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コラム
FCC FORUMリポート
タナベコンサルティングが年に1度開催する「FCC FORUM(ファーストコールカンパニーフォーラム)」のポイントをレポート。
コラム 2024.10.01

新しい時代には新しい物語を創ろう。未来は創るためにある 若松 孝彦

デフレからインフレへ、金融緩和の終焉しゅうえんで金利ある社会へ、労働人口減少による人材不足の常態化、地政学リスクの発生と脅威、為替変動とグローバル、インバウンド(訪日外国人観光客)消費、AI&デジタル変革――。新型コロナウイルスのパンデミックを経て、30年ぶりの「新しい時代」が始まった。今のリーダーには、経営者思考を発揮して、明るい未来への「新しい物語(ストーリー)を創る」というリーダーシップが求められている。

 

なぜ今、「物語(ストーリー)」なのか

私は16年前(2008年)、リーマン・ショック直後に拙著『戦略をつくる力』(ダイヤモンド社)を上梓した。執筆に当たって古今東西の戦略本を読みあさった。クラウゼヴィッツの『戦争論』、マキャベリの『君主論』、中国古典の『孫子』『呉子』『荀子』『戦国策』、日本の兵法『作戦要務令』などだ。そして、「戦略の正しい立て方が分からない」「『戦略』と『戦術』は何が違うのか」などの経営者の疑問に対し、自らの経験を通して経営戦略・事業戦略の構築や実践について書いた。当時の未曽有の経済危機下、企業の戦略再構築に、微力ながら貢献できたのではないかと自負している。

ただ、当時と比べ現在の経営環境は大きく変質した。経営戦略の不確実性が年々高まっていることは衆目の一致するところであり、弾力的な中長期戦略の修正と再構築が不可欠であることは間違いない。しかし、戦略の硬直化に陥り、従来の延長線上で同じ判断と行動を繰り返したり、戦術を「戦略」と称して運用し、戦術の修正や戦闘方法の変更で対処したりして、持続的成長どころか“持続的退潮”の様相を呈する企業も少なくない。

日本経済はようやく、デフレの長いトンネルから抜けつつある。だが、経済の構造転換は今後ますます加速していくだろう。業績のモメンタムが一上一下いちじょういちげする構造転換期は、クリエイティブな戦略を創造しなければ経営課題に対処できない。

30年ぶりの大転換期という「新しい時代」を迎えた現在には、あらゆる企業組織で戦略の策定・改定・意思決定という「新しい物語(ストーリー)」が求められている。

 

経営者思考で「戦略ストーリー」を創る

戦略や経営は合理的でなければならないが、その前提には非合理性が潜んでいる。経営は理論ではなく実践であり、成果である。大脳生理学的に人間の脳には「左脳」と「右脳」がある。左脳は合理的に物事を考え、分析する脳。一方、右脳は創造力やイメージする力をつかさどる脳だといわれている。しかし、人間の脳が片方だけで機能することはないだろう。

しがたって、「戦略ストーリー」をつくる際は、右脳的思考から左脳的思考へと展開していくのが適している。すなわち、「どのような会社にしたいのか」「どのような姿になっているのか」という志や夢を、可能な限り右脳を駆使して解像度を上げて描く。それを左脳的思考で合理的に分析、検証する。「右脳と左脳」「望遠鏡と顕微鏡」、この両方を「経営者思考」と呼びたい。

戦略の策定で重要なのが、今後起こり得る環境変化のリスクを想定することだ。ディスアドバンテージ(不利益)を伴う可能性がある環境変化への心構えを持ち、適切な戦略を検討することが大事なのである。

戦略とは、在るべき姿を含めて1年後、3年後、10年後の未来を考える作業だ。とはいえ、人間は明日の天気ですら100%当てることはできない。そこで、どんな天気でも対応できるように、「晴れ」(増収増益)、「曇り」(減収増益)、「雨」(減収減益)という3つのコースを想定し、「もしこうなったらどうする」というシミュレーションをあらかじめ行っておくと、戦略の成功確率は上がる。「やりの名人は退くのがうまい」「捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」。雨コースとして、やらないことを決め、不採算事業から撤退できる準備も大切である。

私はこれを「全天候型マネジメント」と呼んでいる。経営環境を支配することはできない。したがって、雨天の際にどのような経営行動を取るのかシミュレーションし、それをシナリオとして持っておく。天気が変われば、すぐに予算も人員も組織も切り替える「変化の名人」になることである。

 

経営に「筋書きのないドラマ」はいらない

商品や業績が成り行き任せであってはいけない。筋書きのないビジネスは、短期的にはうまくいっても、中長期的には顧客の失望と社員の不満を招くだけである。すなわち、経営者は自社の未来の筋書きを書く「脚本家」である一方、事業の魅力をステークホルダーに語り掛ける「ストーリーテラー」の役割を果たす必要がある。

現に、近年の企業経営においては「ストーリー」の重要性が指摘され、戦略立案やマーケティングなどで取り入れられている。例えば、上場企業が発行する統合報告書では、投資家に対して自社の持続的成長を説得するためのコンテンツとして「価値創造ストーリー」(価値創造プロセス)の記載が求められている。価値創造ストーリーとは、自社固有の資本を投入し、どのようなプロセスを経て、どんな価値、強みを創出しているかを体系的に図示するロジックモデルのことである。(【図表1】)

 

【図表1】統合報告書などで求められる「価値創造ストーリー」
統合報告書などで求められる「価値創造ストーリー」
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成

 

 

企業が発信したいストーリーのパターンはいくつかあるが、ここでは大きく4つを挙げる。それは「パーパスストーリー」「ファウンダーストーリー」「グロースストーリー」「プロダクト(ブランド)ストーリー」である。

1.パーパスストーリー/ PurposeStory
社員の価値判断基準としてパーパスを策定したものの、なかなか社内に浸透しないという悩みを持つ企業は多い。これは、自社の経営理念やパーパス(貢献価値)を起点に、組織・戦略・理念・経営実行・成果という5大要素をつなぐ一貫したストーリーがないからだ。

不変の志である経営理念を起点に、自社の存在意義となる貢献価値(企業として顧客や社会に貢献できる価値)と、中長期的(3~10年)な在りたい姿であるビジョンにつながるまでのパーパスストーリーを組み立てる。その上で、パーパス研修会などを通じ、社員一人一人が実践している経営理念、パーパス、バリューを共有し合う場として実施する。

組織は戦略に従い、戦略は理念やパーパスに従い、理念やパーパスは組織で経営されてこそ成果となる。「戦略は組織で経営されてこそ成果となる」のだ。これをケイパビリティー(組織経営能力)と呼ぶ。

2.ファウンダーストーリー/ FounderStory
私は仕事柄、多くの経営者と出会うが、歴史のある優秀な企業のトップほど、創業者や創業の精神を自らの言葉で語る人が多い。創業者の生い立ちや語録、起業に至った経緯、苦労話や成功談など、開業当時の雰囲気や息遣いが感じられる逸話を筋道立てて叙述する。いわゆる「創業史」である。会社の原点である創業者の志やパイオニアスピリット(開拓者精神)を理解・共有することは、全社員のエンゲージメントを強めるとともに、次世代へのアイデンティティーの継承につながる。また社外ブランディングにも役立てることができる。

どんな企業・組織の創業者も、夢と志を抱いて事業を始めたはずだ。この土台があるからこそ、粘り強い執念が生まれ、それが成長に結び付く。

3.グロースストーリー/ GrowthStory
自社がこれまでに成長してきたプロセス「成長過程」をタイムライン(時系列)で示すことである。創業間もないスタートアップでない限り、どのような企業にも成長してきた過程がある。企業は一本調子で伸びることはない。竹のように節を重ねて伸びていく。

節は、言い換えれば「壁」である。会社に訪れるピンチやチャンスに際し、その時々のリーダーがどんな決断を下し、いかにして壁を突破してきたのか。その成長の歴史を押さえる。優秀なリーダーは「歴史に学ぶ」ものだ。通常は会社の重要な出来事を年代順に記述する「編年体」でまとめていくが、多彩な経営者が複数存在する老舗企業の場合、リーダーの事績に焦点を当てる「紀伝体」でも良い。

4.プロダクト(ブランド)ストーリー/Product(Brand)Story
自社が成長のきっかけをつかんだ技術やターニングポイントとなったヒット商品の開発秘話など、ブレークスルー(突破口)やイノベーション(技術革新)にまつわる物語である。モノだけでなくブランドやテクノロジー、システム、サービス、ナレッジ、マーケットなどの開発も含まれる。創業100年以上のグローバル企業であるジョンソン・エンド・ジョンソンの社史には、会社に貢献した商品とそれを開発した社員の物語が数多く掲載されている。

研究開発などには必ずドラマがある。ブランド商品になるまでには数々の失敗事例や悪戦苦闘の人間模様、技術的課題や現場の軋轢あつれきを乗り越えた時の感動のエピソード、初めての取引先や購入顧客からもらった感謝の言葉などを、当事者の熱量・臨場感とともに物語へ落とし込んでいく。社員にスポットライトが当たることも価値が高いのである。

PROFILE
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若松 孝彦
Takahiko Wakamatsu
タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長
タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『チームコンサルティング理論』『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。

タナベコンサルティンググループ(TCG)大企業から中堅企業のビジョン・戦略策定から現場における経営システム・DX実装までを一気通貫で支援する経営コンサルティング・バリューチェーンを提供。全国660名のプロフェッショナル人材を有し、1957年の創業以来17,000社の支援実績を持つ日本の経営コンサルティングのパイオニア。