vol.31 人ごとだった「会見主」を動かしたひと言
2018年4月号
世間を騒がせたあの会見で
2018年1月8日、成人の日。一生に一度しかないハレの日を台無しにした人物が話題となりました。成人式に振り袖で参加しようとした女性が、着付け会場に行って初めて「晴れ着を着られない!」という非常事態を知らされた、という事件です。この、晴れ着販売や着付けを行う「はれのひ」の社長は、まさにハレの日の直前に姿を隠し、3週間以上たった1月26日夜7時、やっと記者会見場に姿を現しました。
金曜夜に行われる会見は、平日昼の会見に比べると、テレビが生で報じることが少ないものです。さらに土日を挟み、月曜日になると世間はそれほど気にしなくなるという、「注目されたくない人」にとっては「ここしかない」という狙いどころでもありました。
しかし、ここ数年、「AbemaTV」をはじめとするネット動画メディアが大活躍し、曜日に関係なく生中継する時代になりました。金曜夜の記者会見は、ネット視聴者にとってはゴールデンタイムだともいえます。被害に遭ったのはまさにネット世代の人たちですから、思った以上の反響があったようです。
定刻を過ぎ、100人ほどの報道陣が待ち受ける中、前後を破産申立代理人の弁護士に守られるように「彼」が登場しました。憔悴し切った哀れな姿を見せるかと思いきや、キチンとした身なりで顔色も悪そうには見えません。まるでリハーサル済みかのように「司会による会見次第説明」「弁護士の事件概要説明」がスライド入りで進みます。そして、場内の興奮を収めたタイミングを計って司会の女性が歌い上げるように告げるのです。
「では、お待たせしました!いよいよ、本人より経緯のご報告です」
うっかり拍手する人が出てきそうな、期待感を盛り上げるような上手な紹介ぶりです。社長はテーブルに用意した原稿を“ガン見”しつつ話し始めました。
「えー、このたびはご迷惑とご心配をお掛けし」と、「ご迷惑」に「ご心配」をワンセットにした謝罪定番コメントで始めたではありませんか! こういうマニュアルチックなせりふは、自分で考えていない感を露骨ににじませます。会見観察人として数多くのお詫びシーンを見てきた私からすると、この定番セットコメントで始める人に謝罪意識はほぼない、と断言できます。詫び先(被害に遭ったお嬢さんや親御さん)は「迷惑」この上ない、と怒り心頭に発しているのは事実ですが、「ご心配」の意図がよく分かりません。
「私たちが、あんなアホ社長を心配するわけがない。被害者で、私の成人式はどうなっちゃうんだろうと心配な人だっているから、ご心配でいいんじゃないの?」
そうでしょうか?「支払ったお金は返ってくるだろうか? 心配だ」「一生に一度の『ハレの日の思い出』が返ってくるかどうか、心配だ」。少なくともこの2つを、彼女たちは心配する余裕さえない残酷な現実があるのです。“ハレの日”を台無しにしたまま、20日近く雲隠れした揚げ句の果ての謝罪会見で口にしたのが、どこかの誰かが適当に考えた「決まり文句」ではあまりにも人ごとすぎます。
会見に臨んだ記者たちの責め手は、おおむね2つに分かれました。1つ目は「ハレの日を台無しにされた娘さんと親御さんの気持ちを考えたのか? あなたの娘が同じことをされたらあなたはどう思う?」という「情に絡めるタイプ」。これに対する社長の答えは「謝っても、謝り切れないことをしてしまったなあという感じで、なので、謝り切れないって感じ」。一本槍です。
もう1つは、「サービスを提供できない経営状況だと知りながら、当日を迎えたのではないか?」「損害賠償能力はどこまであるのか?」など、「論理的に詰めるタイプ」。これには「弁護士さんにいろいろ言われ、考えなくてはいけないなあという感じ」。何を言っても、人ごとなのです。
極め付きは、「社名を『はれのひ』と付けた思いはなんだったんですか?」と「志」の根本を突いた質問に「ハレの日とは祭りの日をいい、普段の日常を褻というんですがね」と講釈をタレ始めた場面でした。