カルビー本社にて
(左)カルビー 代表取締役社長兼COO 伊藤 秀二 氏
(右)タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦
『かっぱえびせん』『ポテトチップス』『じゃがりこ』など、数多くのロングセラー商品を生み出したカルビー。売上高は約2461億円(連結、2016年3月期)、国内スナック菓子市場でシェア5割以上を占めるトップ企業だ。発売から長い年月を経てもなお、商品が新鮮さを失わない秘訣(ひけつ)はどこにあるのか。代表取締役社長兼COOの伊藤秀二氏にブランディングの要諦を伺った。
商品にライフサイクルはない革新が成長を生み出す
若松 カルビーグループの2015年度(連結、2016年3月期)の売上高は2461億2900万円(前期比10.8%増)。国内スナック菓子市場でシェア53.2%(※)を占めるトップ企業です。ロングセラー商品も数多くありますが、中でも『かっぱえびせん』は発明に近い商品ですね。
※ カルビーグループ決算説明会(2015年4月1日~2016年3月31日)資料より。カルビーとジャパンフリトレーの合計(2016年3月期実績。出所:㈱インテージSRI調べ、全国全業態、金額ベース、2015年4月~2016年3月)
伊藤 発売は1964年にさかのぼります。創業者・松尾孝は、コメの高騰が続く中、米国から大量に入ってきた小麦からあられを作るアイデアを思い付き、試行錯誤の末に『かっぱあられ』を開発。その後、創業の地である広島近郊で取れる小エビを丸ごとつぶして混ぜ込んだ『かっぱえびせん』が誕生しました。「あられはコメから作るもの」という常識を覆す商品であり、その意味では発明に近いといえます。
若松 そのお話を聞くと、カルビーという社名が「カルシウム」と「ビタミンB1」を組み合わせた造語であることもうなずけます。ここ数年は『じゃがりこ』の再ブレークや、『フルグラ』が発売から20年以上たった2013年度にシリアル市場で3割以上のシェアを獲得するなど、発売からの期間が長い商品が活性化していますね。
伊藤 1991年に発売したフルグラの売上高は、2010年度まで年間30億円程度と、ブレークし切れない状況が続いていました。それが2013年度は、ほぼ100億円に達する爆発的なヒットを記録。要因はいくつかありますが、消費者の生活スタイルの変化が大きいと思います。朝食を1人で簡単に済ませる人が増えたことで、手軽に食べられるフルグラが再評価されました。
若松 時代のニーズや顧客価値にフォーカスした需要を掘り起こせば、既存商品も成長する余地は十分にあるわけですね。
伊藤 メーカー側は常に市場開拓に取り組んでいますが、実はお客さまも新たな市場を創っている。この2つが重なって爆発的なヒットが生まれるのが最近の特徴ですね。時間はかかりますが、顧客にとっての価値がどこにあるかを探して、丁寧に顧客価値と商品をつなげることが肝要です。
若松 「顧客価値との一体化」ですね。マーケティングの常識では、商品は導入期、成長期、成熟期、衰退期というライフサイクルをたどるとされますが、カルビーは良い意味でこの常識から外れています。商品のライフサイクルをどう捉えていらっしゃいますか。
伊藤 私は、「商品にライフサイクルはない」と考えています。成長期から成熟期に至った商品はそのまま維持できる、あるいは成熟期の中でも成長できると。
ただし、それには新しい挑戦が必要です。例えば、かっぱえびせんに「山わさび味」といった変わり種を投入するなど、消費者を飽きさせない挑戦です。変化を嫌って守りに入ると販売数は下がるもの。現状を1%でも超えようとする努力が、商品ブランドの成長につながります。
若松 非常に共感します。多くの企業のコンサルティングを手掛けてきた経験から、100年企業の共通点は「理念(クレド)」を基軸に「変化を経営する会社」であると私は定義しています。カルビーも顧客価値の変化に合わせてブランド価値を磨き続け、トップシェアを獲得されたのですね。
新事業開発には「分権」が必要
若松 2011年からアンテナショップ「Calbee+(カルビープラス)」を展開されています。一消費者としての感想ですが、カルビーの印象が変わりました。商品ができる過程を間近で見て、出来たてのおいしさを体験できる「コト価値」のマーケットに着眼した新事業といえます。
伊藤 Calbee+は社員の提案から生まれた店舗で、どのような店にするかは社員に全て任せました。開店前は「お客さまが来てくれるだろうか」と心配でしたが、ふたを開けてみると、とても多くのお客さまが並んで購入してくださいました。
お客さまと直接、接する機会ができましたし、百貨店で販売するような高価格帯商品の開発にもつながった。何より、並んで買ってくださるお客さまの姿を見たり、声を聞いたりすることは、社員にとって良い経験になっていると思います。
若松 私たちは「モノ余りでコト不足の時代」と表現していますが、今はモノが余っている半面、コトとしての新たな価値が不足しています。顧客の声や反応と間近に接することで新しいアイデアが生まれ、カルビーという会社や商品の価値が高まるきっかけになるのではないでしょうか。
伊藤 そうした展開に期待しています。新しいアイデアは、現場から生まれるものです。だから、私は得意先や自社工場を回ることに力を入れています。自分の目で現場を見て判断するためです。
しかし、判断した後は現場に任せなければなりません。いわゆる「分権」です。現場が自主的に取り組んでいるところにトップが口を出すと、社員はその仕事が自分の仕事だと思えなくなってしまいます。トップのメッセージを現場に伝えつつ、どう任せるかという「任せる技術」が大切です。
若松 トップが全てを見ることができない企業規模になったら、分権が不可欠です。「自由闊達(かったつ)に開発する組織」を創るためには、権限と責任を持って事業や商品を生み出す「戦略リーダー」を育成していかねばなりません。これが100年企業の条件でもあります。
伊藤 分権化するためのプロセスとして、透明化や簡素化も必要です。トップが持っている情報をオープンにしないまま現場に任せると最悪の事態を招きかねませんし、仕組みや決裁権限などが複雑だと分権できません。自社の判断基準を理解している人材が、現場で感じ取ったニーズやトレンドを踏まえ、自分たちで仕事を進めることができる環境を整えることです。
幸い、食品分野は技術革新によって市場が極端に変わることはありません。例えば、携帯電話市場でガラケーがスマートフォンに代わったように、急激に縮小することは少ないのです。しかし、お客さまと融合する努力を怠れば、少しずつ市場は小さくなっていきます。
若松 劇的な市場変化がない分、顧客のちょっとした変化を見逃さない努力が欠かせませんね。
伊藤 例えば、『じゃがりこ』はおやつとして食べる人が大多数ですが、お湯をかけてポテトサラダ感覚で食べたり、細かく折ってスープに入れて食べたりする人もいます。ジャガイモを蒸(ふか)してつぶし、棒状に固めた『じゃがりこ』は、素材や作り方からすれば、ご飯の代わりに食べてもおかしくありませんが、子どもがそんな食べ方をすると叱られるでしょうね(笑)。しかし、具材のバランスを変えて、時間をかけて食事のイメージをつくっていけば、そうした用途が広がるかもしれません。
若松 生活スタイルや食は変化していきます。変化する顧客価値のあくなき追求。そこに軸を置き、恐れずに挑戦されていく姿勢に共鳴します。
伊藤 人口減少に伴い国内市場の縮小が懸念されていますが、食の変化に着目して現代の食事に何が必要かを考え続けることで、新たなジャンルが見えてくると思います。消費者が満足していない部分は残されているわけですから、そこをどう捉えるかが大事ですね。
若松 ものづくりへのこだわりと、顧客価値に合わせる柔軟なマーケティング。それがカルビーの企業文化なのでしょうね。原材料の生産から直営店の運営まで垂直統合されていますから、ニーズに合わせるバリエーションは豊富にある。商品とニーズをどうマッチングされるのか、今後も非常に楽しみです。