その他 2023.12.04

未来戦略フォーラム2023(ゲスト:塩野義製薬、ユナイテッドアローズ、グローウィン・パートナーズ)

グローウィン・パートナーズ:M&A実施企業のための人事PMI~組織統合と制度統合の実務~

 

 

グローウィン・パートナーズ株式会社(タナベコンサルティンググループ)

HRコンサルティング部
シニアマネージャー

山本 怜美氏
プライム市場企業の人事担当としてグループ会社30社の採用・研修・労務・制度構築を約10年間経験し、労使問題交渉、労働基準監督署監査対応、等級・報酬制度および海外勤務者制度、限定社員制度等、様々な人事制度の構築を担当。M&Aの労務デュー・デリジェンス・人事PMIを担当し、PMI方針の構築から、従業員の移管(承継・転籍)に係る諸手続き、従業員コミュニケーション(交渉・説明会)の実施、労働条件・処遇制度の比較、新評価・報酬制度の構築、退職金・年金制度の移管、人事関連システム移管プロジェクト等多数担当。グローウィン・パートナーズ入社後、プライム市場企業から中堅・中小企業の労務基盤の構築・人事制度構築・人事制度PMI・システム導入プロジェクトを多数主導している。

 

 

人事PMIにおける組織構造戦略

 

PMIとは、「ポスト・マージャー・インテグレーション」の略であり、当初計画したM&Aの統合効果を最大化するための統合後のプロセスのことである。PMIは3つの領域に分かれており、経営統合、業務統合、意識統合の3段階で構成されている。(【図表1】)

 

 

【図表1】PMIとは

出所:グローウィン・パートナーズ講演資料

 

 

経営統合・業務統合・意識統合、それぞれの統合に関わる全てのプロセスには、人事に関する領域が多く含まれている。そのため、人事PMIを成功させることが、M&A成功の要となる。

 

グローウィン・パートナーズ(以降、GWP)では、変革期の人材戦略の策定からIT活用を含む業務改革まで、人的運用体制の実現をワンストップで支援している。これまでに人事領域で手掛けたPMIサービスは計20社以上になり、PMI特有の統合時の調整や激変緩和措置などのノウハウを多数蓄積している。

 

 

M&Aの方針に沿った人材ポートフォリオの活用

 

人事PMIにおいて重要になるのが人材ポートフォリオの考え方である。人材ポートフォリオとは、経営戦略の実現という将来的な目標からバックキャスティングで定義される必要な人材の質について、その人材の量の多寡を把握し、人材調達方針につなげるためのフレームワークである。新たな人材ポートフォリオを設定するためには、経営戦略や事業の変化の方針を明らかにし、これを人材ポートフォリオの設計とひも付けていく必要がある。

 

事業再編において、組織構造の戦略を考える観点は複数ある。

 

(1)組織の形式

意思決定とKPI(重要業績評価指標)管理を行う粒度によって、統合後の新たな組織の形式を事業部制にするか、職能別組織にするかを検討する。職能別組織にした場合、ビジネスサイクルは早く回るが、全社横断での意思決定や方針策定を行う方法も別途考える必要がある。

 

(2)経営スタイル

意思決定や成果の上げ方などに反映される経営スタイルを考慮に入れることで、組織内での衝突や不調和のリスクを緩和できる。

 

(3)組織の年齢構成

年齢構成によってとるべき戦略に差が出る。例えば、吸収合併されることにより平均年齢が上がる場合には、早期退職制度や定年延長の実行、報酬カーブの見直しが有効である。

 

(4)組織の形式

役職構成については、報酬を上げるために役職をつけていた場合、吸収合併することで役職者の比率が上がりすぎるケースが多く見られる。組織再編時に、役職の評価を再度行うことで対応する。

 

さらに、7Sのフレームワーク(【図表2】)をベースに組織の現状を分析し、観点を整理した上で統合方針や組織戦略を検討することも効果的である。

 

 

【図表2】組織構造を検討するためのフレームワーク

出所:グローウィン・パートナーズ講演資料

 

 

M&A・PMIの目的類型に応じて、人材マネジメントで注力すべき領域も変わってくる。目的は次のように類型化でき、それにより人事戦略も変化する。

 

(1)保有資産の吸収

人材の能力伸長と見極めのため、採用・研修・選抜などで人事が積極的に関与する。

 

(2)組織能力の獲得

福利厚生制度、柔軟な勤務形態などのツールを利用しながら、モチベーションやエンゲージメントを高めていく。

 

(3)協働による価値創造・機会の拡大

PMIのプロセスを通して両社の従業員に学習・成長・自己実現の機会を提供していく。

 

人事PMIの流れの目安としては、まず調査・分析、方針策定の実施期間に3カ月間、その後人事制度統合に6カ月~1年間、さらにIT統合~業務統合に6カ月~1年間をかける。その中で、人事制度統合には、一般的に①はめ込み型、②組み合わせ型、③あるべき型、の3パターンがある。

 

①はめこみ型

一方の企業の制度をもう一方の企業に適用する形式で、統合の手間が大きく軽減されるメリットがあるものの、人件費が高くなる傾向がある。

 

②組み合わせ型

各社の制度をミックスする形式で、③あるべき型に比べると統合の手間は少ないものの、労働条件が良い方の企業に合わせた場合には、やはり人件費が高騰する。

 

③あるべき型

あるべき人事制度をゼロから構築し適用する形式で、全く新しい構造をつくり出すことができるが、長い時間と大きな手間がかかる。

 

このようにメリットとデメリットがあるため、M&Aを行う企業同士の特性を検討し、適した形式を選択することが重要である。

 

 

実務に見る制度統合の課題

 

制度統合においては、①報酬統合の課題、②退職金統合の課題、という2つの壁がある。

 

報酬統合については、まず組織内の等級を設計し、従業員の配置と報酬範囲を計画するが、その際に報酬範囲外の人材の取り扱いが課題となってくる。報酬水準が高すぎる人材に対しては、等級の再格付けを行うことで対処。報酬水準が低すぎる人材の場合は、その人の基本給がレンジ内に収まるよう基本給を引き上げたり、賃金レンジを拡張したりすることで対処する。

 

また、ポリシーラインを策定し、そのターゲット水準に社員が近づくように昇給形式を設計することが有効である。昇給制度のコンセプトを考える際は、 個人の給与に目が行きがちだが、人材ポートフォリオに照らして、事業再編によってどのような人材を報酬でモチベートするのかを考えることが、成功の鍵となる。

 

退職金統合については、不確定な未来に対して補償を行う範囲とその程度を決めることが課題となってくる(【図表3】)。事業統合に伴う退職金制度の統合に際し、人材に不利益な変更が生じる場合は、①過去の功績に対する既得権と、②将来の期待分に対する補償の2つに分けて検討する必要がある。

 

 

【図表3】補償範囲と補償オプション

出所:グローウィン・パートナーズ講演資料

 

 

過去の功績に関しては、確実な補償が必要だが、将来の期待に対しては、金額が未確定であるため、一定程度の補償にとどまると考えられる。具体的に補償範囲を考える際には、訴訟リスク、運用負荷、コストの3つのバランスを考慮してその範囲を決めていく必要がある。

 

例として、現等級を維持し、統合時に全員に一括補填を行う、定年退職時に比較して補填するといったケースがある。また、共済などに積み立てた資産は、移管が可能な場合と不可能な場合があり、不可能な場合は事業統合時に払い出しとなり所得税が課せられるほか、移管の際には従業員の同意が必要になる点にも注意が必要である。

 

M&Aの鍵となる人事PMIを成功させるためには、動的人材ポートフォリオを事業ポートフォリオに連動させて設計し、それに沿った人材調達や人材戦略を立てることが重要である。また、フレームワークを活用して組織の現状を分析し、組織構造や組織戦略を検討することも有効である。

 

実務の面では、人材ポートフォリオに照らして報うべき人材を見極めた上で報酬統合を行うこと、また訴訟リスク・運用負荷・コストの3つのバランスを見ながら補償範囲を検討することも必要である。

 

タナベコンサルティング:企業価値向上を実現させるトランスフォーメーション戦略

 

 

タナベコンサルティング

取締役

村上 幸一
ベンチャーキャピタルにおいて投資先ベンチャー企業の戦略立案、マーケティング、フィジビリティ・スタディ(事業性評価)など多様な業務に従事。豪州での現地工場の設立と運営、米国の大学とのTLO(技術・特許移転)を通じた大学発ベンチャー企業の日本市場開拓支援など、国境を越えた産学連携の実績を有する。タナベコンサルティング入社後は、事業戦略策定を軸に、ビジネスモデルの立案、新規事業開拓支援、M&Aにおけるビジネスデューデリジェンスなど多岐にわたるコンサルティングに従事。戦略コンサルティング事業部の東京担当役員。

 

 

世界同時インフレによる四半世紀ぶりの円安

 

コロナ後の世界では、複数の要因による世界的なインフレの進行を中心に、さまざまな世界情勢が目立つ。中でも、日本が深刻な問題として捉えるべきは、1ドル150円台となる四半世紀ぶりの円安である。実質為替レートで見れば、半世紀前の固定相場制の時代と同程度の1ドル360円にまで円の価値が低下している。

 

このような状況を踏まえると、未来ビジョン・長期ビジョンを考えるに当たっては、日本国内だけでなく、海外への進出や海外からの流入を踏まえた視点が必要になってくる。

 

 

【図表1】After COVID-19の世界 世界同時インフレの進行

出所:タナベコンサルティング講演資料

 

 

長期ビジョンの重要性

 

タナベコンサルティングが行った「長期ビジョン・中期経営計画に関するアンケート2023」の結果では、全体の8割以上の企業が長期ビジョンの必要性を感じると回答している。その背景には、世界が目まぐるしく変化していく中、従来の3年・5年単位の中期経営計画では不十分な状況がある。また、来期に取り組む重点テーマを聞いたところ、【図表2】のような結果になった。いずれのテーマも、1年や2年の短期では実現が難しく、毎期着実に推進していくべき課題となっている。

 

 

【図表2】来期の長期ビジョン・中期経営計画の重点テーマ

出所:タナベコンサルティング「長期ビジョン・中期経営計画に関するアンケート2023」

 

 

今回のアンケート結果が示すように、重点テーマの実現に向けた長期ビジョンの重要性は、各社が感じている通りである。一方で、実際に長期ビジョンを構築している企業は全体の3割程度にとどまっており、自社全体を変えていく長期的な取り組みを実行する難しさが浮き彫りになっている。

 

トランスフォームに向けた中期経営計画の策定

 

タナベコンサルティングは、2020年から開催している本フォーラムにおいて、長期ビジョンと中期経営計画を連動させ、着実にゴールへと向かうアプローチを提唱している。これは、10年後の未来(長期ビジョン)を定めた上で、積み上げ型ではなくバックキャスティングのアプローチで、中期経営計画を策定する手法である。(【図表3】)

 

 

【図表3】長期ビジョンと中期経営計画の連動イメージ

出所:タナベコンサルティング講演資料

 

 

①日本の少子高齢化、②GDP(国内総生産)における優位性の揺らぎ、といった状況にあってもなお、持続的な成長を遂げていくためには、ビジネスモデル・ポートフォリオ・組織構造・企業文化といった全てをトランスフォーム(変革)していかなければならない。

 

 

タナベコンサルティング:企業価値向上のキーポイント

 

 

株式会社タナベコンサルティング

上席執行役員

川島 克也
経営全般からマーケティング戦略構築、企業の独自性を生かした人事戦略の構築など、幅広いコンサルティング分野で活躍中。企業の競争力向上に向けた戦略構築と、強みを生かす人事戦略の連携により、数多くの優良企業の成長を実現している。

 

 

成長に向けた投資の着眼点

 

企業成長のためには、戦略的な未来に向けた投資が不可欠である。低成長・コストアップマーケットにおける負のスパイラルでは、次のような事態が起こりやすい。

 

①業界内で価格競争が起こりやすくなるため、粗利益を稼ぐために販売量を増やす。

②販売量が増加することによって業務量や物量が増えるため、多くの人員が必要になる。

③現在の労働市場は不足状況かつ賃金上昇の圧力がかかっているため、人員数は変えずにデジタル化や自動化の取り組みを行う必要が出てくる。

④投資が追い付かない場合、既存の人員の負担が増大し、モチベーションの低下や離職を招く。

⑤残された人員で多くの業務を行う状況から抜け出すことが困難になる。

 

このような事態を脱却し、未来の成長を目指すためには、次のような投資判断を行うことが重要である。

 

(1)事業開発投資(市場・商品・サービス開発投資)

収益性の高い事業・商品・サービスを生み出す事業を創造する機能や機会を組織内に設けたり、事業開発を定期的に検討する場面や仕組みをつくったりする。

 

(2)事業推進投資(組織・人材・マネジメント投資)

決定した事業戦略に合わせた組織を編成して、最適な人材を配置していく。

 

(3)オペレーション投資(業務改善・IT投資)

効率的でローコストなオペレーションを実現し、社員が付加価値の高い業務に集中できる環境を作るために、デジタル化や自動化を推進する。

 

(4)リスクマネジメント投資(内部統制関連投資)

BCP(事業継続計画)の策定、内部統制に対する取り組みを行う。

 

(5)人材開発投資(採用・育成・活躍投資)

人材開発投資においては、①人材KPI(重要業績評価指標)、②リスキリング、③エンゲージメントという3点が重要になる。①人材KPIとは、人材育成における投資対効果を計る基準や指標であり、上場企業においては開示が進んでいる。

 

②リスキリングとは、新しい職業に就くため、あるいは現在の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得することである。経営面においては、事業の方向性に合わせて、求める人材像を設定することが不可欠である。

 

③エンゲージメントとは、従業員の会社に対する愛着心や思い入れのことであり、これが高いと、従業員が高い意識を持って業務に取り組むことで高品質なサービスを提供し、クライアントから満足や感謝を伝えられることで高い貢献意識を感じ、生産性が高まるといった好循環を生み出すことができる。エンゲージメントの源泉となるのは、特に自社のビジョンへの共感や経営陣への信頼である。タナベコンサルティングでも、エンゲージメントの度合いをモニタリングするツールとして、「エンゲージメントサーベイ」というサービスを提供している。