【図表1】新型コロナウイルス国別累計感染者・死亡者数
※上位15カ国・中国・日本、6月29日時点。中国(香港・マカオ・台湾を除く)の感染者数に無症状感染者は含まれていない
出典:ジョンズ・ホプキンス大学システム科学工学センター「COVID-19 Dashboard」(2020年6月29日) 1.日本経済の「2030ビジョン」を再策定せよ ――ニューノーマルな時代こそ変革のチャンス 本誌2020年5~7月号「緊急提言Vol.1~3」で、緊急対策としてコロナ禍に対する経営の処方箋を提言してきた。その中で私は、今回の感染症拡大による経済悪化を「休業不況」と定義した。全国一律の緊急事態宣言と、県境を越えることのできない「接触8割減」が、ロックダウン(都市封鎖)に匹敵するような外出自粛という“休業経済”を促した。 新型コロナウイルスの感染者数は世界で1000万人を超え、死亡者数は50万人を突破して今も増え続けている(米ジョンズ・ホプキンス大学集計、6月29日時点)。その中で日本は、国民の努力もあり、世界の主要国の中で感染者・死亡者数ともに少ない結果となっている。 主要国の累計感染者数および死亡者数(6月29日時点)を見ると、米国は感染者数254万4169人(死亡者数12万5768人)、ブラジルが同131万3667人(同5万7070人)、ロシア63万3563人(9060人)、インド52万8859人(1万6095人)、英国31万2640人(4万3634人)など。一方、日本は1万8366人(972人)にとどまっている(【図表1】)。世界ベースでの人口10万人当たり感染者数は108人、同死亡者数は5.8人。対して日本は約14人と0.7人(【図表2】)である。 全国一斉の緊急事態宣言や休業要請まで必要だったのか、その検証は政治家や専門家の手に委ねるしかないが、私たちは「休業不況」の発生によって、次の「三つの現実」と向き合うこととなった。 (1)第2波が到来した際に、どのような入り口戦略で挑むのか(再度の休業要請は必要であり、また、それはどの程度まで可能なのか)。 (2)第2波の到来までに、私たちが決断し、実行しておくべきことは何か。そして、今回の有事で露呈した社会課題への対策は何か。 (3)ワクチン開発が待たれる中、前回(7月号「緊急提言Vol.3」)で示した「ニューノーマル(新常態)な生活」を、受け入れること。 さらに、感染および休業被害の大きな諸外国経済の復活は、日本経済の復活より容易ではないだろう。結果、世界各国の経済回復もしばらくの間、内需主導にシフトせざるを得なくなった。 その点で言えば、被害が少なかったものの、外需やインバウンド(訪日外国人)消費に依存してきた日本経済にも同様の政策転換が必要になる。2021年7月の東京オリンピック・パラリンピックは、日本経済にとっても世界経済にとっても必要であり、開催できるよう準備を進めるべきである。中止すれば日本経済の復活は一層遠のく。 ドイツ政府は6月3日、国内消費を喚起するために消費税を減税すると発表した。7月から12月末までの半年間、日本の消費税に相当する付加価値税を3%減税するという(19%→16%)。また、フランスのマクロン大統領は6月14日のテレビ演説で「新型コロナにより、フランス、そして欧州が、自動車からスマートフォン、医薬品などさまざまな産業で世界のサプライチェーンに依存し過ぎていることが露呈した」と述べ、「唯一の解決策は、より強固な経済モデルを確立し、生産を増やし、他国に依存しないことだ」と述べた(ロイター通信、6月14日付)。 「染後のウィズコロナ経済」は、世界的な移動制限やソーシャルディスタンスというニューノーマルの中で回復させなければならない難しさがある。大手アパレルのレナウンは民事再生法の適用を申請。スターバックスは米国とカナダで最大400店を閉店し、テイクアウト型へ切り替えることを決定した。「ZARA」などを展開するスペインのアパレル大手インディテックスは、全体の16%に相当する1200店を閉めると発表した。 未来への大前提が大きく変わった今、日本経済に必要なのは、「One Japanの新しいビジョン」だ。未来に向けて日本が一つになるビジョンである。日本国民の外出自粛による大きな成果を無駄にしてはならない。 まずは、2021年7月の東京オリンピック・パラリンピック、そして2025年の大阪万博までの中期ビジョン(シナリオ)を描くこと。加えて、2030年を基点としたバックキャスティング(逆算方式)で長期ビジョン(シナリオ)をつくる必要がある。 人類は、ピンチの時にこそ明るい未来を描かなければならない。これも「経営者リーダーシップ」なのだ。そのビジョン策定の過程で、前述した「三つの現実」に対する投資戦略が明確になってくる。 6月12日、新型コロナウイルス対策を盛り込んだ2020年度第2次補正予算が参院本会議で可決、成立した。事業規模は約234兆円(第1次補正予算分を含む)と過去最大を見込む。「戦略とは資源配分」だ。大切な税金を未来に向けて配分するのか、予算配分が大切となる。官民一体のOne Japanでベクトルを合わせ、新しいビジョン実現に向けて経済対策予算を再配分することが復活への近道である。 次にOne Japanの新しいビジョンに取り入れるべき施策を提言したい。 【図表2】日本と世界の人口10万人当たり感染者数・死亡者数
出典:国連人口基金(UNFPA)「世界人口白書2019」、米ジョンズ・ホプキンス大学特設サイト「COVID-19 Dashboard」(2020年6月18日時点)、厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について」(2020年6月17日)
【図表3】自殺者数と完全失業率の推移
出典:警察庁「自殺統計」、総務省統計局「労働力調査」長期時系列データより筆者作成
2.コロナ失業率は4%以下を死守せよ
――官民一体の雇用創出と個人消費の回復策が必須
総務省統計局の「労働力調査」によると、2020年5月の完全失業率(季節調整値)は2.9%と前月比0.3ポイントの上昇にとどまった。米国や他の諸外国と違いは鮮明だ。とはいえ、同月の就業者数は6656万人(前年同月比76万人減)と2カ月連続で減少した。しかも就業者の6%に当たる423万人は休業者(働いていないが雇用関係は維持されて給料を得ている人)であり、その数は年初1月の194万人から2.2倍に急増した。まさに「休業不況」である。400万人を超える休業者は「失業予備軍」であり、早急に手当てをしなければ労働環境はさらに悪化する。
今後、企業の採用活動は鈍くなってくるだろう。業種を問わず一時的にBEP(損益分岐点操業度)が悪化しており、サプライチェーンが分断される中で変動費の削減も思うように進まない現状、固定費で最も大きな科目である人件費を削減しなければBEPは改善しない。新たな人材採用よりも、当面は現有戦力を有効活用する他にない。
【図表3】は、日本の自殺者数と完全失業率の推移である。完全失業率の節目となる年度を抜き出している。これを見る限り、両者は相関関係がある。失業率が4%を超えると、自殺者数が年間3万人を超える傾向があるようだ。雇用を創出できなければ、新型コロナウイルス感染による死亡者数より、経済的な理由による自殺者数の方が多くなる可能性は高い。感染による死者数を1000人に抑えても、2020年の完全失業率が4%を超えて自殺者が1万人増となってしまっては言葉もない。
次に、個人消費を喚起する方法としては、休業で生活に困っている人たちへ向けた現金給付と、期限付きでの消費税減税、法人税減税の実施である。それらは手続きとしても早い。企業の収益力と手元資金力を高め、社員への分配を継続しやすくなる。
その上で、国は公共事業を具体的に組み上げ、新たな雇用を創出すること。雇用を守ることと生活保障は同義ではない。「新しい雇用創出」こそが休業不況の本質的な対策となる。
休業不況という人為的不況で発生した400万人超もの隠れ失業者をカバーする雇用創出は、今の民間企業の経営体力だけでは難しい。現有社員を守ることで精一杯だろう。2005~10年の完全失業率を見て分かる通り、グローバル、インバウンド消費、企業の競争力アップを柱として回復してきたアベノミクスが逆回転しているのだ。
3.国と地方のデジタル投資を断行せよ
――政治や行政のDXリーダーシップの発揮
今回の有事において、政府がデジタルリーダーシップを有していないが故に、後手に回っている国や地域は多い。こうした中、台湾が2020年2月にいち早く導入した「マスク配布システム」は一線を画す。全民健康保険カードのシステムを使い、誰もが薬局でマスクを平等に購入できる仕組みだ。
この施策で重要な役割を果たしたのが、台湾の“IT大臣”(デジタル担当政務委員)、オードリー・タン(唐鳳)氏である。タン氏は2016年に台湾史上最年少の35歳で行政院(内閣に相当)に入閣し、米外交政策専門誌『フォーリンポリシー』で「世界の頭脳100人」(Global Thinkers)に選出された注目の若手政治家だ。独学でプログラミングを学び、19歳の時に米シリコンバレーで起業した経験を持つ天才プログラマーでもある。この点において日本のIT担当行政との違いは大きい。
もちろん、本質的な問題は年齢ではなく、「DX(デジタルトランスフォーメーション)リーダーシップ」の有無にある。DXとは、ITの浸透が人々の生活を良い方向に変化(変身)させることだ。
一律10万円の現金給付(特別定額給付金)ではオンライン申請システムが稼働せず、役所の職員の手作業による郵送受付で対応した結果、いまだに多くの給付対象者が受け取れていない(6月16日時点の給付率の全国平均は43.7%、総務省調べ)。生活に困った人々への「資金繰り対策」にはなっていない。被害が大きく、人口の多い東京都の給付が遅いことは大問題である。
感染者数の集計ミスも相次いだ。保健所が用紙に記入してファクスで自治体へ報告しており、送信忘れや受信の不具合、記入漏れや重複計上などが多数見つかった。また、一斉休校に伴うオンライン授業への移行で右往左往した公立学校、官僚や公務員ほどできていないテレワークなど、もはやDX以前の問題であることが露呈した。
感染の第2波に備えるためにも、この問題を先送りや放置してはならない。国や地方は、行政ITシステムへの大胆なDX投資を断行すべきである。第2波が来た時に逃げ遅れる国民をつくってはならない。One Japanの新しいビジョン実現には、5G(次世代通信規格)の通信インフラ整備も含めたDX投資、DXリーダーシップが欠かせないのである。
【図表4】1週間のうち、教室の授業(数学)でデジタル機器を使う時間の
国際比較(OECD調べ、2018年)
出典:文部科学省国立教育政策研究所「OECD 生徒の学習到達度調査(PISA) ~2018 年調査補足資料~」(2019年12月)よりタナベ経営作成
4.学校を丸ごとリノベーション
――公立学校3万8000校に未来投資せよ
OECD(経済協力開発機構)が行った2018年の調査によると、日本の学校におけるデジタル機器の使用頻度は加盟国中で最下位であった。教師のデジタル機器を使いこなす技能は調査参加国77カ国で最下位(【図表4】)。「生徒が学習に使えるデジタル機器があるか」「インターネット接続ができるか」といった調査項目についてもOECD平均を下回っている。
日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2019」によれば、主要先進7カ国の就業者1人当たり労働生産性の順位において、日本は1994年から24年連続で最下位である。「日本は資源に乏しい島国、人材こそが財産」と対策を打ってきたつもりが、現実には成果が出ていない。戦後、ここまで経済成長できた源泉は「人材」ではなかったのか。今こそ、その原点に立ち戻るべきである。
これまで300社を超える企業再生コンサルティングに携わってきた私が「再生企業のトイレの法則」と呼ぶ経験科学(万年赤字の再生会社のトイレは例外なく古くて汚い)がある。文部科学省が2016年に初めて公表した「公立小中学校のトイレの状況調査」によると、洋式率は43.3%。5割以上が和式だという。
最近はインバウンド対策の一環として、オフィスや商業施設だけでなく、鉄道駅や観光地・公園などの公衆トイレまで最新式に改修する動きが進んでいる。もしかすると、日本で最もトイレ環境が悪い場所は「公立学校」約3万8000校(「文部科学統計要覧 令和2年版」)かもしれない。
オンライン授業で混乱したのも一事が万事、DX以前の問題だ。そもそも「学校」という建物自体の老朽化が激しい。したがって、通信環境も含めて「学校への丸ごとリノベーション投資」を進める必要がある。
学ぶ環境を良くするリニューアル投資、全授業をオンライン化するためのデジタル通信設備・機器投資、ソーシャルディスタンスを保ちつつ感染予防を徹底した設備投資など、学校生活を改善する大型リノベーション投資が必要なのだ。各地域で小回りが利く中堅企業とも連携して即実行すべきである。(9月号に続く)
タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。
※上位15カ国・中国・日本、6月29日時点。中国(香港・マカオ・台湾を除く)の感染者数に無症状感染者は含まれていない出典:ジョンズ・ホプキンス大学システム科学工学センター「COVID-19 Dashboard」(2020年6月29日) 1.日本経済の「2030ビジョン」を再策定せよ ――ニューノーマルな時代こそ変革のチャンス 本誌2020年5~7月号「緊急提言Vol.1~3」で、緊急対策としてコロナ禍に対する経営の処方箋を提言してきた。その中で私は、今回の感染症拡大による経済悪化を「休業不況」と定義した。全国一律の緊急事態宣言と、県境を越えることのできない「接触8割減」が、ロックダウン(都市封鎖)に匹敵するような外出自粛という“休業経済”を促した。 新型コロナウイルスの感染者数は世界で1000万人を超え、死亡者数は50万人を突破して今も増え続けている(米ジョンズ・ホプキンス大学集計、6月29日時点)。その中で日本は、国民の努力もあり、世界の主要国の中で感染者・死亡者数ともに少ない結果となっている。 主要国の累計感染者数および死亡者数(6月29日時点)を見ると、米国は感染者数254万4169人(死亡者数12万5768人)、ブラジルが同131万3667人(同5万7070人)、ロシア63万3563人(9060人)、インド52万8859人(1万6095人)、英国31万2640人(4万3634人)など。一方、日本は1万8366人(972人)にとどまっている(【図表1】)。世界ベースでの人口10万人当たり感染者数は108人、同死亡者数は5.8人。対して日本は約14人と0.7人(【図表2】)である。 全国一斉の緊急事態宣言や休業要請まで必要だったのか、その検証は政治家や専門家の手に委ねるしかないが、私たちは「休業不況」の発生によって、次の「三つの現実」と向き合うこととなった。 (1)第2波が到来した際に、どのような入り口戦略で挑むのか(再度の休業要請は必要であり、また、それはどの程度まで可能なのか)。 (2)第2波の到来までに、私たちが決断し、実行しておくべきことは何か。そして、今回の有事で露呈した社会課題への対策は何か。 (3)ワクチン開発が待たれる中、前回(7月号「緊急提言Vol.3」)で示した「ニューノーマル(新常態)な生活」を、受け入れること。 さらに、感染および休業被害の大きな諸外国経済の復活は、日本経済の復活より容易ではないだろう。結果、世界各国の経済回復もしばらくの間、内需主導にシフトせざるを得なくなった。 その点で言えば、被害が少なかったものの、外需やインバウンド(訪日外国人)消費に依存してきた日本経済にも同様の政策転換が必要になる。2021年7月の東京オリンピック・パラリンピックは、日本経済にとっても世界経済にとっても必要であり、開催できるよう準備を進めるべきである。中止すれば日本経済の復活は一層遠のく。 ドイツ政府は6月3日、国内消費を喚起するために消費税を減税すると発表した。7月から12月末までの半年間、日本の消費税に相当する付加価値税を3%減税するという(19%→16%)。また、フランスのマクロン大統領は6月14日のテレビ演説で「新型コロナにより、フランス、そして欧州が、自動車からスマートフォン、医薬品などさまざまな産業で世界のサプライチェーンに依存し過ぎていることが露呈した」と述べ、「唯一の解決策は、より強固な経済モデルを確立し、生産を増やし、他国に依存しないことだ」と述べた(ロイター通信、6月14日付)。 「染後のウィズコロナ経済」は、世界的な移動制限やソーシャルディスタンスというニューノーマルの中で回復させなければならない難しさがある。大手アパレルのレナウンは民事再生法の適用を申請。スターバックスは米国とカナダで最大400店を閉店し、テイクアウト型へ切り替えることを決定した。「ZARA」などを展開するスペインのアパレル大手インディテックスは、全体の16%に相当する1200店を閉めると発表した。 未来への大前提が大きく変わった今、日本経済に必要なのは、「One Japanの新しいビジョン」だ。未来に向けて日本が一つになるビジョンである。日本国民の外出自粛による大きな成果を無駄にしてはならない。 まずは、2021年7月の東京オリンピック・パラリンピック、そして2025年の大阪万博までの中期ビジョン(シナリオ)を描くこと。加えて、2030年を基点としたバックキャスティング(逆算方式)で長期ビジョン(シナリオ)をつくる必要がある。 人類は、ピンチの時にこそ明るい未来を描かなければならない。これも「経営者リーダーシップ」なのだ。そのビジョン策定の過程で、前述した「三つの現実」に対する投資戦略が明確になってくる。 6月12日、新型コロナウイルス対策を盛り込んだ2020年度第2次補正予算が参院本会議で可決、成立した。事業規模は約234兆円(第1次補正予算分を含む)と過去最大を見込む。「戦略とは資源配分」だ。大切な税金を未来に向けて配分するのか、予算配分が大切となる。官民一体のOne Japanでベクトルを合わせ、新しいビジョン実現に向けて経済対策予算を再配分することが復活への近道である。 次にOne Japanの新しいビジョンに取り入れるべき施策を提言したい。 【図表2】日本と世界の人口10万人当たり感染者数・死亡者数
出典:国連人口基金(UNFPA)「世界人口白書2019」、米ジョンズ・ホプキンス大学特設サイト「COVID-19 Dashboard」(2020年6月18日時点)、厚生労働省「新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について」(2020年6月17日)
【図表3】自殺者数と完全失業率の推移
出典:警察庁「自殺統計」、総務省統計局「労働力調査」長期時系列データより筆者作成
2.コロナ失業率は4%以下を死守せよ
――官民一体の雇用創出と個人消費の回復策が必須
総務省統計局の「労働力調査」によると、2020年5月の完全失業率(季節調整値)は2.9%と前月比0.3ポイントの上昇にとどまった。米国や他の諸外国と違いは鮮明だ。とはいえ、同月の就業者数は6656万人(前年同月比76万人減)と2カ月連続で減少した。しかも就業者の6%に当たる423万人は休業者(働いていないが雇用関係は維持されて給料を得ている人)であり、その数は年初1月の194万人から2.2倍に急増した。まさに「休業不況」である。400万人を超える休業者は「失業予備軍」であり、早急に手当てをしなければ労働環境はさらに悪化する。
今後、企業の採用活動は鈍くなってくるだろう。業種を問わず一時的にBEP(損益分岐点操業度)が悪化しており、サプライチェーンが分断される中で変動費の削減も思うように進まない現状、固定費で最も大きな科目である人件費を削減しなければBEPは改善しない。新たな人材採用よりも、当面は現有戦力を有効活用する他にない。
【図表3】は、日本の自殺者数と完全失業率の推移である。完全失業率の節目となる年度を抜き出している。これを見る限り、両者は相関関係がある。失業率が4%を超えると、自殺者数が年間3万人を超える傾向があるようだ。雇用を創出できなければ、新型コロナウイルス感染による死亡者数より、経済的な理由による自殺者数の方が多くなる可能性は高い。感染による死者数を1000人に抑えても、2020年の完全失業率が4%を超えて自殺者が1万人増となってしまっては言葉もない。
次に、個人消費を喚起する方法としては、休業で生活に困っている人たちへ向けた現金給付と、期限付きでの消費税減税、法人税減税の実施である。それらは手続きとしても早い。企業の収益力と手元資金力を高め、社員への分配を継続しやすくなる。
その上で、国は公共事業を具体的に組み上げ、新たな雇用を創出すること。雇用を守ることと生活保障は同義ではない。「新しい雇用創出」こそが休業不況の本質的な対策となる。
休業不況という人為的不況で発生した400万人超もの隠れ失業者をカバーする雇用創出は、今の民間企業の経営体力だけでは難しい。現有社員を守ることで精一杯だろう。2005~10年の完全失業率を見て分かる通り、グローバル、インバウンド消費、企業の競争力アップを柱として回復してきたアベノミクスが逆回転しているのだ。
3.国と地方のデジタル投資を断行せよ
――政治や行政のDXリーダーシップの発揮
今回の有事において、政府がデジタルリーダーシップを有していないが故に、後手に回っている国や地域は多い。こうした中、台湾が2020年2月にいち早く導入した「マスク配布システム」は一線を画す。全民健康保険カードのシステムを使い、誰もが薬局でマスクを平等に購入できる仕組みだ。
この施策で重要な役割を果たしたのが、台湾の“IT大臣”(デジタル担当政務委員)、オードリー・タン(唐鳳)氏である。タン氏は2016年に台湾史上最年少の35歳で行政院(内閣に相当)に入閣し、米外交政策専門誌『フォーリンポリシー』で「世界の頭脳100人」(Global Thinkers)に選出された注目の若手政治家だ。独学でプログラミングを学び、19歳の時に米シリコンバレーで起業した経験を持つ天才プログラマーでもある。この点において日本のIT担当行政との違いは大きい。
もちろん、本質的な問題は年齢ではなく、「DX(デジタルトランスフォーメーション)リーダーシップ」の有無にある。DXとは、ITの浸透が人々の生活を良い方向に変化(変身)させることだ。
一律10万円の現金給付(特別定額給付金)ではオンライン申請システムが稼働せず、役所の職員の手作業による郵送受付で対応した結果、いまだに多くの給付対象者が受け取れていない(6月16日時点の給付率の全国平均は43.7%、総務省調べ)。生活に困った人々への「資金繰り対策」にはなっていない。被害が大きく、人口の多い東京都の給付が遅いことは大問題である。
感染者数の集計ミスも相次いだ。保健所が用紙に記入してファクスで自治体へ報告しており、送信忘れや受信の不具合、記入漏れや重複計上などが多数見つかった。また、一斉休校に伴うオンライン授業への移行で右往左往した公立学校、官僚や公務員ほどできていないテレワークなど、もはやDX以前の問題であることが露呈した。
感染の第2波に備えるためにも、この問題を先送りや放置してはならない。国や地方は、行政ITシステムへの大胆なDX投資を断行すべきである。第2波が来た時に逃げ遅れる国民をつくってはならない。One Japanの新しいビジョン実現には、5G(次世代通信規格)の通信インフラ整備も含めたDX投資、DXリーダーシップが欠かせないのである。
【図表4】1週間のうち、教室の授業(数学)でデジタル機器を使う時間の
国際比較(OECD調べ、2018年)
出典:文部科学省国立教育政策研究所「OECD 生徒の学習到達度調査(PISA) ~2018 年調査補足資料~」(2019年12月)よりタナベ経営作成
4.学校を丸ごとリノベーション
――公立学校3万8000校に未来投資せよ
OECD(経済協力開発機構)が行った2018年の調査によると、日本の学校におけるデジタル機器の使用頻度は加盟国中で最下位であった。教師のデジタル機器を使いこなす技能は調査参加国77カ国で最下位(【図表4】)。「生徒が学習に使えるデジタル機器があるか」「インターネット接続ができるか」といった調査項目についてもOECD平均を下回っている。
日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2019」によれば、主要先進7カ国の就業者1人当たり労働生産性の順位において、日本は1994年から24年連続で最下位である。「日本は資源に乏しい島国、人材こそが財産」と対策を打ってきたつもりが、現実には成果が出ていない。戦後、ここまで経済成長できた源泉は「人材」ではなかったのか。今こそ、その原点に立ち戻るべきである。
これまで300社を超える企業再生コンサルティングに携わってきた私が「再生企業のトイレの法則」と呼ぶ経験科学(万年赤字の再生会社のトイレは例外なく古くて汚い)がある。文部科学省が2016年に初めて公表した「公立小中学校のトイレの状況調査」によると、洋式率は43.3%。5割以上が和式だという。
最近はインバウンド対策の一環として、オフィスや商業施設だけでなく、鉄道駅や観光地・公園などの公衆トイレまで最新式に改修する動きが進んでいる。もしかすると、日本で最もトイレ環境が悪い場所は「公立学校」約3万8000校(「文部科学統計要覧 令和2年版」)かもしれない。
オンライン授業で混乱したのも一事が万事、DX以前の問題だ。そもそも「学校」という建物自体の老朽化が激しい。したがって、通信環境も含めて「学校への丸ごとリノベーション投資」を進める必要がある。
学ぶ環境を良くするリニューアル投資、全授業をオンライン化するためのデジタル通信設備・機器投資、ソーシャルディスタンスを保ちつつ感染予防を徹底した設備投資など、学校生活を改善する大型リノベーション投資が必要なのだ。各地域で小回りが利く中堅企業とも連携して即実行すべきである。(9月号に続く)
タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。