その他 2018.03.30

vol.31 人ごとだった「会見主」を動かしたひと言

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2018年4月号

場を変えた質問

夜7時過ぎに始まった会見はダラダラと続き、8時20分になったところで膠着状態。さすがに業を煮やしたのか、立ち会った弁護士が「9時になると会場の電気が落ちます。恐縮ですがあと20分で終わらせるようご協力をお願いします」と割って入り、会見のエンディングへ導こうとした、その瞬間でした。

弁護士の後方から、実に通りの良い、穏やかな「記者らしからぬ声」が響き渡りました。会見に臨んだ3人と、記者席の全員が一斉に声の方向へ視線を送ります。

「ん? 聞き覚えのある声だ」と思いながらパソコン画面に顔を寄せると、「文化放送の吉田と申しますが」。

「えー! やっぱりそうか! 文化放送時代の後輩、吉田涙子だ」。私が同じラジオ局に勤務していた当時は、まだ新米アナウンサーだった彼女です。ここまで、すでにさまざまな記者、リポーターが社長の不誠実ぶりを指摘し、時に声を荒らげて責め立てたというのに、社長は上手に、まるで人ごとのようにはぐらかし続けていました。

満を持した吉田アナの問い掛けは、それまでのものとは明確に違っていました。「詰問」ではなく「お願い」だったのです。

吉田アナ 「あのー、会見の中では、何度かお詫びの言葉をいただきましたが、いま、カメラの向こう、マイクの向こうには、残念ながら晴れ着を着ることのできなかった方が、今日の会見を待っていらしたと思うんです。で、先ほど、お詫びが個別には難しいというお話を伺いまして、あらためてになるんですが、ペーパーなどを読まずに、マイクと、カメラの向こうにいる晴れ着を着られなかった方々に向かって、ひと言お願いします」

被害に遭った女性たちの置かれた立場、いま現在の心境をまるで目に浮かぶような描写力で伝える力。丁重な物言いが社長の心にグサリと刺さり、その感情を揺さぶったのは2時間近い会見で、初めてのことでした。

「私は……」社長は何度も沈黙し、顔をゆがめ、絞り出すように語り始めました。「非常に……」(「バシャバシャとカメラの連写音で聞き取れない)

「大変……申し訳なく……」

「晴れ着を……着られない……方たちに……」(連写音)

「お客さまが……着るはずだった……」(連写音)

「お手元に……」(連写音)

「……それが、私の……精いっぱいのできることではないかと……」(連写音鳴りやまず)

最後の最後、これがこの日の会見の、最大のハイライトでした。強い口調で責め立てるのでなく、丁寧に語り掛ける。思わぬところで「プロのすご技」を堪能できました。
記者会見には、いろいろな発見がありそうですね。


筆者プロフィール
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梶原 しげる (かじわら ?しげる)

早稲田大学卒業後、文化放送に入社。20年のアナウンサー経験を経て、1992年からフリーとしてテレビ・ラジオ番組の司会を中心に活躍。49歳で東京成徳大学大学院心理学研究科に進学、心理学修士号取得。東京成徳大学経営学部講師(口頭表現トレーニング)、日本語検定審議委員も務める。

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