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コラム
有識者連載
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コラム 2024.08.01

Vol.105 新規事業は課題解決のため 北村 森

 

あざみ大岩本店「肉中華」

生そうめん作りを通して培った滝川氏の技術を生かし誕生した中華そば。連日完売状態になるほどの人気店だ

 

 

コロナ後こそ本当の危機

 

新型コロナウイルス感染症が5類移行となって1年以上がたち、人の移動に制約がなくなり、インバウンド(訪日外国人旅行)も完全復活基調です。

 

こうなれば各地で観光業に携わるみなさんはもう安心かといえば、必ずしもそうではありません。物価高だけが問題とも言い切れないでしょう。観光地の中でも、来訪者が復調したところ、そうでないところと、明暗が分かれている印象があります。

 

これは何も想定外の話ではなくて、コロナ禍の真っ只中だった状況下で、すでに予測していた業界関係者がいました。ある地域の観光協会の幹部が「地域の観光事業が本当の危機に見舞われるのはコロナ禍後だ」と話していたのが思い出されます。それは、コロナ禍が一段落して人が自由に動けるようになったら、一部の人気観光地に人が集中して、地味な地域はむしろ厳しい状況に直面するといった内容です。そして実際に、その予測は当たりました。

 

今回取り上げるのは、まさにそうした危機感を抱いた、小さな観光地の話です。順を追ってお伝えしていきましょう。

 

 

夏だけが繁忙期だった

 

北陸の富山に大岩山日石寺という古寺があります。JR富山駅からクルマで小一時間かかる山麓に位置する、滝行で知られる寺です。山門の前や参道には、昔から宿や飲食店があって、寺を散策する観光客を迎え入れてきました。

 

ただし、宿や飲食店を営む経営者たちには長年の悩みがありました。この大岩地区の名物はそうめんです。きれいな水が豊かな地ですから、いつしかそうめんを提供するようになり、訪れる人もまた、このそうめんを1つの目当てにしてきました。

 

ただし、観光客が多く訪れるのは暑い夏の間くらいでした。特に寒い冬の時季になると、人の気配がしないほどに寂しい状態になってしまう。

 

かつてはこの地に7軒あった宿や飲食店は、徐々に営業を諦めるところが出てきて、数年前、ついにその数は往時の半数を切ってしまったそうです。明治期から日石寺の山門前で営まれてきた木造3階建ての旅館「だんごや」の6代目、滝川哲平氏は、このままではいけないと立ち上がりました。

 

何をしたのか。だんごやでもそうめんを提供していたのですが、乾麺を仕入れてゆでるだけでなく、自ら手製のそうめんを作って提供しようと判断しました。試行錯誤の末に手製の生そうめんは完成し、その食感や味わいから、まずまずの反響を得られたと言います。

 

それでも、「問題の根本的な解決にはなっていないんです」と滝川氏は振り返ります。

 

そうですね、いくらおいしい生そうめんでも、人気を呼ぶのはやはり夏の時季でしょうから、厳寒期に観光客を少しでも呼び込むという目標に向けた動きとしては弱い。

 

そうこうするうち、さらに厳しい状況に見舞われました。参道の入り口という目立つ位置にあったそうめん屋が閉業となったのです。

 

この店は滝川氏の親戚が営んでいたそうめん屋でした。ここが店を閉じた状況のままですと、参道周辺はますます寂しくなります。

 

ここで滝川氏は決意を固めました。閉店した店舗を借りて、ここで新たに中華そば屋を開業しようという判断でした。

 

 

のれんを新たに掲げる

 

滝川氏にとって中華そばは初めての挑戦でしたし、そもそもこの大岩地区は先に触れた通り、そうめんが名物です。どうしてまた、わざわざ中華そばなのか。それにこの立地は市街地から遠く離れているので、ふらりと顧客が立ち寄れるといった環境には全くありません。滝川氏は言います。

 

「理由はいくつもありました。まず、生そうめん作りを通して培った技術をそのまま生かせることです」

 

なるほど。突飛なように見えて、そこにはちゃんと相応の背景があったのですね。

 

「もう1つは、中華そばなら寒い冬でもお客の興味を引けるという計算です」(滝川氏)

 

これも分かりますね。熱い中華そばなら、季節はほぼ関係なくなります。

 

でも、こんな遠い場所まで、人は来てくれるのか、そこへの不安はなかったのでしょうか。

 

「確かに周囲からは『こんな場所で中華そばなんて』と成功を危ぶむ声が多く挙がりました」と滝川氏。それでも「店が閉じたままではいけない。とにかくここにのれんを新たに掲げなければ」という一心だったそうです。

 

そして「遠方から来てくれるのだから、せめてたっぷり召し上がってもらいたい」との純粋な思いで、麺もチャーシューも丼を覆い尽くすほどのボリューム感ある中華そばとしました。

 

どんな中華そばが完成したのか、少しご説明しましょう。看板メニューは1150円(税込み)の「肉中華」です。確かに麺の量が半端ないので最初は驚かされますが、ひらひらと舞うような平打ち麺であり、思いの外、するするとお腹に収まってゆきます。こんなにもたくさんのチャーシューですが、最後には名残惜しくなる味わい。そしてスープはおだやかな風味で、飲み飽きない仕上がりです。運ばれてきた丼の姿は強烈ですけれど、口にするとどこまでも優しい、そんな中華そばといった食後感です。

 

 

「連日完売」の実力店に

 

店名は「あざみ大岩本店」。2023年12月、つまり観光客がまばらな超閑散期の開業でしたが、インターネットでの発信をほぼしていなかったにもかかわらず、口コミで人気に火が付き、平日でも開店前から毎日のように行列ができています。

 

取材のために複数回こちらを訪れていますが、つわものの中華そばマニアと想像できそうな顧客だけでなく、若い人からシニアまで偏りなく、文字通りあらゆる人たちが並んでいるのが印象的でした。多くの客層の心をつかむ一杯になっていることの証しです。具がこぼれそうな見た目のインパクトはネットで映えそうですが、それは滝川氏の狙いでは必ずしもなかった(純粋にたっぷり食べてほしかった)というところがまた興味深い点です。

 

中華そばの人気店は、もう枚挙にいとまがないほど各地に存在しますし、日々、新店がどんどん登場しています。そうした中、なぜあざみ大岩本店が、不便な立地にありながら、たちまち人気店となり得たのか。

 

それは、そこに必然性があったからであり、さらに言えば、その必然性を消費者が敏感に感じ取ったからでしょう。私はそう確信しています。困難を抱える地域の一人の経営者が、自らが持つ技術をちゃんと生かして、しかもなぜこの店を開くかをきちんと自問した。だからこそ、人は振り向いたのです。中華そば人気を単に当て込んだ、付け焼き刃のような発想でないところが大事なのです。

 

PROFILE
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北村 森
Mori Kitamura
1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。
製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。
日本経済新聞社やANAとの協業のほか、経済産業省や特許庁などの委員を歴任。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)、秋田大学客員教授。