タナベコンサルティング:人的資本経営の視点から考える人事・人材戦略
VUCA※の時代においても企業に持続的成長が求められる中、企業が投資すべき対象として「人材」がフォーカスされている。
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上につなげる経営の在り方。これまでは人材を資源と捉え、「消費」「使う」という発想が多かったが、今後は資本と捉え、「投資」し、「活躍」してもらう観点で見ていくことが大切である。人材投資は未来投資であり、ひいては自社の競争力強化につながる。
これまで、2018年にISO30414(人材版ISO)、2020年に人材版伊藤レポート、2021年にコーポレートガバナンスの改定が発表され、人的資本経営の流れが強まってきた。
経営環境の変化やステークホルダー(投資家)からの非財務情報(人材)に関する開示要求の高まりにより、人的資本経営が企業における重要課題となっている。
人的資本経営への注目の高まりを受け、取り組みを始める企業が多い(【図表1】)。HR総研の調査によると、大手企業(1001名以上)では「安定的に取り組みを継続中」の企業が18%を占める。取り組む目的については企業規模別に差異があり、1001名以上の大手の場合「従業員エンゲージメント向上」「組織力の強化」「企業価値の持続的向上」などが中心。一方、中堅規模(301~1000名)の場合、大手と同様の目的に加え、「従業員のスキル・能力の向上」「採用力の強化」「離職率の低下」、300名以下の場合は「生産性の向上」などが中心となる。
【図表1】人的資本経営の取り組み状況と取り組む目的
出所:HR総研「人的資本経営への取組み状況に関するアンケート結果報告(第1報)」(2022年6月)
人的資本経営に関する課題については、「経営戦略に基づく人材要件の明確化」「次世代経営人材の育成」「従業員のスキル・能力の情報把握とデータ化」などを挙げる企業が多かった。(【図表2】)
【図表2】人的資本経営の実践に関する課題
出所:HR総研「人的資本経営への取組み状況に関するアンケート結果報告(第1報)」(2022年6月)
人材戦略を考える際の前提として、人材を重要な資本として位置付けることが欠かせない。その上で、人材が活躍できる企業・組織にしていくために投資をしていく。経営目的達成・企業価値向上のために、自社は何へ投資すべきか、しっかりと要件整理をすることが重要である。
人材戦略を考える上で、①変化への対応・経営目標との連動(戦略人事)、②全従業員の活躍(脱優劣・自律人材)、③それらを推進する施策の検討(人事KPIの設定・推進)がポイントになる。
※「VUCA」とは、社会あるいはビジネスにおいて、不確実性が高く将来の予測が困難な状況であることを示す造語
タナベコンサルティング:本日のまとめ~人的資本経営に取り組むために~
HR東京本部 部長
岡原 安博
人事領域全般のコンサルティングを中心に、上場・中堅企業の人事制度・教育体系の構築において数多くの実績を上げる。現在では、経営視点による人事・人材分野からマネジメント分野のコンサルティングを実践することで、企業成長に貢献している。経営幹部・リーダー人材向けの講師としての実績も豊富。
昨今、人材の捉え方が人的資源から人的資本へシフトしている(人的資源:消費の視点で効率重視、人的資本:投資の視点で生産性重視)。人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、データを活用した人材マネジメントにより、その価値を最大限に引き出し、中長期的な企業価値向上につなげる経営の在り方である。
岩本教授の講義では、非財務資本となる人的資本をKPIとして捉え、そこから得られた利益をしっかりと見ていく考え方を学んだ(人的資本KPI)。指標となる項目として、ISO30414では11領域がある。まずはすぐに数値化できる指標からモニタリングし、自社のKPIを検証していくことがポイントとなる。
【図表】人的資本KPI
出所:岩本氏講演資料よりタナベコンサルティング作成
人的資本経営実践のポイントは、①事業戦略と連動した人事戦略の策定と一貫性(戦略人事、現場主導の人事)、②データを活用した人材マネジメント(人的資本KPIの設定、DX化)、③組織・個人の自律・多様性を実現する仕組みと風土づくり(意識改革、コミュニケーション、働きがい改革)の3つ。
人事戦略の手法として、①動的な人材ポートフォリオ(量×質による中長期視点のポートフォリオ設計)、②知・経験のダイバーシティー&インクルージョン(多様な人材の能力や価値観を事業成長に生かす)、③リスキル・学び直し(目標と現状のギャップを可視化、デジタル活用)、④エンゲージメント(自発的な意欲の醸成、組織・個人の自律)、⑤時間や場所に捉われない働き方(多様なワークスタイル、ハード・ソフト両面の整備)の5つがある。
日本オラクルは、「“人事”は部門にあり~人や組織の「自律」を促す人事の仕掛け~」をテーマに講演。事業(ビジネスモデル)の変革に対応するためには人材改革(人事改革)が不可欠とし、改革を進めている。「自律」をキーワードに、個人だけでなく組織、チーム・マネジャーの自律を連動させながら、社員の自律・エンゲージメント向上を図っている。HRの役割を変化させ(HRビジネスパートナー)、現場と人事をつなぐ取り組みを強化している。
日立ソリューションズは、「EX(従業員体験)の向上に舵を切った当社の取り組み」をテーマに講演。「働きやすさ」から「成長」「働きがい」へシフトする様子、ワークスタイル変革ソリューションの自社・クライアントへの展開を紹介いただいた。
全体として自律、挑戦を重視し、それが働きがいにつながるワンストップの仕組みとして施策を展開。現場のマネジャーを巻き込みながら展開する手法は日本オラクルと共通する点もあった。ジョブ・クラフティング、文化の醸成(心理的安全性を高める、「つながり」を感じられるコミュニケーション)を取り入れていたのも特徴的である。
人材マネジメントの考え方は「コスト」から「投資」へシフト。人的資本経営の実践においては、①事業戦略と連動した人事戦略との一貫性、②データを活用した人材マネジメント(DX)(※人的資本KPIはまずは数値化できる指標からモニタリングし自社のKPIを検証する)、③組織・個人の自律・多様性を実現する仕組みと風土づくり、の3つがポイントとなる。
「働き方」改革から「働きがい」改革へシフトしている。企業と個人は選び選ばれる関係、そして、共創へ発展。現場マネジャーが人事を考える視点と機会をつくる(増やす)ことがポイントになる。