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コラム
FCC FORUMリポート
タナベコンサルティングが年に1度開催する「FCC FORUM(ファーストコールカンパニーフォーラム)」のポイントをレポート。
コラム 2024.10.01

世界のAV&ITリーダーを目指すグローバル戦略 ヒビノ

不確実な環境下でも揺るがないハニカム型経営

森田 続いてグループ経営を推進するケイパビリティー(組織的能力)とコアコンピタンス(自社ならではの中核能力)についてお聞きします。ヒビノグループでは自社のケイパビリティーを「ハニカム型経営」と定義しています。その内容について説明いただけますか。

吉松 ハニカムとはハチの巣のように正六角形を隙間なく並べた構造を指し、ハニカム型経営とは事業を増やしていくことで堅牢けんろうなグループを目指す経営手法です。2014年にグループ経営ビジョンとしてハニカム型経営の推進を表明し、グループ各社が独自の強みや特長を有するオンリーワン、ナンバーワンの集合体を目指すことで、グループとして堅牢かつしなやかな組織構造を構築してきました。

具体的にはM&Aを活用しながら新規事業を含めた事業領域を拡大し、グループとしての収益力と成長力を高めていくことにより、外部環境の変化に強い事業構造を確立。その結果、グループ内に独自性や優位性のあるビジネスモデルや技術を多数有することで企業間や事業間のシナジーの最大化を目指します。

森田 ハニカム型経営は「有事に強い」と見られますが、コロナ禍の影響はいかがでしたか。

吉松 新型コロナウイルスがまん延した2020年度の決算を見ると、コンサート・イベントサービス事業は影響を強く受けて売上高が前年比62%減となりました。しかし、販売施工事業は前年比8%減、建築音響施工事業も8%減にとどまり、売上高全体では前年比25%減に抑えることができました。これはハニカム型経営の成果だと認識しています。

ところが、営業利益に目を向けると、コンサート・イベントサービス事業は営業利益が前年比46億7400万円減となり、販売施工事業と建築音響施工事業は減益ながらも黒字を維持したものの、連結営業利益は40億円の赤字に陥りました。この結果を受けてハニカム型経営のさらなる進化と、感染症の影響を受けにくい新たな事業領域への挑戦が必要との共通認識が生まれました。

森田 ヒビノグループは2022年にパーパスを制定しました。その背景と内容をお聞かせください。

吉松 2022年に現在進行中の中期経営計画「ビジョン2025」を発表し、そのタイミングに合わせてパーパスを社内外へ打ち出しました。「創造と革新」という経営理念に基づいて策定したパーパスは「音と映像で、世界に感動をクリエイトする」です。“音楽大好き人間”の集合体であるヒビノグループが、世界中の人々や社会に果たすべき企業使命を簡潔・的確に表現できたと自負しています。

森田 パーパスの浸透度はどうでしょうか。

吉松 音楽好きの社員が大半を占めているので、違和感なく受け入れられていると思います。

森田 続けて中期経営計画「ビジョン2025」についてご説明ください。

吉松 2016年3月期から設立60年目を迎える2025年3月期まで、非開示10年計画「アクション60」を推進しています。計数目標は売上高1000億円で海外売上高比率30%以上、基本戦略はハニカム型経営の推進とM&Aを活用した成長の実現です。これをベースに開示を行う中期経営計画を「ビジョン300」「ビジョン2020」「ビジョン2025」の順で策定してきました。

現在進行中の「ビジョン2025」は、「持続的成長を可能とする経営体質の構築」「健全経営の確立」を目指す経営方針、「新領域への挑戦によるハニカム型経営の高度化」「イノベーションによる新規事業の創造と既存事業の革新」を推進する成長戦略によって「高収益体質への変革」「未来事業の創造」「DXの推進」「サステナビリティマネジメントの推進」という経営課題に取り組むことで、売上高750億円(海外売上高比率30%以上)、自己資本比率30%以上、経常利益45億円の達成を目標に置いています。

【図表】M&Aの基本方針
【図表】M&Aの基本方針
※PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション):M&A後の統合効果を最大化するための統合プロセス。経営統合、業務統合、意識統合の3段階からなる。
出所:ヒビノ講演資料を基にタナベコンサルティング戦略総合研究所作成

成長戦略の柱となるM&A戦略とグローバル戦略

森田 中期経営計画「ビジョン2025」の軸となるM&A戦略のポイントをお聞かせください。

吉松 当グループは、M&Aを成長戦略の柱と位置付けています。M&A案件の情報収集に関してはあらゆるルートを活用し、成約案件の比率は銀行紹介20%、仲介会社紹介20%、直接交渉60%になります。直接交渉のうち半数が当グループ申し出、半数が先方申し出です。直接交渉は非常に有効ですが、成長性が高いのは銀行紹介の案件。上場会社のノンコア部門の企業が多いため、当グループの傘下に入ると社員の士気が一気に高まるためです。ちなみに「金額目線が合わない場合は撤退」を基本姿勢にしています。

言うまでもないことですが、M&Aを成功させるポイントは買収後の対応です。買収した会社の社員への目線を本社の社員と同じにして、意欲的に業務に取り組んでもらえるような仕組みづくりが不可欠です。

森田 子会社の売上高は伸びていますか。

吉松 2013年3月期のグループ全体に占める子会社の売り上げ比率は約14%でしたが、徐々に伸びて2024年3月期には約56%に到達。2025年3月期は60%を超えると予想しています。当グループに入った大半の子会社は過去最高売上高を更新していますし、当グループが推進する「既存事業の強化」「新領域への参入」「グローバル展開の進行」「ものづくり事業の強化」に対して大きな成果を上げています。

森田 M&Aの基本方針をお話しください。

吉松 M&Aの対象は、音・映像・音楽・ライブという当グループの主戦場において一緒になることでメリットが生まれる会社。そしてトップ面談などを通して経営の方向性について共通認識を持ち、M&Aを成功させたい意欲を共有できること。そして、関心の高い会社でも妥当な買収価格の案件に限定することを徹底しています。

PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション:M&A後の統合効果を最大化するための統合プロセス)に関しては、現経営陣の意向も踏まえつつ緩やかなグループ経営への参画を図り、業績改善を通じた従業員の給与向上やグループ共通化による処遇向上に取り組み、会社の機能をグループとしてより発揮できるようなシナジー創出を推進していきます。

森田 もう一つのキーファクターであるグローバル戦略についてお聞かせください。

吉松 海外売上高比率は2013年には1%台でしたが、2023年3月期には15.7%まで伸長しています。

グローバル戦略の基本方針としては、日本で展開している事業を将来的には北米、欧州、アジアでも運営する「世界4極」展開を目指します。グローバル戦略においてもM&Aを活用する方針です。

グローバル戦略の失敗事例を紹介しますと、2019年に子会社化した北米企業は翌年からのコロナ禍の影響で業績が悪化してCEOが退職。コロナ収束後も業績改善に至らず、2023年11月に清算決議を下しました。原因として経営を現地任せにしすぎたことなどが挙げられます。

一方、成功事例としては、2019年に子会社化した韓国企業は2023年度の売上高が2019年度の2.2倍になり、5年間で「のれん」の倍に相当する当期純利益を計上しました。グループの資金力を背景とした新ブランド獲得など、成長戦略の推進と幹部持株会制度導入による幹部社員の士気向上が大きな要因と思われます。

※ 買収される会社の純資産と買収額の差額

 

設立70周年に向けた長期経営計画「アクション70」

森田 最後に10年後(2034年)の方向性を教えてください。

吉松 70周年に向けた長期経営計画「アクション70」をタナベコンサルティングの協力を得て策定しています。「アクション60」と変わらない方針として「ハニカム型経営の推進」「M&Aを活用した成長戦略の実現」「世界4極を目指したグローバル戦略の推進」がある一方、環境変化に対応するため「組織的なグループ管理体制の構築」と「人材不足を前提とした人材戦略の再構築」という新方針を掲げます。

森田 ヒビノグループの経営戦略から学ぶポイントを3つにまとめます。1点目はビジョンの存在です。25年前から10年スパンの長期ビジョンを策定し、それを旗印とした明確な資源配分の下で成長を遂げています。2点目はM&A・グローバルを手段ではなく戦略と位置付け、資源投下を行うとともに経営技術として研磨していること。3点目はグループ経営によるシナジー効果を発揮することで企業価値を向上させていることです。本日はありがとうございました。

 

PROFILE
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森田 裕介
Yusuke Morita
タナベコンサルティング ストラテジー&ドメイン エグゼクティブパートナー
大手アパレルSPA企業を経て、タナベコンサルティングへ入社。ライフスタイル産業の発展を使命とし、アパレル分野をはじめとする対消費者ビジネスの事業戦略構築、新規事業開発を得意とする。理論だけでなく、現場の意見に基づく戦略構築から実行まで、顧客と一体となった実践的なコンサルティング展開で、多くのクライアントから高い評価を得ている。