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タナベコンサルティンググループの各分野のプロフェッショナル・コンサルタントが、経営戦略・事業戦略・組織戦略などの経営メソッドを解説・提言します。
コンサルティング メソッド 2026.03.31

技術承継と人材育成の両立を目指した企業内大学の設立 森下 悠貴

人手不足の課題の本質は承継にある

人手不足が深刻化する建設業界において、多くの企業が採用強化や処遇改善に取り組んでいる。しかし、現場で静かに進行している真の危機は、単なる人員不足ではない。それは、技術が承継されないまま失われていくことである。


施工判断や工程調整、原価管理といった高度な技能の経験値は属人化しており、ベテランの退職とともに消えていく。この構造が続く限り、いくら採用を強化しても技術水準は維持できないのだ。


従来の育成は「背中を見て覚える」型であり、「習得すべき内容や順序が不明確」「技術レベルの到達基準が曖昧あいまい」「指導が感覚に依存している」といった課題を抱えている。結果として、成長は個人の素質や配属先に左右され、「育つ人は育つ」という偶然性に委ねられている。これは教育の問題ではなく、育成の「仕組み」の問題だ。


技術承継は単なる人材施策ではなく、企業の持続的成長を左右する重要な経営テーマである。本稿では、売上20億円・従業員50名規模の地方の総合建設会社A社を事例に、技術承継と人材育成の仕組み構築に取り組んだプロセスを紹介する。



技術承継と人材育成の仕組み化

A社は建築・土木・住宅事業を中心に、地域密着型経営で長年にわたり信頼を積み重ねてきた企業である。しかし近年、建設業界共通の構造課題である「技術承継」と「次世代育成」に直面していた。単なる教育体系の強化ではなく、組織として持続的に成長するための「育成の仕組み化」が急務となっていた。


同社の現場は優秀なベテラン技術者に支えられてきたが、施工管理の勘所や顧客対応、原価管理の判断基準といった高度なノウハウは個人の経験に依存していた。若手人材の育成は「先輩の背中を見て覚える」スタイルが中心で、成長のスピードや質にばらつきが生じ、部門任せの教育により全社的な到達目標も曖昧なままであった。


「技術はある。しかし、その伝え方が体系化されていない」。この状態を放置すれば、数年後には技術力の空洞化を招きかねない。そこで同社は、技術承継と人材育成を最重要の経営テーマと位置付け、抜本的な改革を決断した。


プロジェクトの核となったのは、社内アカデミー(企業内大学)の設立である。その狙いは、単なる研修の強化ではない。ベテランが持つ暗黙知を形式知化し、若手社員が段階的に成長できる「仕組み」を構築することだ。属人化した技術伝承の構造を変えるための基盤として、アカデミーが選ばれたのである。


また、本誌11~14ページの「建設業DXが切り開く可能性」(石丸稿)にある通り、DXやAI活用を進めるためには、まずは人の頭の中にある技術やノウハウを「言葉」や「形」にして整理する必要がある。このアナログな標準化作業こそが、デジタル技術を現場に定着させ、生産性を飛躍的に向上させるための土台にもなる。



ファーストステップは成功モデルの確立

導入に当たっては、全社一斉ではなく「建築部門からの先行構築」を選択した。


まず、建築部門で成功モデルを確立し、その成果と現場の納得感をもとに他部門へ横展開する。この段階的なステップ設計こそが、改革の実効性を高める鍵となった。


カリキュラムは、入社1年目から3年目までの成長ステップを明確化する方針で設計された。特に重視したのは、「到達目標(レベル)の具体化」だ。1年目は基礎と安全管理、2年目は現場運営の実践補助、3年目は小規模現場の主体的運営といったように段階を設定。


これにより、「何を、いつまでに、どのレベルまで身につけるべきか」が可視化されたのである。


本プロジェクトの大きな特徴は、その運営体制にある。まず初動として、ベテラン社員を中心に工事部門からメンバーを選出し、プロジェクトへ参画させた。そこで、設定した「あるべき人材像」に基づき、「どのタイミングで何を学ばせるのか」「どのように学ばせるのか」「何に基づいて教えるのか」「誰が教えるのか」といった要素を具体化した。



現場、管理職、経営層を巻き込んだ運営体制の構築

次に、テーマに応じて中堅・若手メンバーを講師として巻き込み、社員自らが教育レジュメを作成する体制を構築した。これは、教育を「上からやらされるもの」ではなく、「自分たちでつくり上げるもの」へと転換するためである。


さらに、導入前の検証として2、3年目の社員を対象にプレ研修を実施。アンケートを通じて理解度やレジュメの完成度を検証し、カリキュラム内容のブラッシュアップを重ねた。加えて、現場経験のない内勤事務社員にも受講してもらうことで、専門用語に頼らず「初心者でも理解できる内容」へと修正した。


講義形式については、オンラインではなくあえて「対面講義」を選択した。現場で培われる暗黙知や判断基準といった感覚的な要素は、その場の空気感や対話の中でこそ伝わるからだ。対面の場での議論や質疑応答を通じて、技術的な知識だけでなく、仕事に対する価値観や姿勢までも共有することを狙いとした。


ベテラン社員だけでなく、中堅・若手社員が自ら講師となることは、自身の理解促進と組織の一体感醸成にもつながった。また、現場の知見を持たない内勤事務社員も巻き込むことで、一部署の取り組みから全社で取り組むプロジェクトへと昇華させた。その結果、アカデミーは単なる研修制度の枠を超え、組織横断的なコミュニケーション基盤としての役割も果たし始めている。


アカデミー導入後、社員の主体性向上や育成方針の明確化といった効果が可視化され始めた。また、教育内容を言語化する過程は、ベテラン技術者自身が自らの長年のノウハウを体系的に整理する機会にもなっている。


さらに、育成を全社テーマとして共有したことで、「技術承継は自分たちの責任である」という意識が醸成された。こうした小さな成功体験の積み重ねが、組織全体の当事者意識を着実に高めていったのである。


今後は、この成功体験を基に他部門への横展開を進める計画である。建築部門で確立したカリキュラム設計や運営体制をベースに、土木特有の技術要素を組み込みながら展開することで、全社的な育成基盤を構築する構想だ。段階的に進めることで現場の納得感を得ながら、最終的には「全社アカデミー」として定着させることを目指している。


本事例が示す最大のポイントは、「どれだけ現場を巻き込めるか」である。育成は人事部門だけの仕事ではない。現場、管理職、経営層が一体となり、共通言語としてのカリキュラムを持つことが重要だ。


また、レベル設計を伴う体系的カリキュラムは、属人的な育成からの脱却を可能にする。個人の経験や勘に頼るのではなく、再現性のある成長プロセスを設計することが、持続的な企業成長の土台となるからだ。


人手不足の今、「人が足りない」と嘆くのではなく、「限られた人材をどう育てるか」を戦略的に考える企業こそが、地域社会に貢献し続ける存在となる。A社のアカデミー設立は、地方の建設業における技術承継モデルの一つの指針となり得る取り組みである。


PROFILE
著者画像
森下 悠貴
YUKI MORISHITA

タナベコンサルティング
ストラテジー&ドメイン チーフマネジャー
大手建設舗装会社にて、自治体および民間企業に対する法人営業に従事。営業戦略の立案から新規開拓、売上拡大に向けたプロジェクトマネジメントまでを経験し、タナベコンサルティングへ入社。 建設・土木業界での知見を強みに、多岐にわたる業界を支援している。「現場主義」をモットーに現場の実情を深く理解し、中期経営計画の策定や働き方改革の推進など、経営・業務課題の解決に伴走する。