人材育成の実施状況
人材マネジメントを行う上で、人材育成は欠かせない施策の一つである。企業においてその手法は「OJT」と「Off-JT」の大きく2つに分かれる。
OJTとはOn-the-Job Trainingの頭文字を取った略称であり、厚生労働省は「日常の業務に就きながら行われる教育訓練」と定義している。
一方でOff-JTとは、「通常の仕事を一時的に離れて行う教育訓練」を指し、OJTの対となる育成方法である。例えば、新人研修や管理職研修などを含む階層別研修、外部研修、オンライン研修、eラーニングなどが挙げられる。
この2つの手法は、どちらか一方を採用すればよいのではなく、組み合わせることにより効果を発揮する。実務を通じて業務の流れや手法を学ぶOJTと、体系的な知識が習得できるOff-JTを両輪で実行することで、人材育成を効果的に進めていくことが可能となるのだ。
その重要性を認識しながらも、人材育成が現場のOJT任せになっている企業は少なくない。厚生労働省の「能力開発基本調査(2023年度)」によると、Off-JTに費用を支出している企業の割合は49.2%にとどまっている(【図表1】)。前年度比では2.9ポイント上昇しているが、調査対象である約14万6千企業のうち約半数がOff-JTに投資していない状況が続いている。
【図表1】Off-JTに費用支出した企業割合の推移
出所:厚生労働省「能力開発基本調査」(2023年度)
また、日本企業がOff-JTに充てている費用(能力開発費)の状況を「GDP(国内総生産)に占める企業の能力開発費の割合」として海外と比較すると、日本は米国の20分の1にも満たず、諸国と比べても突出して低い(【図表2】)。これは人材力の向上が他国と比較して進んでいないということであり、企業の競争力低下にもつながる極めて危機的な状況だと言える。
【図表2】GDPに占める企業の能力開発費の割合の国際比較
出典:厚生労働省「労働経済の分析」(2018年度)
人材育成が進まない主な要因
企業経営には「人材」が重要であると分かっていても、実態として日本の人材育成は思うように進んでいない。この問題の根本には何があるのだろうか。考えられる要因を3点挙げていきたい。
(1)人材育成を経営戦略の一環として捉え切れていない
多くの企業が経営戦略に基づいた事業計画を毎年策定するが、人材育成の計画を明文化している企業はごくわずかである。【図表3】は厚生労働省が発表している「事業内職業能力開発計画の作成状況」であり、いずれの事業所においても計画を作成していない企業は77.2%にも上る。
【図表3】事業内職業能力開発計画の作成状況
出所:厚生労働省「能力開発基本調査」(2023年度)
人材育成に強く関心を持っていても、実施すべき行動が具体的に計画へと落とし込まれていなければ成果を上げること(=人材力の強化)は困難であろう。たとえ計画があったとしても、人事部のみで作成すると事業戦略との連動性が弱くなり、効果的な教育にはつながりにくい。
人材育成は経営戦略の一環であると捉え、全社の取り組みとして各部門の実態を踏まえた「方針・計画」へと落とし込み、予算化することが重要である。この「予算化」も重要なポイントであり、「この研修にはいくらのコストがかかる」ではなく、「今年の教育費にはいくらの投資をしよう。そのためにはこの研修を受けてもらおう」といった逆転の発想が人材育成への取り組みを加速化させる。
(2)「働き方の変化」に合わせた教育環境が整備されていない
新型コロナウイルス感染症の拡大により、多くの企業が半ば強制的にリモートワークの導入を余儀なくされた。人材育成の面では、コロナ禍で一時的に全ての研修がストップしてしまった企業や、いまだにコロナ前と同様の研修を実施できていない企業も多い。
「多様な働き方」や「ワークライフバランス」への関心が高まる中で、より効率的な研修の実施も求められている。集合研修をただ単にオンライン化するだけでなく、より効果的・効率的に学ぶことができるカリキュラムを検討することが必要不可欠である。
(3)社員が教育を「企業主体のもの」と捉えている
日本企業ではこれまで終身雇用・年功序列が一般的であり、役職や勤続年数などの階層ごとに必要な知識・スキルを習得する「階層別研修」が広く実施されてきた。階層別研修は組織全体の「底上げ」を目的としており、社員一人一人に自分の役割を認識させることで会社が期待する活躍へつなげたり、同じ階層同士の社員のコミュニケーション機会をつくることで組織を活性化したりすることが可能である。
研修は大きなメリットがある一方、会社の定めるタイミングに実施され、同階層で同じ内容の研修を受けるなどいかにも「受動的」な仕組みとも言える。階層別研修が根付いている企業では、「研修は会社が用意してくれるもの」という意識が強くなる。すると、受講する社員から「こういった研修が受けたい」という自発的な声が上がりにくくなったり、研修を「受けさせられている」と感じる社員が出てきたりする懸念がある。
もしもこういった風潮が見受けられるようであれば、「選抜研修」や「選択式研修」などの導入により、社員の自発性を引き上げる研修メニューを検討することも視野に入れていただきたい。
2018年、タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社。人事制度や教育制度の構築支援、セミナー講師・運営など、人材育成の現場に幅広く携わる。階層別・テーマ別の教育カリキュラム策定から企業内講師育成・研修運用までを支援し、中堅・中小企業の人材育成内製化を実現した経験を多数持つ。人材育成研究会のサブリーダーを務め、「業績に直結する教育の効果的な運用」を研究中。