日本版ジョブ型をベースに人事処遇制度を設計する上で、どの企業も共通して押さえるべき要素は4つある。(【図表1】)
【図表1】人事処遇制度設計における4つの構成要素
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
人事コンセプトの設計
人事コンセプトとは、人事処遇制度設計の軸となる考え方を示す。その基本的な構成は、⑴人事ポリシー、⑵人事制度ポリシー、⑶評価制度ポリシー、⑷賃金制度ポリシーの4つである。(【図表2】)
【図表2】 人事コンセプトの基本構成
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
ただしこれはあくまで一例であり、あまり細分化せずに人事制度ポリシーのみで考え方を示している企業もある。いずれにせよ、自社の現状の姿を示すのではなく、未来に向けて追求していきたい姿やあるべき姿が言語化されていることが重要なポイントとなる。
⑴人事ポリシー
人事ポリシーとは、人材や組織に対するこだわりや思い入れを明文化したものであり、企業と社員が共通認識として持つべき考え方が込められている。具体的には、会社として社員に約束したい姿を明文化する場合と、会社が社員に求める姿を明文化する場合が多い。
⑵人事処遇制度ポリシー
人事処遇制度ポリシーとは、人事ポリシーを踏まえた制度の基本的な設計思想をまとめたものである。人事処遇制度設計の判断基準となるため、経営層・人事・社員が対話を重ねて明文化していくことを推奨する。
⑶評価制度ポリシー
評価制度ポリシーとは、人事評価に対する基本的な考え方をまとめたものであり、どのような人が評価されるのかを明確に示す。ここでいう評価とは、単なる選別的な意味合いではなく、評価=成長実感と解釈するのがよい。
⑷賃金制度ポリシー
賃金制度ポリシーとは、賃金に対する基本的な考え方をまとめたものであり、どのような人にどう報いていくのかを明確に示したものである。賃金全体について定義する企業もあれば、月例給(生活給)と賞与(成果給)に切り分けて定義する企業もある。
等級制度の設計
⑴等級制度とは
等級制度とは能力(スキル)・職務(ジョブ)・役割(ミッション)を軸に、人材に求める姿や基準をランク分けする制度であり、ランクに応じた責任範囲の明確化や処遇を決定する根拠として用いられる。「グレード」や「バンド」なども同義である。
階層(一般職や管理職)やコース(職種)といった切り口から細分化して設計することで、より実態に近い形で運用ができる。
⑵等級と役職を連動させた人事フレーム
【図表3】は、等級と役職が連動する一般的な人事フレームである。等級と役職が必ず連動する方法や、ある役職が複数の等級にまたがるような形がある。
【図表3】等級・役職連動型の人事フレーム
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
⑶等級と役職を分離させた人事フレーム
また、近年は日本版ジョブ型の思想を反映させた「等級と役職を分離させた人事フレーム」の運用が見られるようになっているので、【図表4】に示しておきたい。
【図表4】等級と役職を分離させた人事フレーム
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
等級と役職を分離して運用する場合、等級の基準を業務遂行軸(能力・役割)や職務軸(ジョブ)と組み合わせて設計し、役職の基準を責任範囲ごとにそれぞれ定義する方法を推奨している。
分離運用のメリットとしては、新卒・キャリア含めて柔軟な人材配置が可能になる点が挙げられる。等級・役職連動型の人事フレームでは、役職を付与するために等級を無理に上げざるを得なかったり、役職に見合った責任を果たせていない場合でも降格・降職を反映しづらかったりするが、分離運用によってこれらの矛盾から解放されることとなる。このような場合は、等級軸の基準は満たしているため据え置き、役職軸の基準は下回っているため降職するなどの部分的な対応が可能になる。
デメリットとしては、等級と役職それぞれに明確な定義を要すること、等級と役職それぞれの観点より処遇を反映していくため、詳細な設計が必要となる点が挙げられる。
評価制度の設計
⑴評価制度とは
評価制度とは、一定期間における社員の働きぶりを評価するための制度全般を指し、評価制度の設計ロジックでその会社の人材育成や社員の成長支援に対する思想が分かるといわれるほど重要な意味を持つ制度である。
⑵評価制度の設計ポイント
日本版ジョブ型の評価制度では、階層や職種ごとに見るべき評価指標(評価項目と評価の着眼点)をアレンジしていくことがポイントとなる。また、評価指標以外の部分にも目を配り、一つ一つ意図を持って設計することが大切である。評価の結果を何に反映させるのか(昇給・昇格・昇進)、どのプロセスで評価を行っていくのか(自己評価・上司評価・人事委員会・役員会など)、年間を通した評価スケジュール(評価面談・目標設定面談・フィードバック面談)や運用のためのガイドブックなどは整備できているかも合わせて検討する必要がある。
評価指標については、vol.16で紹介した成績評価・能力評価・情意評価といったスタンダード評価やエンゲージメント評価に加えて、コンピテンシー(行動特性)評価や、職務や役割を明確にしたジョブ評価を組み合わせる。【図表5】はコンピテンシー評価の一例である。
【図表5】 コンピテンシー評価
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
⑶ジョブ型評価の設計ポイント
ジョブ型評価は、職務や役割を明確に定義した職務記述書(=ジョブディスクリプション)を根拠に、一定期間における成果(結果)を踏まえて評価するのが一般的である。成果が定性的な場合は達成基準を会社が指定し、成果が個別具体的であれば達成基準を自ら設定するMBO型の評価を用いることを推奨している。
【図表6】職務記述書に基づいたMBO型評価の例
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
賃金制度の設計
⑴賃金制度とは
賃金制度とは「社員の処遇(賃金)に関するルールを定めた制度全般」を指し、一般的には月給(生活給)と賞与(成果給)から構成される。評価によって月給や賞与額が変動することから、評価制度とも密接な結びつきがある。
賃金制度もまた、企業の考え方や思想が大きく反映される制度である。メンバーシップ型では年齢や勤続年数を重ねた人材に報いる形になるが、ジョブ型では担う職務や役割に対する実力(結果)に報いていくことになる。
⑵賃金制度の設計ポイント
日本版ジョブ型の賃金制度では、メンバーシップ型の要素とジョブ型の要素を組み合わせて賃金を分配するため、それぞれの配分(ウエイト)を決めることが第一ステップとなる。また、固定+変動のバランスについても検討を重ねる必要がある。
例えば、営業職などインセンティブ要素の強い職種は変動要素を大きくし、事務職など年間を通じた仕事量が一定の職種は固定要素を大きくするなど、職種の特性に応じたバランスを検討することが大切である。
ある程度の骨組みを設計した後は、基本給や各種手当の定義についても再検討を重ねていく。賃金の原則は「一手当一定義」であるため、現在支給している手当が明確な定義のもとに運用できているか必ず確認していただきたい。
⑶ジョブ型賃金の設計ポイント
ジョブ型賃金の設計に際しては、評価制度と同様に、職務記述書に記載の職務難度(ジョブサイズ)がどの程度の処遇(賃金レンジ)に相当するのか整理する必要がある。一例として、ジョブサイズをレベル分けし、それに応じて賃金を決定する方法がある(【図表7】)。ジョブサイズのレベル分けは、①専門性、②業務難度、③組織への貢献度を総合的に考慮して決定する方法を推奨する。
しかし、運用やメンテナンスの難度が各段に高まるため、導入する際は日本版ジョブ型の思想に基づき、一部の職種や階層から導入するなど、部分的な改革の可能性についても検討いただきたい。
【図表7】ジョブサイズを踏まえた賃金レンジ
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
「誰もが幸せに働ける会社を生涯かけて追求する」をポリシーに、組織・人事に関するプロフェッショナルとして多くのコンサルティングを展開。特に、経営者へのコーチングが高い評価を得ている。クライアントのステージに合わせた人事制度設計および組織開発を通して、エンゲージメント向上と売上倍増へと導いた実績多数。