日本企業が取り組むべき三つの基本戦略
次に日本経済について確認しておきましょう。日本経済を一言でまとめるなら、「短期的には堅調、リスクは世界経済の変調」です。内閣府が2019年7月に発表した経済見通しでは、2020年の実質GDP成長率は1.2%。しかし、先述のIMFの予測は0.5%でしたから、ほぼ「横ばい」と考えるのが妥当でしょう。
国内経済をけん引するのはインバウンド需要の拡大をはじめとする内需です。一方、海外進出企業の多くは新規採用コストの増加や離職率の上昇といった人材面の課題を抱えており、これが収益低下を招いています。コストダウン型の進出戦略を採った中堅・中小企業の中には、現地の賃金上昇によって厳しい経営を強いられる企業が少なくありません。海外ローカル市場を狙う「現地化」が急務と言えるでしょう。
また、日本企業の収益力の低さも課題です。直近の時価総額トップ10社のIR資料を調べたところ、全体の7割が増収の一方、5割が減益という状況でした。東京商工リサーチの業績見通しアンケート調査(2019年度)を見ても、「増益」(経常利益ベース)を見込む中小企業は前年比4.5ポイント減の26.2%。大企業でも同6.7ポイント減の28.7%。横ばいや減益予測の企業が増加しています。
その原因として約4割が「1人当たり賃金の上昇」を挙げており、少子高齢化が進む日本にとって人手不足は長期的な課題です。昨今は、人件費のアップによる固定費アップに加えて、為替による原材料のアップで変動費もアップしています。これによって損益分岐点がアップする、まさに「アップアップの状態」。今後、世界経済の減速が進めば、上昇分をカバーできずに収益が悪化することも十分に考えられます。
また、日本の人口が減少し、超少子高齢社会に突入することは明白です。生産年齢人口の減少に備えた機械化やデジタル化はもちろんですが、持続的成長を目指すなら、ブランディングや単価の見直し、コストリダクションといった利益重視の経営にシフトする必要があります。タナベ経営では「経常利益率10%以上」を重要な指標と位置付けていますが、日本の中小企業(製造業)の平均値は2.5%、零細企業に至っては0.9%※3と極めて低いのが現状です。
こうした状況を打開するには、①最適な事業ポートフォリオの構築、②新たなマーケットの創造、③デジタルトランスフォーメーションという三つの戦略が重要になります。昨今、欧米を中心とする外資系企業によるスタートアップ投資が活発化しているように、スピードの求められる時代においてスタートアップに対する投資や支援は事業を活性化させる有効な手段になり得ます。2019年、タナベ経営は世界的アクセラレーターであるプラグ・アンド・プレイと提携しました。スタートアップ支援に向けた情報発信を含めて、クライアント企業の持続的成長のサポートに務めてまいります。
※3 神戸大学大学院教授・忽那憲治氏の講演資料「地方創生のカギを握る『スタートアップとベンチャー型事業承継』」
世界で戦うためのゲームチェンジが起きている
ここまで世界経済の潮流や日本の現状を見てきましたが、問題は、国内外の環境変化が日本経済や日本企業にどのようなチャンスとリスクをもたらすのかです。ポスト2020を迎える今、世界で戦うためのゲームチェンジが起こっています。次の六つのゲームチェンジにどう対応するかで未来は大きく変わります。
〈世界で戦うための六つのゲームチェンジ〉
- ①収益力の向上
- ②海外に通用する人材の育成
- ③デジタルトランスフォーメーションへの取り組み
- ④M&Aによる海外へのスピード展開
- ⑤サステナブル企業を目指す
- ⑥サプライチェーンの再構築
まず、改善すべきは低い収益性です。日本企業と世界企業の売上高純利益率(2006~15年平均)を比較すると、世界企業の平均6.88%に対して、日本企業は3.61%と半分程度の水準※4にとどまっています。利益率の低さは未来投資の少なさを表しています。コストダウンを追い掛けるだけでは、世界企業との利益率の格差は埋められません。要するに「ビジネスモデル戦略」や「ブランド戦略」が鍵になります。
次に、人材育成。スイスのIMD(国際経営開発研究所)の世界競争力センターが2019年11月に発表した「ワールド・タレント・ランキング2019」によれば、日本の人材競争力は世界63カ国・地域中35位。日本の労働者は読み書きなどの基礎力が高いものの、経営教育、管理職の能力、国際性(語学力、海外経験)など、高度な能力は低いという厳しい評価が下されました。グローバル市場で戦うためには、人材レベルの高度化が不可欠です。
さらに、デジタルトランスフォーメーション(DX)の遅れも深刻です。DXとは、クラウド、AI、IoT、ICTを活用して新しい商品やサービス、新しい組織やコミュニケーションを再構築する活動のこと。日本企業のIT投資は業務プロセスの改善やコスト削減が中心でしたが、製品・サービスの開発やマーケティングといった新たな価値を生み出すIT投資にも、積極的に取り組むべきだと私は考えています。欧米企業はこの分野へIT投資をしており、その結果、ビジネスモデル力やブランド力が高まっています。経営者がデジタルリーダーシップを発揮することが重要です。
ここまで暗い話が続きましたが、明るい話題もあります。IMDが2019年5月に発表した「世界競争力ランキング」で、日本は30位(2018年は25位)と順位を下げたものの、持続可能性に関する長期的な基準のうち「持続可能な開発」が1位、「環境関連の技術」で2位を獲得しました。
私は、日本の価値はここにあると思います。サステナブル分野において、日本は世界から高い評価を得ているのです。日本が100年先も選ばれる国になるには、こうした持ち味を生かし、伸ばし、ブランディングしていくことです。2030年に向けて、このコンセプトを世界に発信できる会社、事業を目指しましょう。サステナブルな事業、サステナブルなブランド、サステナブルな組織、サステナブルな収益体質を実現するのは経営者の皆さんです。
※4 経済産業省「世界の構造変化と日本の対応」(2018年5月)