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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2025.01.06

フロンティア戦略。湧き上がる未開のマーケットにアジャストせよ 若松 孝彦

「フロンティア戦略」で未開のマーケットへ挑む

このような状況を踏まえ、2025年の基本戦略テーマとして「フロンティア戦略」を提言します。これは、「湧き上がるマーケット」への「提供価値」と「経営資源」を同期化させることにより、非顧客の顧客化(未開領域の取り込み)を推進する戦略です。

戦略フレームとしては、①非顧客に注目して、需要が湧き出ている未開のマーケットを見つけ出す、②新しいマーケットにアプローチをかけて自社の価値を提供する、③非顧客に価値を提供するために、あらゆる経営資源を適合化していく、の3つを同期化し、ビジネスモデルをデザインしていきます。(【図表2】)

成功事例として、空調分野のグローバルシェアナンバーワンメーカーであるダイキン工業を取り上げます。

同社のフロンティア戦略のポイントは3つあります。1つ目は「グローバル戦略」。世界各地で湧き上がる課題解決マーケットへ向けて三即主義でアジャストし、シェアを拡大しました。2つ目は「M&A戦略」。現地ニーズに合わせた価値を提供することを目的に、50件超のM&A(大半が海外企業相手のクロスボーダーM&A)を実施。累計投資額は約1兆円に及びます。3つ目は「市場“最寄化”生産戦略」。地域ごとに顧客ニーズが大きく異なるという空調機の特性に合わせて世界27カ国90カ所以上に生産拠点を設け、地産地消型のサプライチェーンを構築しています。

フロンティア戦略によって提供すべき価値は、①総合的価値:自社のコアバリュー(中核的価値)を拡大して総合的に提供する、②専門的価値:マーケットにおける専門性を高めて突き抜ける価値を提供する、③カスタマイズ価値:自社がすでに提供している価値をカスタマイズして提供する、の3点に分類されます。

総合的価値の提供に関する成功事例は、ユニ・チャームです。同社は1963年に生理用ナプキンを発売してフェミニンケア事業をスタートし、不織布・吸収体の加工・成形技術を強みにベビーケア・ペットケア・ウエルネスケアといった市場ニーズを深掘りして、コアバリューである「不快なものを快適にする」の総合化を推進。非顧客の顧客化に成功しています。

専門的価値の提供に関する事例は、エランです。寝具の訪問販売を行っていた同社は、病院寝具の取り扱いに関する電話を受けて病院業界を調査し、入院患者と家族、医療関係者の多くがリネンや身の回り品の用意に困惑しているという課題を発見。「手ぶらで入院、手ぶらで退院」できるように、既存商品を組み合わせてレンタルする「CS(ケア・サポート)セット」を世界で初めて開発・提供し、17期連続の増収増益を達成しています。

カスタマイズ価値の提供に関する事例は、応用地質です。同社は地質調査からスタートして防災・環境・エネルギー・メンテナンスという成長マーケットに事業を拡大。多発する自然災害や環境問題を抱える社会資本マーケットに向けて、地質調査の技術を持続可能な価値にカスタマイズし、マーケットに向き合うセグメント体制に再編して適合化させています。

【図表2】 「フロンティア戦略」3つの戦略フレーム

出所 : タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

実現すべき収益モデルと人的資本KPIの設定

フロンティア戦略で実現すべき収益モデルの事例は、スポーツアパレルメーカーのゴールドウイン。その営業利益率は18.8%(連結、2024年3月期)と、スポーツ用品業界でも随一の高収益企業です。

同社の重視するKPI(重要業績評価指標)は、「自主管理売上比率」です。自主管理が可能な売場での売上比率を60%まで伸ばすことを目指しており、直近の決算では56%に到達。このKPIを導入した10年前の2014年3月期と、現在(2024年3月期)の業績を比較すると、粗利益率は約12ポイント、売上高営業利益率は約15ポイント、自己資本利益率は約14ポイント向上し、収益構造や財務構造に変革をもたらしています。フロンティア戦略の推進に当たっては、業績に直結する独自のKPIを実装していただきたいと考えます。

フロンティア戦略を支える人的資本経営の事例は、丸井グループです。同社は2017年3月期から2021年3月期の5年間で320億円の人的資本投資を行った結果、数々の新事業を生み出し、2026年3月期までの10年間で約560億円の限界利益が見込まれるとしています。

「人的資本に対する投資回収の基準を持っているか」「人的資本投資における目的や目標を持っているか」を確認することが大切です。

「共創(co-creation)」戦略を実装する長所連結経営モデル

フロンティア戦略とは、既存・新規を問わず「マーケットを獲得していく戦略」であり、「全社視点で顧客に向き合う組織」が求められます。それにアジャストするのが、ホールディング体制やグループ経営による組織マネジメントです。

グループ経営は、複数の事業会社が共通の目的を持って活動することでグループ全体の競争力を高めていく「掛け算経営」であり、それを実践する最適な手段は、ホールディング体制の確立です。ホールディングカンパニーを経営のプラットフォームにしてグループ経営のPDCAを回していくことが大切で、これを経営の「シングルプラットフォーム化」と呼んでいます。

企業は、業務提携、資本提携、ホールディング経営、グループ経営など、「共創(co-creation)システム」によって新しい商品、事業を創造し、市場を開拓する必要があります。先に述べた「即時(すぐ、その時に)」「即座(すぐ、その場で)」「即応(すぐ、対応)」にアジャスト(適合化)させていく三即主義や、「Agility(俊敏性)」「Speed(速さ)」「Creativity(創造力)」などの経営能力が求められる時代において、自社の技術だけでそれらを実現することは難しくなっています。

異業種や異分野企業とのオープンイノベーション活動の推進によって、非顧客への適合化が実現するのです。長所(強み)をつないでいく長所連結経営モデル、全ての企業に「共創戦略」の実装が求められます。

このような経営モデルを実現する上でのキーワードは、①攻めは分離・守りは集中(事業は数多く設けて多角化しながらも、グループ全体の経営はホールディングスに集中)、②遠心力と求心力(手を離しても目を離さない経営スタイル)、③エンパワーメントとエンゲージメント(権限委譲と理念共感)、の3点です。ホールディングス・グループ経営で一番大切なのは、グループ理念(グループパーパス)です。ぜひ作成に取り組んでください。

DXの実装による経営管理システムの構築に関しては、「情報の民主化」を目指し、収集したデータを社内のあらゆる人が活用できるようなERP(統合基幹業務システム)の導入を推奨します。トップマネジメントのリーダーシップによって、①チェンジマネジメント(業務をシステムに問い合わせるという考えのもと、業務改革や組織変革、マネジメントシステムの変革を行う)、②ダッシュボードマネジメント(収集したデータを活用できるように整理して可視化する)、③リアルタイムマネジメント(いつでも・どこでも・誰もが・同じデータをリアルタイムで共有できる)を実現していきましょう。

今、世界・日本経済は大きな転換期にあります。経営者は新たな価値観を捉えた次の時代に向けた戦略策定が求められています。大転換経済によって湧き上がっている未開のマーケットと向き合い、経営資源の再配分と共創のオープンイノベーションによって自社を最適化していきましょう。

 

若松 孝彦 わかまつ たかひこ
タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長

タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。

1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『チームコンサルティング理論』『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。

タナベコンサルティンググループ(TCG)
大企業から中堅企業のビジョン・戦略策定から現場における経営システム・DX実装までを一気通貫で支援する経営コンサルティング・バリューチェーンを提供。全国660名のプロフェッショナル人材を有し、1957年の創業以来17,000社の支援実績を持つ日本の経営コンサルティングのパイオニア。