3.国と地方のデジタル投資を断行せよ
――政治や行政のDXリーダーシップの発揮
今回の有事において、政府がデジタルリーダーシップを有していないが故に、後手に回っている国や地域は多い。こうした中、台湾が2020年2月にいち早く導入した「マスク配布システム」は一線を画す。全民健康保険カードのシステムを使い、誰もが薬局でマスクを平等に購入できる仕組みだ。
この施策で重要な役割を果たしたのが、台湾の“IT大臣”(デジタル担当政務委員)、オードリー・タン(唐鳳)氏である。タン氏は2016年に台湾史上最年少の35歳で行政院(内閣に相当)に入閣し、米外交政策専門誌『フォーリンポリシー』で「世界の頭脳100人」(Global Thinkers)に選出された注目の若手政治家だ。独学でプログラミングを学び、19歳の時に米シリコンバレーで起業した経験を持つ天才プログラマーでもある。この点において日本のIT担当行政との違いは大きい。
もちろん、本質的な問題は年齢ではなく、「DX(デジタルトランスフォーメーション)リーダーシップ」の有無にある。DXとは、ITの浸透が人々の生活を良い方向に変化(変身)させることだ。
一律10万円の現金給付(特別定額給付金)ではオンライン申請システムが稼働せず、役所の職員の手作業による郵送受付で対応した結果、いまだに多くの給付対象者が受け取れていない(6月16日時点の給付率の全国平均は43.7%、総務省調べ)。生活に困った人々への「資金繰り対策」にはなっていない。被害が大きく、人口の多い東京都の給付が遅いことは大問題である。
感染者数の集計ミスも相次いだ。保健所が用紙に記入してファクスで自治体へ報告しており、送信忘れや受信の不具合、記入漏れや重複計上などが多数見つかった。また、一斉休校に伴うオンライン授業への移行で右往左往した公立学校、官僚や公務員ほどできていないテレワークなど、もはやDX以前の問題であることが露呈した。
感染の第2波に備えるためにも、この問題を先送りや放置してはならない。国や地方は、行政ITシステムへの大胆なDX投資を断行すべきである。第2波が来た時に逃げ遅れる国民をつくってはならない。One Japanの新しいビジョン実現には、5G(次世代通信規格)の通信インフラ整備も含めたDX投資、DXリーダーシップが欠かせないのである。
【図表4】1週間のうち、教室の授業(数学)でデジタル機器を使う時間の
国際比較(OECD調べ、2018年)
4.学校を丸ごとリノベーション
――公立学校3万8000校に未来投資せよ
OECD(経済協力開発機構)が行った2018年の調査によると、日本の学校におけるデジタル機器の使用頻度は加盟国中で最下位であった。教師のデジタル機器を使いこなす技能は調査参加国77カ国で最下位(【図表4】)。「生徒が学習に使えるデジタル機器があるか」「インターネット接続ができるか」といった調査項目についてもOECD平均を下回っている。
日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2019」によれば、主要先進7カ国の就業者1人当たり労働生産性の順位において、日本は1994年から24年連続で最下位である。「日本は資源に乏しい島国、人材こそが財産」と対策を打ってきたつもりが、現実には成果が出ていない。戦後、ここまで経済成長できた源泉は「人材」ではなかったのか。今こそ、その原点に立ち戻るべきである。
これまで300社を超える企業再生コンサルティングに携わってきた私が「再生企業のトイレの法則」と呼ぶ経験科学(万年赤字の再生会社のトイレは例外なく古くて汚い)がある。文部科学省が2016年に初めて公表した「公立小中学校のトイレの状況調査」によると、洋式率は43.3%。5割以上が和式だという。
最近はインバウンド対策の一環として、オフィスや商業施設だけでなく、鉄道駅や観光地・公園などの公衆トイレまで最新式に改修する動きが進んでいる。もしかすると、日本で最もトイレ環境が悪い場所は「公立学校」約3万8000校(「文部科学統計要覧 令和2年版」)かもしれない。
オンライン授業で混乱したのも一事が万事、DX以前の問題だ。そもそも「学校」という建物自体の老朽化が激しい。したがって、通信環境も含めて「学校への丸ごとリノベーション投資」を進める必要がある。
学ぶ環境を良くするリニューアル投資、全授業をオンライン化するためのデジタル通信設備・機器投資、ソーシャルディスタンスを保ちつつ感染予防を徹底した設備投資など、学校生活を改善する大型リノベーション投資が必要なのだ。各地域で小回りが利く中堅企業とも連携して即実行すべきである。(9月号に続く)
タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。