Sense of Ownership 人事制度が機能するために、最も大切なこと:経営コンサルティング本部
意識やモチベーション、価値観の違いなどは、感情的なことではあるが重大な問題だ。なぜなら、それをすり合わせなければ、何をやっても意味を成さないからである。どのような戦略も、制度も、だ。
この難問を解く鍵が、まさに本稿のタイトル「Sense of Ownership(センス・オブ・オーナーシップ)」である。“当事者意識”とも訳されるが、ここでは「会社の理念・目的・行動規範と、個人の目的・価値観が一致していること」を指す。
例えば、私は以前に勤めていた会社で、約50億円の受注をいただいたことがあった。有頂天になって社長に報告すると、「それは理念に反するのでやらない。断るように」と一蹴されてしまった。私は誰よりも理念を大切にしていたつもりだったので、どこでそれを忘れてしまったのか、といまだに反省している。
もちろん、こうした判断は、利益が出ているからこそできることだ。しかし、逆に言えば、うまくいっている企業はこれができる。そうした企業は、離職率と採用コストが極めて低く、事業がストックビジネス(サブスクリプション型)で収益基盤が安定しているケースが多い。そこに多くの努力とリソースを投下しているため、精神的に余裕があるのも特徴と言えるだろう。
ある大手ホテルの人事戦略構築プロジェクトに携った際、最も驚いたのは、全体的に賃金が低いことだった(課長が一般的な新卒社員程度の給与で働いていた)。しかし、社員はいつも笑顔で開発・販売に勤しみ、顧客から愛され、みんな仲が良く、休日も一緒に過ごし、絶対にサボることなく、課題があれば集まって解決している。当然、業績も良い。新規事業も順調に推移していた。
なぜ、そこまでモチベーションが高いのかと聞くと、自社のミッションや企業姿勢への共鳴が理由だと誰もが話してくれた。自分がやりたいこと、目指すことと、自社が目指すことが一致していれば、人は喜んで働くのだと思い知らされた事例である。
では、どのようにしてSense of Ownershipを実現するのか。まずは、自社の目的(理念やミッション、パーパスと呼ばれるような最上位概念)を見直すことだ。
理由は二つある。一つ目は、「社会貢献・社会福祉を第一に~」などと長々言われても、社員の心には響かないため。二つ目は、「設定当時の目的」が「今の目的」に適していないことが少なくないためだ。
ある企業の理念は「お客さまの快適の実現」だったが、モノがない時代に設定された理念だったため、現代の日本の若手社員の心には何も響いていなかった。そこで思いはそのままに、今の時代における「快適」を再定義した。
その後、社員とコミュニケーションを取りながら理念に共感してもらうとともに、採用においてはその共感を絶対条件とすることで、Sense of Ownership――会社と個人の目的が交わり始めた。
次に、方向性をより強化する、または転換する段階に入る。例えば、自動車メーカーは「移動体製造業」から「移動サービス業」に転換している。このように、大きな転換があると、これまでの常識で働いている人々は多くの変化を迫られ、残念ながら古参社員ほどそれに付いて行くことができない。
ここで経営者は、「何があっても突き進む」のか、「ゆっくりと自社を変えていく」のかを選ぶことになる。判断のポイントは、財務的な緊急度、経営環境、経営者や会社の希求度、社員の希望、採用市場などだ。
包み隠さず事実を言えば、ここである程度、退職者が出ることを恐れていては改革にならない。例えば、サイボウズは一時期、離職率が28%にまで高まったが、不断の改革を実現したからこそ今の姿がある。
最後に重要なのが、見えないものに投資する勇気だ。これまでの組織論では、【図表2】の左側だけが「見えているもの」だった。
【図表2】組織・人事における「見えているもの」と「見えないもの」
しかし、「見えないもの」(社員同士が語り合う時間、モチベーションを上げること、より良い未来を考えること、社員の生産性を上げるためのITデバイス・システム導入など)に費用を使うことができる会社は、驚くほど少ない。社員が幸福な企業、創造性が高い企業、心理的な安全度が高い企業は業績が良い、イノベーションが起こりやすいなどのデータはあるが、自社においてそれを保証するものがないからだろう。
とはいえ、ここにリソースを割かなければイノベーションは起きない。非連続な変化を生み出すことができるのは人だけだ。加えて投資対効果も高い。このような例えはあまり使いたくないが、年収500万円の社員が利益1億円の事業を1年で実現すれば、単年度の投資対効果は実に2000%ということになる。
現代においては、社員が自らを生かし、喜々として毎日を過ごしてくれること自体が、会社の目的の一つではないだろうか。甘すぎると思われるかもしれないが、こうした変化は前向きに捉えたい。楽しいところ、素晴らしい仲間や目的があるところにしか、人は集まらないのだから。