NYタイムズスクエアの象徴的な光景。筆者はコロナ禍明け7年ぶりの訪問だったが、変わらずのにぎわいをみせていた
NYとLAで見た「現実」と「機会」
2025年7月、タナベコンサルティングのグローバルチームは、米・ニューヨーク(NY)とロサンゼルス(LA)を視察した。この視察の主な目的は、トランプ政権下で流動的な動きを見せる米国経済とビジネス環境の「今」を肌で感じ、変化の激しいマクロ経済の動向を直接把握することにあった。
加えて、既存パートナーとの連携を強化し、新たなパートナー候補との関係を構築することで、日本企業の米国事業展開をより深く、そして実戦的に支援するための知見を得ることにあった。
現地では、多様なセクターの現地企業や専門家、そして日系事業会社の皆様と直接対話し、活気あるビジネス環境の「現実」と「機会」を深く理解できた。
米国経済は依然としてその底堅さを保ち、堅調に推移している。2025年もこの傾向は続くと予測され、世界経済の不確実性が高まる中でも、米国市場は日本企業にとって魅力的な投資先であり続けるだろう。
サプライチェーン再編や地政学リスクの高まりを受け、米国国内での生産・市場開拓の重要性が一層増している。
本稿では、今回の視察で得られた具体的な対話から、日本企業が米国市場で成功するためのヒントをお届けする。ネット情報からだけでは見えてこない、現地の「生の声」から得た示唆が、皆さまの米国戦略の一助となれば幸いである。
日本企業が米国市場で直面する「現実」と「課題」
米国市場への進出は大きなポテンシャルを秘めている一方で、日本企業が直面する固有の課題も少なくない。私は今回の視察で、多くの企業から次のような声を聞いた。
(1) 高騰する事業運営コストと人材確保の難しさ
米国での事業立ち上げには、想像以上の初期投資が求められる。特に人件費は非常に高く、「米国での営業代行には、日本の副社長レベルの給料がかかる」と指摘されるほどだ。
また、健康保険料などの福利厚生費も高く、人件費が事業運営コストの大きな割合を占める現実がある。
さらに、日本で求められる「ゼネラリスト」ではなく、各分野の「スペシャリスト」採用が重視される米国市場では、優秀な人材の確保そのものが困難であり、高水準の給与を提示する必要がある。
(2) 文化・商習慣の違いと「提案力」の不足
現地の専門家は、「日本の企業は『下請け』のような意識を持つことがあるが、米国では全てにおいて対等なパートナーシップが求められる」と指摘する。
日本企業が受動的で「何を作ってほしいか言ってくれれば作る」という姿勢を見せがちな一方、中国や韓国などの企業は自ら顧客ニーズを見抜き、積極的に提案する「提案力」に優れているという意見も聞かれた。
(3) 市場規模への認識不足と初期投資へのためらい
日本企業は米国市場の巨大な規模を十分に認識しておらず、それに伴う初期投資をためらう傾向が見られる。これが、競合(中国、韓国など他国の企業)に市場を奪われる要因となるケースも少なくない。
(4) 政策変動への対応の難しさ
米国経済は堅実な推移を見せながらも、現政権の関税政策のような政策動向は、個別企業に大きな影響を与える可能性がある。自動車関連の日系企業がメキシコへの進出計画をリスケジュール(縮小や様子見)するなどのケースも出ている。
南カリフォルニア、LAの高層ビル群。NYを含む東海岸の人口は、LAを含む西海岸の2倍程度だが、日本市場・日系コミュニティは西海岸の方が多いとされる
「現場力」と「総合力」で課題を突破
前述した課題に直面する中で、日本企業が米国市場で成功を収めるためには、単なる情報収集にとどまらない「現場力」と、多角的な支援を提供する「総合力」を持つ現地パートナーとの連携が不可欠である。
今回の視察では、さまざまな分野の現地パートナーが、これらの課題に対する具体的なソリューションを提供していることを確認し、連携を深めることができた。次に、現地で得た洞察を何点か共有する。
(1) 包括的な進出支援
タナベコンサルティンググループ(以降、TCG)の米国進出支援パートナー企業は、「米国で売る」ためのトータルサービスを提供している。市場調査からブランディング、Eコマース、法人設立・運営サポートまで一貫して支援し、特に「1から10」のフェーズで実務的なバックオフィス、現地交渉、マーケティングをカバーする「現場力」が強みだ。
また、別の進出支援企業は、食品関連の企業を支援する際、大規模ディストリビューターへのアプローチ以前に、まずはレストランなどへの「足を使った営業」で実績を積み上げる重要性を強調しており、このような地道な販路獲得支援も行っている。
(2) デジタルマーケティングと販路開拓
TCGのデジタルマーケティング支援パートナー企業は、円安の進行で米国市場進出ニーズが高まる中、広告運用やSNSアカウント管理など、多岐にわたるデジタルチャネル活用支援に注力している。
また、別のマーケティング企業は、日系企業のマーケティングにおいて、米国市場調査、商品開発、イベントプロモーション、SNS活用など多岐にわたるサポートを提供している。
(3) 戦略的な人材確保と管理
TCGの人材サービスパートナー企業は、米国での会計、財務、HR、営業といった各分野のスペシャリスト採用を支援している。日系事業会社が総務業務を外部の会計事務所に委託するなど、人材確保の難しさからアウトソーシングを積極的に活用する動きも見られる。
また、ある金融機関のコメントによると、コロナ禍を経て(解雇をした後、コロナが落ち着いて再雇用をしても人が全く戻ってこないという教訓のもと)、多くの企業が従業員の確保を重視し、安易に解雇しない傾向が見られるという。これは、長期的な人材戦略の重要性が再認識されたことを意味する。
(4) M&A・ファイナンス戦略
金融機関やM&Aアドバイザリーファームとのディスカッションでは、米国におけるクロスボーダーM&Aの動向が確認された。米国経済全体は依然として安定した成長を維持しつつも、政策動向が個別企業に影響を与える可能性も指摘された。
特に、投資額が高額となるM&Aについては、現政権の政策やそれによる市場環境の変更なども注意深く観察し、外部専門家の活用も戦略的に考えた上で検討を進める必要がある。
(5) ブランド構築と文化理解
ブランディングパートナー企業は、ブランドの課題解決に特化したコンテンツ制作を通じて、米国オーディエンスにブランドの哲学や世界観を伝えている。多くのクライアントが日本本社から米国企業との協業を試みるも、ハンドリングの難しさや期待との乖離から、最終的に日系のサポート企業に戻ってくる傾向があるとのことであり、現地の商習慣や文化を深く理解したパートナーの存在価値が示されている。
NYマンハッタン北部のポートチェスター。都心部とは対照的な落ち着いた環境で事業を展開するパートナー企業との戦略的議論は、多角的な市場分析に貴重な示唆を与えてくれた
成功への道筋
米国市場のような複雑で競争の激しい環境において、現地の支援企業(パートナー)と連携することは必須であり、成功への最短経路を築く上で不可欠だ。現地のプロフェッショナルは、商習慣、法規制、消費者心理、そしてネットワークなど、多岐にわたる側面で日本企業を強力にサポートする。
しかし、それだけでは十分ではない。今回の視察を通じて、強く感じたこと、また多くのパートナー企業が共通して指摘していたことは、米国市場での成功には、深層的な文化理解のほか、「地道な努力」と経営者の「覚悟」が不可欠であるという点だった。
ある日系事業会社の担当者から聞いた日本の菓子の米国市場浸透に関するエピソードは、その象徴だ。一般的にはプロモーションの成功により華々しく大ヒットしたと認識されがちなケースでも、その陰には、市場参入から販路拡大に至るまで、測りしれない「地道な努力」の過程があったと語っていた。「成功の裏にはそれ相応の努力がある」という現実を、あらためて認識させられた。
米国市場の巨大なポテンシャルを信じ、初期投資の覚悟を持ち、長期的な視点で「地道な努力」を継続する。そして、現地の文化や商習慣を深く理解し、対等なパートナーシップを築こうとする強い意志こそが、真の成功を導く鍵である。
米国視察で得た「生の声」は、企業が米国市場で直面するであろう課題を先取りし、より実践的な解決策を提供するための貴重な示唆を与えてくれた。今後も、このような現地との対話を通じて、日本企業のグローバルへの挑戦を力強くサポートしていく。
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国内大手IT企業にてさまざまなエンタープライズ向けのアカウントおよびソリューションセールスを担当。国際部門では米国グループ会社へ出向し、現地日系企業のITインフラのサポート・改善に従事。帰国後、米国スタートアップの日本拠点立ち上げに参画し、マーケティング・新規顧客開拓を実施。タナベコンサルティング入社後は、コンサルティングサービスの海外展開に向け、グループ各社との連携・社内プロジェクトの推進に関わる全体総括を担当。