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旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
その他 2017.02.28

Vol.18 何が街をつくるのか:釧ちゃん食堂

 

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2016年2月にオープンした「釧ちゃん食堂」は釧路港に直結。観光客はまだそう多くなく、港で働く人々や地元民がこぞって訪れる“隠れた名店”だ。晩秋に訪れた際には、それは見事なサンマの刺し身に出合えた
「釧ちゃん食堂」
〒085-0024 北海道釧路市浜町3-18
TEL:0154-25-1117
営業時間:7~15時
定休日:日祝

 

 

朝飲みできる店

前置きとして、まず2つの話をつづります。
1つ目の話。私は今、個人的に興味を持っている分野があります。それは「朝飲みできる店」。朝一番からのれんを掲げ、ビールや日本酒を1杯やれる飲食店です。
「だらしない」と思われるかもしれませんが、このような朝飲みの店というのは、全国を探すと結構あるのです。そしてさらに言うと、朝飲みの1軒で楽しんでいるのは、夜勤明けや休日の人たちばかりではない。また朝酒で、ぐでんぐでんになるのを良しとする人とも限らないのです。
見るからに仕立てのいいスーツをまとったビジネスマンや、凛とした装いのビジネスウーマンが、そうした朝飲みの店で軽く1杯やって颯爽と去っていく。そんな光景をしばしば見掛けます。
どういうことか。出張なり旅行なり、地方を訪れた場面の「最後の飲食店」として、朝飲みの1軒を選び、その地での食事を締めくくっているわけです。朝酒というのは、禁断の1杯と言ってもいい。ちょっと後ろめたい感じが、また楽しいのです。そしてその1杯に地物の肴を合わせて、くいっとやる。これ、なかなかに惹かれる選択です。
そのようなお店は東京だけでなく、大阪にも福岡にも札幌にもあります。つい先日は、愛媛県の創業100年を超える老舗で、朝早くから鯛めしとビールを満喫してきました。
一方で、北陸のある地方都市で乗ったタクシーの運転手さんが「せっかく海産物に恵まれた街なのに、旅の終わりの朝に飲めるいい店がほとんどないんですよね」と語るのも聞きました。乗客から尋ねられても案内することができず、困っているという話です。
朝飲みの店というのは、旅慣れた人を振り向かせる魅力にあふれている、そういう存在だと私は思います。

 

 

自前主義で街を元気にする

2つ目の話をしましょう。これは地域おこしに力を注いでいる、気鋭の企業経営者から聞いた苦言です。
彼は「地域おこしに携わるコンサルタントの質に大きなばらつきがあるのが悩み」だと言います。それはどういうことか。
「地域おこしのアイデアをしっかりと出せるコンサルタントがいる半面、企画はそっちのけで『助成金を分捕る手法だけに長けたプロ』もまた多い」と言うのです。
地域おこしというのは、助成金や補助金が下りてくるから何かやろう、という発想では立ち行かないですよね。そういうところからのスタートで、せっかくのお金を生かせないケースを、私自身、いくつも目にしてきています。
行政などからのお金を当てにせず、自前のアイデアを自前のお金で形にする方が、(たとえ、かけられる資金が乏しくとも)街を元気にし、外からの人々を吸引していきます。その結果、地元の人の喜びを生み出すと言っていいかもしれません。
念のため断っておくと、私は助成金を全否定する立場ではありません。初めにアイデアありきで、それをモノにする過程で助成金を活用するケースであれば、成功の確率は高まると考えていますし、実際、そうやって成果を上げた事例も少なからずあることは付記しておきましょう。
ただ、その場合でも、発想の突端はあくまで自前であることが必須条件であるはずです。

 

 

釧路の「釧ちゃん食堂」

さて、ここからが話の本番です。
2016年の晩秋、私は北海道の釧路に出張する機会に恵まれました。
仕事を終え、翌日は昼の便で帰京。となれば、もちろん、朝は朝飲みの店探しです。
こういうときは、地元の人にヒントをもらうのが得策ですね。仕事先の人たちと飲んだ夜、周りにいた全員が「それなら『釧(せん)ちゃん食堂』だ」と一斉に勧めてきました。
この食堂、2016年に市街地から少し離れた港の市場のすぐ脇にできたばかりなのだそう。営業は朝7時から。観光客のほとんどは、まだその存在に気付いていないらしい。一方、釧路に住む人はオープン直後からこの店のおいしさを知り、すでに人気は絶大とも聞きました。

 

 

地酒が進む料理

のれんをくぐると、おばちゃんたちが快活に立ち働いています。海鮮丼もあるのですが、店の目玉はどうやら旬の刺し身や焼き魚のようです。
釧ちゃん食堂、肝心の料理はどうだったか。
もう、びっくりでした。まず、サンマの刺し身。たっぷり盛られた1皿が700円。
驚いたのはその安さではなく、味の方でした。陶酔してしまうほどの旨(うま)さだったのです。最初の一口から得られる印象は、何というか、おしとやかなのです。そして、そのうち奥底から艶(なま)めかしさを漂わせてくる。たまらず地酒を頼んでしまいました。私は20代の頃から食にまつわる仕事を続けてきたので、いい刺し身にはそれ相応に出合ってきた自負はありますが、いや、このサンマの刺し身はすごかった。余韻がずっと残る、そんな1皿でした。
そして、タラの三平汁。これは定食に付いてくる椀(わん)ですが、肝の味の深さに気持ちが持っていかれました。タラの柔らかな肝がふんわりと汁に浮かんでいます。思いの外、上品な味わいなのに、じわじわと肝のうまみが押し寄せてきます。ああ、これは地酒が進む椀だなあ。
私は、この食堂に必ず再訪すると誓いました。釧路出張がなくても、札幌に用事があった時など、レンタカーを駆ってでも行きたい。
この釧ちゃん食堂は、地元の水産加工会社である笹谷(ささ や)商店が開いたのだそうです。食堂の一角では、加工品が売られていました。ここの塩辛を買って帰ったのですが、コク味がすさまじい。イカの塩辛といえば函館が有名ですが、案内してくれた人によれば、釧路で揚がったイカをすぐさま調理するこの会社の塩辛は、函館で名を成す塩辛屋の親方も一目置くほどだと聞きました。

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「釧ちゃん食堂」の定食、丼、そして刺し身に使われる魚介は、他ではちょっとお目にかかれないような充実度。地元の水産加工会社が直営する店ならでは

 

 

1皿のために

釧路といえば、JR釧路駅前にある「和商市場(わしょういちば)」の「勝手丼」が有名です。丼に盛ったご飯をまず購入し、市場内の店で好きな魚介を望むだけのせてもらうという仕組みの丼です。
とても楽しい仕掛けですし、旬の魚介を少しずつ、しかも好きなだけ選べるというプロセスも、旅人にとっては魅力的なのでしょう。ただし、この仕組み、油断すると2000円を優に超えてしまいます。釧路の人に言わせると、「釧ちゃん食堂は、和商市場よりも安く、しかも魚の質はとびきり」とのこと。だから釧ちゃん食堂には、地元の人たちが足しげく通うのでしょうね。
ここで、あらためて感じたことがあります。まず、人は「目当ての1皿のためなら、時に遠出を厭(いと)わない」という点。山形県の村山の蕎麦(そば)、あるいは福井県や兵庫県のズワイガニなどがそうです。私には、釧ちゃん食堂の刺し身やお椀もそれと通じる話に思えました。
そしてもう1つ。人は「旅の中で“原石”を見つけたくなる」という点。すでに知られた存在ではなく、自分の目と耳と足で発見したという実感を得たいはずです。そういう意味でも釧ちゃん食堂は、旅人の心をくすぐると言えます。
地場の水産加工会社が開いた、ただ1軒の食堂の話です。地域おこしなどという大それた意図やもくろみは、もしかしたらそこにはないかもしれません。
でも私は、そんな店から街を元気にする大きなヒントを得られたという気持ちでいっぱいになりました。

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釧路といえば「勝手丼」の発祥として知られる「釧路和商市場」が有名。小分けになった刺し身を好きなだけ購入して、ご飯の上にのせられる。楽しい仕組みではあるが、欲張りすぎると値段は2000円を超える

 

 

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。