※登壇者の所属・役職などは開催当時のものです。
山形大学 学術研究院 産学連携教授 岩本 隆 氏:人的資本経営の最新動向
「人的資本」という言葉自体は古く、18世紀から存在する。第四次産業革命の進展とともに、人材マネジメント領域でのデータ活用が活発化したことにより、人材を財務と同じように資本と捉え、定量的にマネジメントすることが可能になってきた。現在では、データを活用した人材マネジメントにより、企業の持続的成長を実現することを人的資本経営と呼んでいる。
人的資本経営のベースは、人材を経費で消費される資源ではなく資本と捉え、投資をして資産にし、利益に考えていくという考え方(図表1)。資産を利用してどれだけ利益を上げられるかを示す指標はROA(総資産利益率)、さらに、投資額に対する利益を示す指標はROI(投資利益率)。つまり人材マネジメントにROIの考え方を取り入れたものが人的資本経営のベースの考え方である。
【図表1】人的資本経営のベースの考え方
出所:岩本氏講演資料
対象が人材の場合、投資がうまいと資産は2倍にも3倍にもなるが、逆に下手だと2分の1や3分の1に減少する(人材価値、利益の向上は投資次第)。
産業構造の変化に伴い、企業の無形資産の重要性が年々高まっている。企業価値に占める無形資産の割合は年々上昇しており、知的資本投資銀行™会社であるオーシャントモの調査結果によると、米S&P500の企業価値に占める無形資産の割合は90%に上る(2020年)。言い換えると、財務諸表(有形資産)を見ても10%しか企業価値を測れない状況。そのため、無形資産について情報開示が行われないと投資家が判断できず、開示への要求が高まっている。
こうした背景を受け、ISOに人材マネジメントのテクニカルコミッティーが誕生し、2018年にISO 30414発行。ISO 30414発行後、ISO/TC 260の主要メンバーが所属する企業がISO 30414認証ビジネスを開始(企業に対する認証と、個人に対する認証:アセッサー認証)。アセッサー認証を取得した人数は、日本が世界で最多である。
2020年2月、米国で「Workforce Investment Disclosure Act」(人的資本開示法案)提出。米国SEC(証券取引委員会)が2020年11月より、上場企業に対し原則主義で人的資本開示を義務化。2021年に入り、日本でも人的資本開示の政策の議論が進む。2022年9月時点で、採用、育成、エンゲージメント、リーダーシップなど人材マネジメント領域で27もの多様なISO文書が出版されている。
ISO30414が示す人的資本領域は11、メトリック(測定基準)は58項目ある(【図表2】)。どの領域にどう投資すれば人的資産が最大するかをROIで判断する。
【図表2】ISO30414が示す人的資本領域
※岩本教授講演資料より抜粋
日本の人的資本開示に関する政策として、金融庁が2022年6月「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告」、8月には、内閣官房新しい資本主義実現本部事務局が「人的資本可視化指針」を発表した。
人的資本経営推進に当たり、適切なKGI(重要目標達成指標)、KPI(重要業績評価指標)の設定が重要となる。KGIの例として、人的資本ROI、1人当たり売上高(または利益)、KPIの例として従業員エンゲージメント、ウェルビーイング、コグニティブダイバーシティーなどがある。
従業員エンゲージメントを高める方法として、戦略的ナラティブ(相手を腹落ちさせる物語)、エンゲージメントを高められるマネジャー、従業員の声、組織的インテグリティー(誠実さ)の4つがある。
ウェルビーイングには「キャリア」「ソーシャル」「フィナンシャル」「フィジカル」「コミュニティ」の5つの構成要素があり、キャリアウェルビーイングが最も幸福感に寄与すると言われている。
ダイバーシティーの概念は昨今、急速に進化している(D&I→DEI→DEIB、D:Diversity、E:Equity、I:Inclusion、B:Blonging)。また、ダイバーシティーはデモグラフィック(属性など変えられない部分)、コグニティブ(変えられる部分。スキルや経験など)の2つに分けられる。企業の成長、イノベーションに関連する項目として、コグニティブダイバーシティーが注目を集めている。なお、ダイバーシティーのメトリックは25項目ある(デモグラフィック:年齢、性別など、コグニティブ:思考スタイル、職務経験、ワークスタイルなど)。
人的資本経営の実践において取り組むべきことは、①最低限ISO 30414が示す58のメトリックでデータをそろえる(できれば、過去数年のデータを時系列で)、②横串を通してデータを見ることで、自社にとっての重要なKPIを導き出す(仮説とデータを突き合わせる)、③開示すべき情報を戦略的に考え、ナラティブ(相手が腹落ちする物語)を作り、レポート化する、の3つである。
日本オラクル:“人事”は部門にあり ~人や組織の「自律」を促す人事の仕掛け~
オラクルは世界145カ国に展開しており、従業員約14万人を擁するITカンパニー。日常生活で使われる多くのシステム・仕組みを構築・サポートしている。日本においては1985年に日本オラクルを創業。2000年に東証1部(現プライム)へ上場し、日本市場に地に足を付けて事業を展開してきた。
クラウドの波及とともに、当社のビジネスモデルは買取型からサブスクリプション型へ転換。買取型のころは、長い年月をかけて顧客企業でシステムを構築していたため、ベテラン社員が情報やナレッジ、スキルを部下へ伝播していく育成スタイル(トップダウン型人材育成)だった。一方、サブスク型になると、お客さまへスピーディーに「使ってみよう」と判断してもらうことが必要になる。そのため、個々人のスキルアップおよび組織としての成長(フラット型人材育成、自立的な個人力と組織力)が課題として浮上した。
日本オラクルでは、個々の社員の自律・自走、チーム・マネジャーの自律、組織の自律にフォーカスし、人事の取り組みを展開している(クラウドシフトのための「自律自走型の社員と組織」の実現)。
HRバリューチェーンとして、根底に事務作業があり、その上にサービス提供、さらにその上にビジネスに影響を及ぼし貢献する分野(ビジネスHR)がある。当社人事は基幹業務から戦略的人事へとシフトチェンジしており、HRはよりビジネスに貢献できる役割へと変化している。また、ビジネスHR推進のため、ビジネスHR部門を設立。現場のビジネスリーダー・管理職に、人事という視点や考える機会を与え、部門のビジネス成長に貢献することがポイントとなる。
社員個人のキャリアの自律を促すため、「キャリアを自分で選ぶ」仕組みを構築している(変化と非直線的なキャリア観を受容するアジャイル型、成長志向、自分がオーナーシップと責任を持ち、周囲がサポートするプロアクティブなマップ型)。キャリアに関する当たり前が変わってきている。
当社ではテクノロジーを活用しながら、一人一人がキャリアを自律的かつ前向きにデザインできるよう支援(社内でのキャリアアップサポート、社内公募など)。当社カルチャーは、「セルフサービス」が基本(カルチャーは会社がつくるのではなく、一人一人がつくる)。
マネジャーの自律に向け、全ての人事権をリーダー・マネジャーに委譲している(採用から異動・退職まで、社員のライフサイクルイベントをマネジャーが遂行)。人事の主体はマネジャーであり、人材の採用から退職(または異動)までの一連の人事プロセスに関し、システムを活用してマネジャー自身が対応。
また、リーダー・マネジャーが自ら人事施策をデザインする。さらに、役割としてマネジャーとプレーヤーの相互行き来がある(Aさんの場合、B業務についてはマネジャー担当、C業務についてはプレーヤー担当など)。マネジャーはメンバーをリードし、自主性を重んじながら自ら動ける、主体的な部下に育てるのが仕事である。
組織の自律に向け、各組織でタレント・人材の見える化についてタレントマネジメントを活用して実施。チーム・組織を強くするツールとしてリーダーに活用してもらう。
タレントレビューボード(考課会議)は、擦り合わせの過程に価値がある。重要なのは評価を付けることではなく、それぞれのチームや組織が現状に即して具体的なアクションにつなげること(組織ごとのタレント情報の活用)。また、人事部のつくる画一的な制度を全ての部署にそのまま当てはめるのではなく、それぞれのビジネスの特性に応じて、リーダーが人事制度を設計できる仕組みがある。
日立ソリューションズ:EX(従業員体験)の向上に舵を切った当社の取り組み
人的資本経営が注目される中、働き方の本質が見直されつつある。人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営の在り方。人的資本の価値を最大限に引き出すために、会社と個人の関係性が変わる(人財マネジメントは「コスト」から「投資」、雇用コミュニティーは終身雇用を前提とした「囲い込み型」から「選び選ばれる関係」へシフト)。
当社は、全社運動として2016年から働き方改革を推進(柔軟な働き方、残業削減、コミュニケーション強化など)。2020年以降、感染症対策のため全社員が原則在宅勤務へ移行(全社員のうち出勤週2日以下が88%)。これまでの取り組みにより働きやすさは大きく前進した。次に力を入れるべきは「働きがい」と「成長実感」(2022年からEX向上を推進)。
EX向上に向け、個の自律・主体的なチャレンジを促す施策を強化している。さまざまな仕事・従業員体験を通じて、多様な一人一人が成長や働きがいの実感を高めることを目指す。(人財と職務の可視化によるキャリア形成、若年層向けジョブ・マッチング制度、新常態の働き方&多様な働き場所の提供など)
2022年度の重点方針は、①ジョブ型人財マネジメント施策の推進、②新常態に向けた働き方の見直し、環境整備。①の具体的施策はジョブ定義の整備、社内公募・異動の推進、1on1の定着と質の向上、②の具体的施策はオフィスの整備、「働き方グランドルール」の整備など。(各施策により、どのようにEXが向上するか検討の上で方針策定・実行)
2022年10月から、管理職にジョブ型人財マネジメントを導入。ジョブ型の場合、職務を基準に人を採用し、職務に人を割り当てる(仕事基軸)。メンバーシップ型に比べ、自律とプロ意識が求められる。組織マネジャーだけでなく、専門職としてのジョブも定義している。
自律的なキャリア形成に向け、手上げ異動・ローテーションの活性化、適正な評価・キャリア支援、専門職人財に向けた処遇の複線化などを実施。こうした制度もEX向上の視点で構築・推進している。
2021年以降、タウンホールミーティングを強化。社長や役員との直接対話で会社の理念や方針を理解し、エンゲージメントを高めるのが目的。オープンな対話で、納得感や共感、モチベーション向上につながる。
研修受講・自己啓発の支援も行っている(キャリア形成支援で社員の成長機会を提供)。社員のチャレンジ意思による研修受講・自己啓発で自己の成長実感を高め、人との交流機会を増やすことが可能。グローバルシフト、外部環境変化への対応、多様性の獲得、社外との交流、会社業務に関する専門知識の向上など、自己啓発意欲のある社員を応援している。
このほか、効果的な1on1による安心と意欲の創出を推奨。1on1は部下と上長が1対1で定期的に行う対話であり、主役は部下、上長は「壁打ちの壁」の役割。自発的な上長とのコミュニケーションで信頼関係を深め、心理的安全性および仕事への意欲を高めている。
また、テレワークで課題となっている「コミュニケーション」をさまざまな施策で活性化。コミュニケーションのきっかけづくりと、褒める風土醸成の仕組みを導入している(コミュニケーションのきっかけを提供し、テレワーク環境での不安を解消。社員同士のつながりを創出)。
従業員エンゲージメントを上げるためにはジョブ・クラフティング(従業員が主体的に働き方を見直し、仕事を生き生きとしたやりがいのあるものに変えていく手法)が有効。やりがいを持って働けるように、その人自身が働き方を工夫する(仕事のやり方、周りの人、考え方への工夫)。日々の業務で感じている「悩み」「困りごと」「もやもや」などを洗い出し、自ら1カ月間の工夫の実行計画を作成して実践することで、より良い働き方を習慣づける。さらに、ジョブ・クラフティングの実践を支援するサービスを開発。取り組むハードルを下げる(アクティビティーの準備)、取り組む意欲の喚起(活用事例のシェア)などにより、活用してもらう工夫を施している。
その他、オフィス環境の見直し、仮想オフィスの提供など、新常態に向けた環境を整備している(ハイブリッド環境でのコミュニケーション活性化)。
タナベコンサルティング:人的資本経営の視点から考える人事・人材戦略
VUCA※の時代においても企業に持続的成長が求められる中、企業が投資すべき対象として「人材」がフォーカスされている。
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上につなげる経営の在り方。これまでは人材を資源と捉え、「消費」「使う」という発想が多かったが、今後は資本と捉え、「投資」し、「活躍」してもらう観点で見ていくことが大切である。人材投資は未来投資であり、ひいては自社の競争力強化につながる。
これまで、2018年にISO30414(人材版ISO)、2020年に人材版伊藤レポート、2021年にコーポレートガバナンスの改定が発表され、人的資本経営の流れが強まってきた。
経営環境の変化やステークホルダー(投資家)からの非財務情報(人材)に関する開示要求の高まりにより、人的資本経営が企業における重要課題となっている。
人的資本経営への注目の高まりを受け、取り組みを始める企業が多い(【図表1】)。HR総研の調査によると、大手企業(1001名以上)では「安定的に取り組みを継続中」の企業が18%を占める。取り組む目的については企業規模別に差異があり、1001名以上の大手の場合「従業員エンゲージメント向上」「組織力の強化」「企業価値の持続的向上」などが中心。一方、中堅規模(301~1000名)の場合、大手と同様の目的に加え、「従業員のスキル・能力の向上」「採用力の強化」「離職率の低下」、300名以下の場合は「生産性の向上」などが中心となる。
【図表1】人的資本経営の取り組み状況と取り組む目的
出所:HR総研「人的資本経営への取組み状況に関するアンケート結果報告(第1報)」(2022年6月)
人的資本経営に関する課題については、「経営戦略に基づく人材要件の明確化」「次世代経営人材の育成」「従業員のスキル・能力の情報把握とデータ化」などを挙げる企業が多かった。(【図表2】)
【図表2】人的資本経営の実践に関する課題
出所:HR総研「人的資本経営への取組み状況に関するアンケート結果報告(第1報)」(2022年6月)
人材戦略を考える際の前提として、人材を重要な資本として位置付けることが欠かせない。その上で、人材が活躍できる企業・組織にしていくために投資をしていく。経営目的達成・企業価値向上のために、自社は何へ投資すべきか、しっかりと要件整理をすることが重要である。
人材戦略を考える上で、①変化への対応・経営目標との連動(戦略人事)、②全従業員の活躍(脱優劣・自律人材)、③それらを推進する施策の検討(人事KPIの設定・推進)がポイントになる。
※「VUCA」とは、社会あるいはビジネスにおいて、不確実性が高く将来の予測が困難な状況であることを示す造語
タナベコンサルティング:本日のまとめ~人的資本経営に取り組むために~
昨今、人材の捉え方が人的資源から人的資本へシフトしている(人的資源:消費の視点で効率重視、人的資本:投資の視点で生産性重視)。人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、データを活用した人材マネジメントにより、その価値を最大限に引き出し、中長期的な企業価値向上につなげる経営の在り方である。
岩本教授の講義では、非財務資本となる人的資本をKPIとして捉え、そこから得られた利益をしっかりと見ていく考え方を学んだ(人的資本KPI)。指標となる項目として、ISO30414では11領域がある。まずはすぐに数値化できる指標からモニタリングし、自社のKPIを検証していくことがポイントとなる。
【図表】人的資本KPI
出所:岩本氏講演資料よりタナベコンサルティング作成
人的資本経営実践のポイントは、①事業戦略と連動した人事戦略の策定と一貫性(戦略人事、現場主導の人事)、②データを活用した人材マネジメント(人的資本KPIの設定、DX化)、③組織・個人の自律・多様性を実現する仕組みと風土づくり(意識改革、コミュニケーション、働きがい改革)の3つ。
人事戦略の手法として、①動的な人材ポートフォリオ(量×質による中長期視点のポートフォリオ設計)、②知・経験のダイバーシティー&インクルージョン(多様な人材の能力や価値観を事業成長に生かす)、③リスキル・学び直し(目標と現状のギャップを可視化、デジタル活用)、④エンゲージメント(自発的な意欲の醸成、組織・個人の自律)、⑤時間や場所に捉われない働き方(多様なワークスタイル、ハード・ソフト両面の整備)の5つがある。
日本オラクルは、「“人事”は部門にあり~人や組織の「自律」を促す人事の仕掛け~」をテーマに講演。事業(ビジネスモデル)の変革に対応するためには人材改革(人事改革)が不可欠とし、改革を進めている。「自律」をキーワードに、個人だけでなく組織、チーム・マネジャーの自律を連動させながら、社員の自律・エンゲージメント向上を図っている。HRの役割を変化させ(HRビジネスパートナー)、現場と人事をつなぐ取り組みを強化している。
日立ソリューションズは、「EX(従業員体験)の向上に舵を切った当社の取り組み」をテーマに講演。「働きやすさ」から「成長」「働きがい」へシフトする様子、ワークスタイル変革ソリューションの自社・クライアントへの展開を紹介いただいた。
全体として自律、挑戦を重視し、それが働きがいにつながるワンストップの仕組みとして施策を展開。現場のマネジャーを巻き込みながら展開する手法は日本オラクルと共通する点もあった。ジョブ・クラフティング、文化の醸成(心理的安全性を高める、「つながり」を感じられるコミュニケーション)を取り入れていたのも特徴的である。
人材マネジメントの考え方は「コスト」から「投資」へシフト。人的資本経営の実践においては、①事業戦略と連動した人事戦略との一貫性、②データを活用した人材マネジメント(DX)(※人的資本KPIはまずは数値化できる指標からモニタリングし自社のKPIを検証する)、③組織・個人の自律・多様性を実現する仕組みと風土づくり、の3つがポイントとなる。
「働き方」改革から「働きがい」改革へシフトしている。企業と個人は選び選ばれる関係、そして、共創へ発展。現場マネジャーが人事を考える視点と機会をつくる(増やす)ことがポイントになる。