コンサルティング メソッド
2019.07.31
Sense of Ownership 人事制度が機能するために、最も大切なこと:経営コンサルティング本部
なぜ、その人事制度は“機能”しないのか?
経営戦略・経営計画を実行・実現していくのは人である。しかし、コンサルティング先の企業で社員アンケートを取ると、人事制度への満足度は概して20%程度だ。「人事制度が経営に寄与しているか」という質問に至っては、肯定的な回答率が10%を超えることはない。
では、なぜ人事制度が機能しないのだろうか。結論から言えば、「目線の違い」だ。
例えば、経営者の目には、「なぜか社内全体がどんよりしている」「社員のモチベーションが低く、だらだら仕事をしている」「生産性が上がらないのに、いつも労務トラブルに見舞われている」と映ることが多い。
一方、社員からすれば、「経営戦略やビジネスモデルの失敗を、残業でカバーさせられている」「日々の業務に追われ、自社の将来など考える余裕もない」「なぜ理不尽な命令ばかりする上司に従わないといけないのか」「職場の人間関係で心が苦しい」――。そんな思いでいっぱいである。
結果、両者の思考は停止。前年度を踏襲するだけの足し算(今あるものを増やす)や掛け算(前年比で物事を考える)の経営戦略・方針となり、市場の変化とライバルの台頭を恐れながら毎日を過ごす羽目になる。
こうなると明るい未来が見えず、離職率は高まり、経営陣の焦りからさらに社内の空気は悪くなり、最悪の場合は不正やハラスメントが横行する。それが労働災害にもつながる。良いことは何もない。
近年の不祥事(【図表1】)を見ても、それは明らかであろう。そして誤解を恐れずに言えば、これらは“氷山の一角”どころではない。
もともと、「経営者」と「社員」は全く異なる。経営者が資質として持つ、孤独の苦しみに耐える胆力、目線の高さ、スピード感などをまねすることは、社員にはできない。
社員が1日8時間働くとすると、経営者は24時間、誰よりも真剣に自社のことを考えている。ということは、1日が3倍以上の濃さとスピードで進んでいるわけで、そもそも目線が違い過ぎるために分かり合うことが難しい(余談だが経営者が「スピード感」と表現することを、社員が「朝令暮改」と言う原因はこれである)。コーポレートガバナンスにおけるプリンシパル・エージェント問題※は、中堅・中小企業(特にオーナー企業)においては、経営者と社員間で発生していると言える。
※プリンシパル(依頼人)の利益のために委任されたエージェント(代理人)が裏切る問題。例えば、株主(依頼人)の利益のために動くはずの経営者(代理人)が、自身の利益を優先した行動をとってしまうことなど
【図表1】近年の企業・団体不祥事
2017.10
商工中金
不正融資に関与した職員約900人を処分。経営陣が需要を超えるノルマを支店に課していた。全国100店舗のうち約9割で不正が発覚し、件数は4000~4500件に上る。
2017.10
NHK
女性記者(31歳)が2013年7月に心不全で死亡したのは過重労働が原因だったとして労災認定された。ピーク時の時間外労働は月150時間を超えていた。
2018.2
大津市
約1年間にわたり、週に2、3回、周囲に聞こえる大声で上司から叱責を繰り返された40歳代の男性職員が、精神安定剤を大量に服用して急性心不全で死亡。遺族に損害賠償金800万円を支払うことで合意。
2018.2
シチズン電子
照明用の発光ダイオード(LED)部品の試験データを改ざんし、実際よりも高い性能数値を記載していた。売り上げ至上主義が慣行となっていたことが原因とされた。
2018.4
クリエイト・レストランツ・ホールディングス
複数の店舗で人件費などの経費が不適切に他店に振り替えられていたため、決算発表を延期。複数の管理職が、不採算店の閉店を恐れて損益のかさ上げを行った。
2018.6
ゴンチャロフ
2016年に自殺したゴンチャロフ製菓の社員が労災認定された。入社時から上司より罵声や叱責を浴び続けた男性がうつ病を発症。他にも時間外労働(月60~80時間のサービス残業)を隠蔽していた。
2018.7
日本郵便
後輩への暴行、傷害の疑いで職員2名が逮捕された。ガスコンロであぶったトングを首筋に押し付け、全治1週間のやけどを負わせた。後輩が仕事でミスをするたびに「辞めろ」「死ね」と暴言を吐いたり、殺虫剤をかけたりしており、パワハラやいじめが繰り返されていた。
2018.7
オリエンタルランド(ディズニーランド)
着ぐるみアクターの安全配慮義務を怠ったとして社員が提訴。上司や同僚、後輩からのパワハラもあったという。
2018.7
東京オリンピック・パラリンピック関連
2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けて、東京都内の再開発による建設工事が急ピッチで進められる中、再開発に携わった設備製造・設置会社の社員が月127時間の残業で過労自殺した。他にも月190時間の残業で過労自殺した男性が労災認定されている。
2018.7
東日本銀行(コンコルディア・フィナンシャルグループ)
複数の支店で、算定根拠のない多額の手数料を顧客に請求した。また、ある副支店長が営業成績を上げるために不適切な融資を行い、約7億円の損失を出したケースもあった。
2018.8
エステサロン「スイート・ピア」
元社員が月80時間を超える残業があるなどの過酷な労働実態について申立書を提出。ハーフという理由で店長から人種差別的なパワハラを受けた。
2018.8
スルガ銀行
融資総額の約3分の1に当たる1兆円規模の投資用不動産融資が、不適切な手続きによって実行されていた。営業担当者は、経営陣から「有担保ローンで毎月1億円の新規融資」という厳しいノルマを課せられていた。
価値観を一致させる Sense of Ownership
意識やモチベーション、価値観の違いなどは、感情的なことではあるが重大な問題だ。なぜなら、それをすり合わせなければ、何をやっても意味を成さないからである。どのような戦略も、制度も、だ。
この難問を解く鍵が、まさに本稿のタイトル「Sense of Ownership(センス・オブ・オーナーシップ)」である。“当事者意識”とも訳されるが、ここでは「会社の理念・目的・行動規範と、個人の目的・価値観が一致していること」を指す。
例えば、私は以前に勤めていた会社で、約50億円の受注をいただいたことがあった。有頂天になって社長に報告すると、「それは理念に反するのでやらない。断るように」と一蹴されてしまった。私は誰よりも理念を大切にしていたつもりだったので、どこでそれを忘れてしまったのか、といまだに反省している。
もちろん、こうした判断は、利益が出ているからこそできることだ。しかし、逆に言えば、うまくいっている企業はこれができる。そうした企業は、離職率と採用コストが極めて低く、事業がストックビジネス(サブスクリプション型)で収益基盤が安定しているケースが多い。そこに多くの努力とリソースを投下しているため、精神的に余裕があるのも特徴と言えるだろう。
ある大手ホテルの人事戦略構築プロジェクトに携った際、最も驚いたのは、全体的に賃金が低いことだった(課長が一般的な新卒社員程度の給与で働いていた)。しかし、社員はいつも笑顔で開発・販売に勤しみ、顧客から愛され、みんな仲が良く、休日も一緒に過ごし、絶対にサボることなく、課題があれば集まって解決している。当然、業績も良い。新規事業も順調に推移していた。
なぜ、そこまでモチベーションが高いのかと聞くと、自社のミッションや企業姿勢への共鳴が理由だと誰もが話してくれた。自分がやりたいこと、目指すことと、自社が目指すことが一致していれば、人は喜んで働くのだと思い知らされた事例である。
Sense of Ownership 実現への3ステップ
では、どのようにしてSense of Ownershipを実現するのか。まずは、自社の目的(理念やミッション、パーパスと呼ばれるような最上位概念)を見直すことだ。
理由は二つある。一つ目は、「社会貢献・社会福祉を第一に~」などと長々言われても、社員の心には響かないため。二つ目は、「設定当時の目的」が「今の目的」に適していないことが少なくないためだ。
ある企業の理念は「お客さまの快適の実現」だったが、モノがない時代に設定された理念だったため、現代の日本の若手社員の心には何も響いていなかった。そこで思いはそのままに、今の時代における「快適」を再定義した。
その後、社員とコミュニケーションを取りながら理念に共感してもらうとともに、採用においてはその共感を絶対条件とすることで、Sense of Ownership――会社と個人の目的が交わり始めた。
次に、方向性をより強化する、または転換する段階に入る。例えば、自動車メーカーは「移動体製造業」から「移動サービス業」に転換している。このように、大きな転換があると、これまでの常識で働いている人々は多くの変化を迫られ、残念ながら古参社員ほどそれに付いて行くことができない。
ここで経営者は、「何があっても突き進む」のか、「ゆっくりと自社を変えていく」のかを選ぶことになる。判断のポイントは、財務的な緊急度、経営環境、経営者や会社の希求度、社員の希望、採用市場などだ。
包み隠さず事実を言えば、ここである程度、退職者が出ることを恐れていては改革にならない。例えば、サイボウズは一時期、離職率が28%にまで高まったが、不断の改革を実現したからこそ今の姿がある。
最後に重要なのが、見えないものに投資する勇気だ。これまでの組織論では、【図表2】の左側だけが「見えているもの」だった。
【図表2】組織・人事における「見えているもの」と「見えないもの」
しかし、「見えないもの」(社員同士が語り合う時間、モチベーションを上げること、より良い未来を考えること、社員の生産性を上げるためのITデバイス・システム導入など)に費用を使うことができる会社は、驚くほど少ない。社員が幸福な企業、創造性が高い企業、心理的な安全度が高い企業は業績が良い、イノベーションが起こりやすいなどのデータはあるが、自社においてそれを保証するものがないからだろう。
とはいえ、ここにリソースを割かなければイノベーションは起きない。非連続な変化を生み出すことができるのは人だけだ。加えて投資対効果も高い。このような例えはあまり使いたくないが、年収500万円の社員が利益1億円の事業を1年で実現すれば、単年度の投資対効果は実に2000%ということになる。
現代においては、社員が自らを生かし、喜々として毎日を過ごしてくれること自体が、会社の目的の一つではないだろうか。甘すぎると思われるかもしれないが、こうした変化は前向きに捉えたい。楽しいところ、素晴らしい仲間や目的があるところにしか、人は集まらないのだから。