AMS合同会社:個⼈が学び続ける環境を創出できる組織とは
山本 秀樹氏
大学卒業後、東レ株式会社にて高機能繊維の新規用途開発を担当。2008年ケンブリッジ大学経営管理学修士(MBA)。その後、ブーズ・アンド・カンパニー(現PwC Strategy&)を経て、住友スリーエム株式会社(現 スリーエムジャパン)へ。2014年にAMS合同会社を設立、高機能化学素材の顧客開拓支援と並行して、2015年から2017年までミネルバ大学日本連絡事務所代表を務めた後、国内の中等・高等・社会人教育機関のカリキュラム改革支援を実施している。
東レと3Mで経験した「新製品を創る⼈」が育つ仕組みからの学び
プラスチック樹脂やフィルムなどの機能化製品メーカーである東レと、安全&⼯業⽤製品メーカーである3M。新製品開発へのアプローチは、東レがプロダクトアウト型、3Mがカスタマー・インスパイア型と異なるが、どちらも経営戦略にひも付いた人材育成を行っている。
私見ながら、この2社には次の4つの共通課題がある。
①選別される“才能”は、個⼈の実現したい未来や志とは無関係に“組織の都合”によって決まる。
②個⼈の尊重よりも属⼈的な上司との関係性や、会社都合で変化する曖昧な“求められる能⼒”によって恣意的に評価が変わる。
③企業研修に⽤いられる「専⾨知識」は、専⾨職への転向としては役⽴つが、経営幹部へのキャリア・アップには寄与しにくい。
④業績低迷期に⾃分を弁護できる論理的思考⼒、難しい⼈間関係を乗り切る関係構築⼒、必要なタイミングで⾃分の考えを効果的に伝えられる情報発信⼒などが必要だが、こうした能⼒は「出世競争の中で社員が独⾃に育むもの」という暗黙の認識があるのではないか。
企業が人材に求める能⼒は、「上司の指⽰をミスなく忠実に遂⾏する力」から、「問題を発⾒し、有効な解決⽅法を、さまざまな背景・⽴場の異なる⼈達と協働して実⾏できる力」に変わってきている。しかし、このような⼈材は、組織に依存するよりも、⾃分の実現したい「生き方」「働き⽅」を優先し、属⼈的な教育やノウハウの継承には満⾜せず、「仕事(プロジェクト)」単位で組織を渡り歩いていく。
このような労働市場の変化の中で、組織が継続的に魅⼒的な⼈材を獲得するためには、「出世競争を勝ち抜く社員」を軸とした⼈材育成から、「多様な志を持つ人々が仕事という活動を通じて学び、成⻑できる環境」を用意する必要がある。
こうした環境では、階層組織を軸としたピラミッド型マネジメントの遂⾏者を育成するだけでなく、複数のプロジェクトを共通の⾏動⽬的・⾏動規範に導くための社員の「思考習慣」と、その恒常的な発展を促すための「対話の場」を育むことが重要になる。
最新の⼤学はどのように個⼈の能⼒を育成するのか
合格率2%未満の世界最難関校「ミネルバ大学」。校舎はなく、世界7都市を移動しながら学ぶ全寮制の大学だ。2014年に開校した同学の教育プログラムの特徴は、実業界と⼤学業界との⻑年の対⽴となっていた「⼤卒⼈材に期待される実社会で役⽴つスキル」のギャップを解決するため、教育プログラムをゼロから構築したところにある。
ミネルバ⼤学が問題視した大学の学部教育の現状は、「実社会と接続していない専⾨知識」「使われない教授法」「不⾜し、偏った国際経験」「富裕層クラブとなったトップ⼤学」。この4つに対し、同学は次の解決策を示した。
①カリキュラム:幅広い分野に応⽤できる汎⽤能⼒(批判的思考⼒・創造的思考⼒・情報発信⼒・関係構築⼒)を基礎力として磨き、その後、学⽣が進みたい専⾨領域を選択
②教授法:学習科学に基づく教授法(反転授業、学び合いによる理解の把握、事実に基づく⾼頻度のフィードバック)のみを採⽤した授業
③異⽂化没⼊経験:世界7カ国に移り住み、現地住⺠と同じ⽣活・仕事スタイルを経験
④公正な機会の提供:家庭の経済力にかかわらず、世界中から「才能×努⼒の⼈」を低コスト(デジタルマーケティングのみ)で⾒つけ、同学が伸ばせると確信できる学⽣を選ぶ入試設計
組織が同学から学べる点は、次の3つである。
①変化し続ける世界で活躍できる⼈を育てるには、専⾨知識以前に必要な「学び⽅を学ぶ」能⼒の育成と、知識や考え方を継続的に更新できる対話の設計がより重要である。
②組織のゴールではなく、個⼈の成⻑を軸に学習計画を設計すれば、個⼈は高い動機をもって⾃律・実⾏⼒を発揮する。
③⼈は「インプット→⾏動」よりも「意図的な⾏動」→「フィードバックによるインプット」で効果的に学べる。こうした学習環境をつくるには、「学習の意図の明確化(なぜ学ぶのか)」「⽬的を共有した⾏動」「適切なタイミングでのフィードバック」が鍵となる。
個⼈が学び続ける組織の要件
前述したような育成を実行する鍵は次の3つである。加えて、3つが連動していることが重要だ。
(1)組織の尊重→個⼈の尊重
①キャリア構築に関する「対話の場(1on1/チーム)」を設定する。
②自社の職務遂⾏⼒の評価よりも、その⼈が「どのように⽣きたいか」を軸にキャリア構築⽀援を設計する。
③1年・半年の仕事はプロジェクト単位に区切り、それぞれの場⾯において、参加する個⼈にどのような能⼒が求められ、どのような成⻑機会が提供できるか公表する。
④評価項⽬は売上⽬標といった結果だけでなく、個⼈がキャリア構築に必要な定性⽬標についても、上司と部下が評価⽅法を話し合って合意する。
⑤⽇々の助⾔を重視する。半年に⼀度ではなく、⽇々(⾼頻度)のフィードバックを⾏う。
(2)専⾨知識の研修→学びたくなる仕掛け
①各部⾨・部署で⾏っている仕事をプロジェクトとして、業務内容・課題・成⻑機会などの共通項⽬で整理する。
②部⾨・部署の壁を超えて、どのような仕事(プロジェクト)があるか全社員が閲覧できるように情報を公開する。
③プロジェクトへの参画は⾃⼰応募を尊重し、応募に際して現職場の上司の承認は原則不要とする。
④各プロジェクトに参画する上で、どのようなスキル・要件が求められるか、応募者がどのように選考されるかを開⽰する。
⑤各プロジェクトに求められるスキルや要件の学習は、社内で実務経験者が講師をしても、必要に応じて外部講師を招へいしてもよい。
(3)変化しない組織→変化しない理念
①変化している環境に対して⾃ら変化しない組織は、従業員に「変化するな」と情報発信しているのに等しい。すなわち、経営層は率先して⾃ら変化への挑戦を実践しなければならない。
②変化に慎重になるべきものは組織の存在理由(理念)、存在⽬的。ここから“⾃分たちらしさ”を⾏動規範と思考習慣に分解する。
③⾏動規範と思考習慣は絶え間ない対話とフィードバックを重ね、更新し続けていく必要がある。この対話の集積は従業員にオープンにし、組織の共有財産として育む。