【図表1】英国の注目企業・ビジネス
ドイツも未曾有の不況
貿易収支は急速に回復
若松 ドイツの感染状況はいかがですか。
Peikert ドイツも新型コロナの感染第2波の真っただ中にあり、2021年2月18日の累計感染者数は236万人超、累計死者数は6万人超になりました。医療施設のICU(集中治療室)は満床には至っていませんが、かなり厳しい状況です。新型コロナワクチンに関してはEU(欧州連合)が加盟各国への供給調整を行っており、ドイツではそれに沿った国内接種が進行しています。
コロナ対策としては、ドイツ全土で必要不可欠な店舗以外は休業(飲食店のテイクアウトは可)、学校は休校、観光目的のホテル宿泊は禁止、美術館などの公共施設はすべて閉鎖、よその家を訪問できるのは1世帯当たり1人のみといった規制が設けられました。
若松 感染拡大初期の2020年3月18日に、メルケル首相が「東西ドイツの統一以来、いや第二次世界大戦以来、これほど団結が求められる試練は初めてだ」「この危機は必ず乗り越えられる。ただ、大切な人を何人失うことになるかは、私たち自身の行動にかかっている」と国民に訴えたスピーチは、世界中に発信されました。今回のパンデミックが人類にどれほどの影響を及ぼすのかを、多くの人に分かりやすく伝えたメッセージであり、素晴らしいリーダーシップでした。感染リスクを減らすための日常生活の制約や休業措置についても具体的に触れ、経済への影響も甚大なことが分かる内容でした。
Peikert 国内は過去に例がないほどの不況に陥っています。2021年2月末、ドイツ政府は2020年の実質GDP(国内総生産)成長率を前年比5.3%減と発表。2021年の成長率見通しは4.4%増から3.0%増へと下方修正しました。2019年のGDP水準に戻るのは、最短でも2022年になると見込まれます。
国内市場は危機的状況にありますが、海外向けの輸出はそれほど落ち込んでいません。2020年の第2四半期の輸出額は前年比23.7%減となりましたが、その後急速に回復して同年10月までの累計は前年比11.1%減に抑えました。これにより10月の貿易収支は182億ユーロ(2兆3660億円、1ユーロ=130円換算)の黒字となり、前年同期の203億ユーロ(2兆6390億円)に迫る数字になりました。
若松 ドイツの強さとして、自動車・工作機械・電機製品のような分野で世界のナンバーワンブランドを多く持っていることが挙げられます。そのパワーが危機の中でも発揮されたのでしょう。ドイツ政府の経済支援策を教えてください。
Peikert 雇用維持のための給与補償をはじめとする助成金や融資、付加価値税の一時的な減税など、総計1500億ユーロ(19兆5000億円)に達する国内支援を行いました。EUにおいても3900億ユーロ(50兆7000億円)の復興基金を決定しています。また、機械工業分野を中心に短時間労働を奨励する給付金を支給して失業率の抑制に努めています。
コロナの困り事に対応した新ビジネスが続々登場
若松 英国もドイツも非常に厳しい状況であるのは、他国と同様です。「世界同時リセット」が起こっていることを実感します。コロナ禍の中で成長しているビジネスモデルはありますか。
Pinder 英国は自国資本の製造業がほとんど存在せず、テクノロジーサービスを展開する業種が多いのが特徴です。その中でビジネスサービスやファイナンシャルサービス、テクノロジー関係が伸びています。業界規模の大きなビジネスサービスにおいてはSaaS(必要な機能を必要な分だけ利用できるソフトウエア)やVoIP(インターネット回線で音声データを送受信する技術)を活用したサービスが好調です。
若松 具体的な成長モデルの事例を、ぜひ紹介してください。
Pinder Starling Bank(スターリング銀行)というチャレンジャーバンクは、口座を持つ顧客が信頼できる友人や近所の人などに預けられるクレジットカードを発表しました。顧客本人が店舗に行けない場合は、代理人が買い物をしてこのカードで支払える仕組みです。
また、モバイル通信機器の充電ステーションで欧州最大のネットワークを持つChargedUp(チャージドアップ)は、CleanedUp(クリーンドアップ)という新ブランドを立ち上げて手指の消毒ステーションを展開。アルコール系とノンアルコール系の除菌液を供給するディスペンサーを月間1000台以上のペースで生産し、サービス拠点を拡大しています。
同じ除菌衛生関連では、「Punk IPA」(パンク アイピーエー)という商品で有名なビールメーカーBrewDog(ブリュードッグ)が、ビール工場で手指の除菌剤を製造。親しみを込めて「Punk Sanitiser」(パンクの消毒剤)と名付けられ、慈善団体や病院に無料で配られています。
若松 スターリング銀行のサービスは市場に受け入れられていますか。
Pinder 人気が高く、発行枚数は順調に増えています。今後、クレジットカードは暗証番号などを入力することなく利用できるコンタクトレス(非接触型)への移行が進むと見られます。
若松 ドイツではどのような業界が復調していますか。
Peikert 医療関係や医療関連IT、国家や地域レベルのフードバリューチェーン、IT・デジタル化・自動化、オンライン小売業、物流・フリート(車両運行)管理サービス、セキュリティー・安全管理サービスが成長しています。また、アジア圏からの工業製品の供給が滞っていることを受け、工業製品の製造業も好調です。
若松 成功事例を挙げていただけますか。
Peikert コロナ感染拡大以前のドイツではDX(デジタルトランスフォーメーション)が遅れ気味でしたが、コロナ禍の中で一気に進展しました。例えば、教育業界ではコロナ以前にクラウドの学習サービスを活用していたのは20校程度でしたが、現在は数千校で行われるようになり、こうしたサービスを提供している会社の業績は急激に伸びています。
デジタル分野では、プロサッカーチームの成績や順位、統計といった多様なデータを閲覧できるOneFootball(ワンフットボール)というサイトの人気が高まっています。コロナの蔓延で無観客試合が続く中、スタジアムに広告を出していた企業がこのサイトに出稿するようになり、売り上げはコロナ以前の10倍に達したそうです。