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コラム
有識者連載
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コラム 2024.11.01

Vol.107 逆風のもとで動けること 北村 森


松本商店「室町呉袋」
生地の裁断箇所によって柄の入り方が異なるため、どの商品も一点もの

 

伝統産業の厳しさ

全国各地を巡っていると、それぞれの地域に長年根付いてきた伝統的産業が、現在厳しい状況にさらされていることに気付きます。

木工、金属加工、その他にも数々ありますね。ただ、そうした産業に携わる人たちが手をこまぬいているわけではなくて、それまでの技術を生かして新たな商品開発に挑む事例も多く見られます。

とはいえ、これがまた難しい。「今の時代に合わせた商品づくり」と、言葉にすれば簡単ですが、なかなか答えを導けないものです。伝統産業の技術を、現代のライフスタイルに無理やり窮屈に押し込めたような商品に出合うケースも少なくありません。展示会などで見かけるたびに、きっと相当に苦しんでいらっしゃるのだろうなと想像します。ですから、そうした必死の取り組みを私のような第三者が頭から否定する気にはなれません。

どうすれば、何らかの活路を見いだせるのか。私なりに考えてみますと、1つ目は「その伝統産業の持ち味をあらためて見直すこと」。2つ目は「その持ち味を損なわない商品開発の方策を探ること」。3つ目は「無理やりにではなく、今のライフスタイルに自然と入り込める商品の形を模索すること」。この3つが大事なのではないかと思います。

「第三者だから、そんな無責任な言葉を発せられるのでは」と感じられるかもしれませんね。確かにその指摘は甘んじて受け止めます。

ただ、私が先に挙げたような3つのポイントを見事にクリアした商品事例に、先日出合えました。今回はそれがどんなものなのかをお伝えしていきたいと思います。

1970年代から市場縮小

どんな業界の事例なのか。それは和服です。今でも成人式、あるいは冠婚葬祭の場面で和服は存在感を示しているとはいえ、1970年代から市場規模は年々縮小傾向にあります。

東京都港区の松本商店は、法人向けに繊維商品の企画やデザインを手掛ける中小企業です。代表の松本俊一氏は大手寝具メーカー勤務を経て、2015年に同社を設立しています。スタッフ数はわずか5人ですが、この松本商店が2020年に発売した「室町呉袋」と名付けたバッグが業界内外で注目を集め続けています。

どんな商品なのか、順に説明しましょう。松本氏は同社を設立した直後、前職時代から親交のあった京都の呉服商に会う機会を得ました。話を聞くうち、先述した和服業界の厳しい状況をあらためて理解しました。

松本氏は言います。「和服市場のピークは1971年ごろで、その後は年々下落して、それが止まらない状況だと聞きました」。話をしてくれたのは京都・室町通にある呉服商だったそうですが、蔵の中には行き場を失いつつある反物がずっと眠ったままだそうです。丁寧に保管していても、どうしても色があせかけたり、小さな傷が付いたりしてしまいます。

松本商店の主な事業は繊維商品の企画であり、設立以来、京都の和服関係者に小ロットでの染色を依頼するなどを通して、良好な関係を築いていました。それだけに、業界が厳しい状況にさらされている現実を見過ごして良いのかという強い思いが生まれていったそうです。

だったらどうするか。松本氏は、商品の企画・デザインを手掛ける立場から考えに考え抜きます。

大事なのは「すんなり」

松本氏が発案したのは、トートバッグの製造でした。蔵に眠っている反物を使って、それを作ってしまおうという話です。

なぜトートバッグだったのか。もちろんそこには必然性がありました。まず、色あせたり傷があったりして和服に仕立てるには難のある反物でも、トートバッグであれば商品として成立する。確かにそうですね。日常使いするアイテムなわけですから、色あせなどをちゃんと説明した上での商品であれば、購入者がそこにクレームをつける可能性は限りなく低くなります。

次に、トートバッグなら、今のライフスタイルにすんなりと収まる商品であること。私はこの点が見事だったと感じています。そのサイズが絶妙なのです。特に、ノートパソコンをちょうどきれいに携えられる形状なのは面白いところでしょう。本来なら女性がまとう和服を想定して作られた反物であっても、トートバッグになると、使い手を選ばないデザインになっているという点がまた興味深い。

それともう1つ、眠っていた反物を素材に用いる、いわば逆手にとる戦術を松本氏は採用しています。「室町呉袋」には、1つ1つタグが付いているのですが、そこには「呉袋は一点ものでございます」と記されています。

同じ反物から切り出してトートバッグに仕立てても、柄の位置が微妙に異なりますから、まさに一点ものと表現できます。こういう部分もまた絶妙ですね。

当初目標の3倍で推移

こうして松本氏は京都の呉服商と連携しながら、行き場のない反物や、規格外となってしまった反物を用いて「室町呉袋」を世に送り出します。それが先にお伝えした通り、2020年のことでした。

コロナ禍に入ったタイミングでの発売だったので不安も大きかったに違いありません。それでも、このトートバッグは、松本商店によるネット通販のほか、商業施設などからポップアップ(期間限定の販売)にも多く招かれ、松本氏によると「当初目標の3倍ほどで販売は推移している」とのことです。これは予想以上の反響とも言えるのではないでしょうか。

松本氏に尋ねました。このトートバッグをひと言で表現するなら?

「周りから話しかけられるバッグ、でしょう」(松本氏)

ああ、そうですね。人が振り向くトートバッグと言い表すこともできそうです。私のような和服の素人が見ても、「これって、相当に立派な反物だったのでは」と思わせる素材も使われていますから。

この「室町呉袋」、価格設定がまた面白い。安いものはミニショルダーバッグで2530円(税込み)、高いものはトートバッグで1万円を超えます。つまり、反物によって値段は変わるという話ですね。私が取材時に目にして、やけに引かれたトートバッグは1万780円(税込み)しました。松本氏に聞くと「京鹿の子絞りです」とのこと。もう見るからに美しい。「これほどのものが行き場をなくしかけていたなんて」とも思わせます。

松本商店と呉服商が手を携えたこの取り組み、業界全体から見ると小さなものかもしれません。しかし、和服素材の価値をあらためて世に知らしめる意義、そして無駄になっていたかもしれない職人仕事をちゃんと生かせたという意味において、大きな話であると私は思います。

PROFILE
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北村 森
MORI KITAMURA
1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。