重する姿勢を、組織形態そのものによって示しやすい。これは、PMIの成否を左右する重要なポイントである。
M&A後、売り手企業の社員は変化に対して強い抵抗感を抱きやすい。そこへ親会社の論理で急激な経営改革を迫れば、シナジー創出どころか、もともとの強みまで損なわれかねない。最悪の場合、社員の離脱にもつながる。
近年はPMIにおいても、経営方針の変更を無理に迫らず、親会社からの役員派遣も必要最小限にとどめるなど、「これまでの経営を尊重する」スタンスを重視する企業が増えている。変化が必要な場合でも、例えば、役員人事は任期満了のタイミングで行う、システム刷新はライセンス更新時に合わせるなど、自然な節目に実施することが望ましい。
経営統合の本質は、売り手企業の過去や現在を否定することではない。むしろ、「未来を一緒につくる」ことにある。その際、HDCが掲げるグループビジョンが、統合の方向性を支える強力な求心力となる。
グループビジョンとHDCの「機能」がもたらす求心力
魅力的なグループビジョンは、それ自体が売り手企業を惹き付ける求心力となる。例えば、「日本一になる」「世界に通用するグローバル企業になる」といった大きな目標を掲げるグループもある。
また、多くの経営者や新規事業を育成するインキュベート型、川上から川下までをつなぐバリューチェーン型、固有技術を掛け合わせて新たな価値を生み出すコ・クリエイティブ型など、HDCの在り方にはさまざまな類型がある。いずれにせよ共通しているのは、一社単独では実現できない価値を、グループとして生み出そうとしている点である。M&Aという手段を先に考えるのではなく、まず共通目的としてのビジョンを明確に示すことが重要なのだ。
グループビジョンがM&Aを促進する求心力であるならば、HDCが発揮する機能にもまた、求心力が必要である。
あるHDCでは、まず広報室を設置し、ブランディングや企業広報の専門人材を採用した。傘下にあるのは、世界に通用する技術を持つ町工場群である。しかし、その技術力の高さは既存顧客以外にはなかなか伝わらず、各社単独では十分な発信ができていなかった。そこで、HDCが広報機能を担うことで、個社の技術を市場に発信し、新規顧客やパートナー開拓につなげたのである。
また、ある中小建設業グループでは、HDCにCHRO(最高人事責任者)を迎え、グループ全体の採用・育成を統括させている。多くの中小建設業者が採用難に苦しむ中、一社単独では十分な採用力を持ちにくい。
しかし、HDCがグループ規模で専門性を持って採用機能を担うことで、常時数十社の人材エージェントと接点を持ち、グループ会社の人材確保に貢献している。
このように、事業会社にとって重要でありながら、一社では十分に投資できていない機能こそ、HDCが担うべき領域である。これはM&A戦略を推進するHDCにとって大きな武器となる。「このグループに入れば新規顧客を開拓できる」「採用課題の突破口が開ける」といった期待感が、売り手企業を惹き付けるのである。
目指すべきは「プラットフォーム型ホールディングス」
企業がグループとして成長していくためには、HDCにビジョンと機能の両面で魅力的な求心力が必要である。そして、それを実現する考え方として重要なのが、「プラットフォーム型ホールディングス」という発想である。
法的には、HDCが親会社であり、事業会社は子会社である。しかし実務運営においては、この親子会社という感覚をできる限り薄めることが望ましい。むしろ、事業会社が主役であり、HDCはその成長を支える土台、すなわちプラットフォームであると位置付けるべきだろう。
HDCは、直接市場と向き合い収益を生み出す事業会社に対して、必要だが不足しているリソースを提供する。その結果、事業会社の心理的な負担も軽減され、主体的に活躍できる企業文化が育まれる。こうした関係性は、既存グループ会社との連携を強めるだけでなく、M&A交渉そのものを円滑に進める上でも有効である。
自社のHDCを魅力的なプラットフォームへと進化させ、新たな仲間とともに未来を切り開くグループ経営を推進していただきたい。
タナベコンサルティング グループ経営 上席執行役員
「経営者をリードする」ことをモットーに、企業の財務収益構造や組織体制、資本構成を大局的かつ戦略的に改革するコンサルティングを得意としている。また上場・中堅企業における事業承継、ホールディング経営推進のスペシャリストとして、建設業、物流業、不動産業、製造業、小売・サービス業など幅広い業種での実績があり、全国で活躍中。CFP®認定者。