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タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティング メソッド 2026.03.31

専門設備工事企業が挑んだ働き方改革 濵 大輔

二重苦に直面する専門設備工事業

働き方改革関連法の施行により、建設業界は転換点を迎えている。労働環境の改善は不可欠だが、人手不足の現場に、さらなる生産性向上が求められている。


特に深刻なのが、業務プロセスの属人化である。ベテランの勘に依存した業務は標準化を阻み、若手育成の壁となる。本稿では、売上高430億円規模の専門設備工事企業A社が、現場の反発を抑えこの課題にどう挑んだのかを解説する。


A社は全国展開する中堅専門設備工事会社だ。各拠点の技術者は、施工図作成や工程管理を独自の手法で行っていた。一見、現場の裁量による柔軟な対応に見えるが、実態は大きく異なる。ある拠点は過去参照をベテランの記憶に頼り、また、独自フォーマットのエクセルが乱立。報告形式すら統一されておらず、技術者はコア業務である施工管理よりも、資料探しなどの雑務に時間を奪われていた。


法対応が迫る中、「現状では時間短縮と品質維持の両立は不可能」という危機感が本社に広がった。改革は急務だが、何から着手すべきか、そして最大の懸念である「現場の反発をどう抑えるか」が重い課題であった。多くの企業が陥る失敗は、「いきなり業務プロセスに踏み込むこと」だ。コンサルタントが詳細を聞き出そうとすれば、現場は「また管理強化か」「何も知らないくせに」と反発する。特に、独自のやり方に誇りを持つベテランほど変化への抵抗は強い。


タナベコンサルティングが支援した本プロジェクトでは、現場心理をくみ、負荷の少ない「帳票の棚卸し」から着手した。各拠点の全帳票を洗い出し、利用実態を整理する作業は負担が軽く、「帳票過多」への共感も得やすい。実際、約80種類の中には重複や慣例的な帳票も多かった。これらを、「使用頻度」「属人化度」「作成負荷」「標準化容易性」「分担可能性」の5項目で評価し、改善効果の高いものから着手した。


次に、会議体の見直しを行った。全会議の目的や参加者を精査し、現場ヒアリングで実態を把握。その結果、①目的未達、②内容・メンバーの重複、③ルールの形骸化といった共通課題が判明した。これらに基づき、7つの会議体について改善案を策定し、まずは各拠点・部署単位で取り組むことができる身近な改善から実行に移した。


効果が可視化しやすい帳票や会議から着手したことで、現場は「無駄な資料作成が減った」「不要な会議が削減できた」と改善を実感できた。この小さな成功体験と信頼関係こそが、次のステップへの土台となった。




現場を巻き込む仕組みづくり

改善の足掛かりが見えた段階で、本格的な活動分析に着手した。一部の拠点技術者に業務内容を15分単位で記録させ、何に・どれだけ時間を使っているかを可視化した。重要なのは、これを「監視」ではなく、「現場の実態を経営層に伝える武器」と位置付けた点だ。「多忙な実態をデータで示し、本社に理解してもらおう」というメッセージで、現場の協力を引き出した。


分析の結果、労働時間の約40%が資料探しや図面作成などの間接業務に費やされていることが分かった。この客観的なデータは、経営層と現場双方に改革の必要性を強く認識させた。


並行して、業務の棚卸しとフローの見直しも行った。「現場が担うべき業務」と「本社でサポート可能な業務」を明確に切り分けた。例えば、過去図面の検索や定型帳票の作成は、本社集約の方が効率的だと判断した。さらに、役割分担も再定義した。従来、現場が抱え込んでいた事務・調整業務の一部を本社が担うことで、技術者が顧客対応や施工管理などの専門業務に集中できる体制を構築した。


施策の核心は、本社統括部署の役割転換にある。従来の「管理・監督」に加え、「現場支援」の機能を新たに持たせ、具体的には次の4つを本社に集約した。


❶ ノウハウ・ナレッジの収集と共有

各拠点の事例や知見を定期収集し、標準化した上で水平展開


❷ スタンダード(ルール・品質基準作り)

業務プロセスや品質のばらつきを抑える基準を策定し、本社が業務一端を担える体制を設計


❸ 過去案件データベースの構築と検索支援

類似案件の図面や仕様書を条件で即座に検索できる仕組みを整備。AIによる自動推薦も視野に


❹ 標準帳票の管理と自動生成

定型書類はテンプレート入力のみで完成する仕組みへ。過去帳票も容易に検索できるようにデータベースを整理


体制を整備したことで、技術者は付加価値の高い主体業務に集中できるようになった。また、標準化は若手社員の育成にも寄与する。「先輩の背中を見て覚える」属人的教育から、「標準プロセスを学び応用力を磨く」体系的育成へと転換する基盤が整ったのだ。現在、生産性向上の施策を実行可能なものから順次進めており、定量的な効果検証は今後の成果を待つ段階にある。


施策の多くはアナログな改善だが、重要なのは、デジタル活用の土台が整った点だ。業務標準化とデータの一元管理により、AI図面検索や過去データに基づく工期予測など、高度なデジタル施策への展開が可能になった。


プロジェクト成功の最大要因は、現場の心理的抵抗を考慮した段階的アプローチにある。いきなり業務の深部に踏み込むのではなく、帳票や会議といった「誰もが無駄だと感じる領域」から着手した。この小さな成功体験が「改革は現場のためになる」という信頼を生み、本格的な施策への協力を引き出した。トップダウンの押し付けではなく、「自分たちの業務を見直す」という当事者意識を醸成したのだ。


標準化についても、「効率化のための画一化」ではなく、「現場の知恵を全社共有する仕組み」と位置付けた。ベテランのノウハウを標準プロセスに組み込み、経験を組織資産として継承する。この視点が抵抗感を減らし、現場の協力を引き出した。



人手不足時代の生き残り戦略

専門設備工事業界のみならず、人手不足は建設業全体の構造的な課題となっている。A社の事例が示すのは、「人が足りないから諦める」のではなく、「限られた人材で最大の成果を出す仕組みをつくる」という発想転換の重要性だ。


段階的な業務改善、標準化、役割分担の最適化、そしてデジタル技術の戦略的活用。この「四位一体」の改革により、生産性向上と労働環境の改善を両立させることは可能である。それは結果として、人材確保の好循環も生み出す。働きやすい環境こそ、優秀な人材を引き寄せるのだ。


本事例は、再現可能なメソッドである。現場の心理的抵抗を理解し、小さな成功から始め、信頼関係を構築しながら本質的な改革へと進む。その先にこそ、持続可能な成長への道筋が見えてくる。


PROFILE
著者画像
濵 大輔
DAISUKE HAMA

タナベコンサルティング
ストラテジー&ドメイン ゼネラルパートナー
上場総合建設会社で注文住宅営業、リフォーム営業、広報企画を経てタナベコンサルティング入社。ハウスメーカー、建設会社の中期経営計画策定や長期ビジョン策定などの事業戦略立案、IT化構想確立支援や業務標準化支援などの業務改善、企業内大学(アカデミー)設立の支援などを担当。「絵に描いた餅に終わらせない実務に直結するコンサルティング」をモットーに、クライアントの課題に真摯に対峙している。