人的資本経営で、データをどのように活用していくのか。それは、KGI(重要目標達成指標)とKPI(重要業績評価指標)を設定し、達成するためにアクションを起こしていくことから始まる。
KGIの例としては、人的資本投資の効率性を示す指標「人的資本ROI(投資利益率)」がある。また、日本企業でよく使われるKPIにはリーダーシップや後継者計画、従業員エンゲージメント、ウェルビーイング、コグニティブダイバーシティーがある。
人的資本の取り組みで、業績に最も反映されるものは何か。関連するデータがあれば、そこからエビデンスを取りながら検討していくことが可能である。だが、データがそろっていなくても、議論を深めれば要因を探ることはできるので、その上で指標化・数値化を行い、達成に向けて取り組むとよい。
注意が必要なのは「これさえ実施すれば、100%業績が向上する」という指標は存在しないことである。それを前提に優先順位付けを行って、優先順位の高い指標の達成に向け、実行する施策を選択する。選ぶ指標は1~2つでも構わない。議論して設定を行うことが重要である。
この議論も、難しそうに思えるかもしれない。それでも、議論の過程で弱点が見えてきて、そこを強化したいという声は出てくるものである。
「従業員エンゲージメント」とは、従業員の企業への信頼と貢献意欲である。私は、特に中小企業に対し、従業員エンゲージメントを高めるべきであるという提言を行っている。
従業員エンゲージメントが高い状態とは、企業と従業員とが、婚約関係のように「対等」で、「互いがワクワク」し、「コミットし合っている」状態のことだ。従業員エンゲージメントと業績との相関については、世界中でさまざまな研究がなされている。
限られた調査例ではあるが、エンゲージメントスコアと売上高営業利益率、あるいは労働生産性との間には、近似曲線が右肩上がりということから、相関が見られると考えるべきであろう。例えばBIPROGY(旧日本ユニシス)においては、エンゲージメントスコアと業績、あるいは株価との間には明確な関係性を見ることが可能である。
従業員エンゲージメントについては、「ウェルビーイング経営」との両立が求められ始めている。この2つはまったく別の概念であり、国が取り組むウェルビーイングは範囲が広すぎるため、企業としてはその範囲を「キャリアウェルビーイング」に絞り込む必要がある。
コロナ禍を経て、従業員エンゲージメントとウェルビーイングとの両立は重要性を増している。従業員エンゲージメントだけを高めると、従業員が燃え尽きてしまう可能性が高くなり、ウェルビーイング度だけを高めると、いわゆる「ぬるま湯」となる。どちらも高めないのは論外で、エンゲージメントとウェルビーイングの両立を可能にする要素を把握し、うまく活用していくことが求められる。
なおダイバーシティーには、コグニティブダイバーシティーのほか、「デモグラフィックダイバーシティー」がある。こちらは「人口統計学的多様性」と訳され、年齢や性別といった属性と考えると分かりやすい。こちらの確保も重要な要素ではあるが、企業業績には必ずしも直結しないことに注意が必要である。
「企業は人なり」は、どこの企業も掲げている言葉である。しかし、重要なのは中身なので、実際にそうできているのか、見直してみるべきだろう。その上で、経営戦略に連動した人材戦略をつくり上げていく必要がある。
人的資本経営は、データ活用が進んでいる分野でもある。少なくともISOなどで規定されたデータ化できる部分は、データ化してみることが肝要である。その上で、体系的かつ説得力のある人的資本経営を進めていく。
まずはやってみることである。仮説ベースで構わないので、人材戦略における主要KPIを設定する。その上でPDCAサイクルを回すことで、必要ならばKPIをアップデートする。こういった繰り返しが、人的資本経営の推進そのものなのである。