100年という時間と向き合う企業だけが、
ナンバーワンブランドを育てることができる。
顧客と約束する使命(ミッション)を発見し、
ビジネスモデル化し、全社でブランド価値を磨き続ける物語—。
100年ブランドモデル
縮小傾向にある国内マーケットは、今後ますます分野の細分化と専門化が進行します。同一分野のプレーヤーは1、2社に絞られ、3位以下は市場・消費者からの退場を迫られるようになるでしょう。企業は「環境適応業」。だからこそ、私たちはファーストコールカンパニー(100年先も一番に選ばれる会社)を目指さねばなりません。
そう考えたとき重要になるのが、100年以上続く「ナンバーワンブランド」であり、そのナンバーワンブランドを築く「100年ブランドモデル」です。
タナベ経営は、「ブランドとは顧客との約束」と定義しています。「100年先も顧客と約束したい価値とは何か?」「顧客と約束し続ける使命(ミッション)は何か?」に対する答えを見つけ、ビジネスモデル化し、その意味と価値を追求し続ける全社活動が「ナンバーワンブランド」「100年ブランドモデル」をつくるのです。
先般、キッコーマン代表取締役社長CEOの堀切功章氏とディスカッションをした際、「キッコーマンの約束」と題したブランド宣言(「こころをこめたおいしさで、地球を食のよろこびで満たします。」)について話しました。ブランドとは、このように顧客との約束を宣言することです。
また、インスタント食品最大手・日清食品ホールディングスの代表取締役社長・CEOの安藤宏基氏は、創業者の安藤百福氏から事業を承継した後、「打倒!カップヌードル」をスローガンに掲げ、新商品開発へ挑戦しました。このスローガンを打ち出した背景には、カップヌードルというナンバーワンブランドに依存する甘えの構造への危機感があったといいます。
ナンバーワンブランドになること自体が難しいことですが、それを維持することはもっと難しい。従って100年ブランドを築くのは至難の業といえます。しかし、顧客と何を約束するのかを決め、ブランドを育て続けるビジネスモデル(100年ブランドモデル)を構築しなければ、もはや生き残れない時代に突入しているのです。
世界で勝てるブランディング
ここで、日本企業を取り巻く環境について解説しましょう。日本の人口は2008年の1億2809万人をピークに減少に転じ(内閣府『平成27年版高齢社会白書』)、2015年からは5年ごとに300万~450万人の減少が予測されています(国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口』2012年1月推計)。これは5年ごとに四国4県の人口が消滅していくほどの強烈なインパクトであり、2020年以降は総世帯数も減少します。一方で、2025年には「団塊の世代」2200万人が後期高齢者となり、4人に1人が75歳以上、3人に1人が65歳以上という超高齢社会が到来します。
また、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、建設投資やインバウンドの増加が顕著です。しかし、IMF(国際通貨基金)の調査結果によると、過去のオリンピック開催国の開催年前後のGDP(国内総生産)成長率は、開催1年前がピークです。日本も同様なら、2019年にGDPの伸びがピークを迎えるということです。
次に、世界に目を向けると、世界の推計人口は2015年で73億人、アジアの人口は44億人です(総務省統計局『世界の統計2016』)。日本で起きている「モノ余りでコト不足の時代」が、アジアの一部で始まりました。より豊かさを求める、課題解決を求めるといったマーケットが日本の近隣諸国で生まれつつあるわけです。私は「日本はコンサルティング国家になるべき」と提唱しており、課題先進国の日本が本領を発揮する時が来たと感じています。
訪日外国人旅行者も増えています。政府は、訪日外国人旅行者を2015年の約1974万人から2020年に4000万人まで倍増させる目標を掲げました。訪日外国人が日本で体験したジャパンブランドのイメージを拡散してくれれば、日本企業の海外でのビジネス環境が改善する善循環も期待できます。
ところで、英WPP社から、「世界ブランド価値ランキングトップ100」(2016年)が発表されています。1位はGoogle、2位はAppleで、自ら変化を生み出し、世の中や顧客へ新しい価値を提供しながら成長している会社がランクインしています。残念ながら、100社以内にランキングされた日本企業は、わずか5社(【図表1】参照)。この結果は、2つの現実を突き付けています。
まず、「日本で勝つことが、必ずしも世界で勝つことにつながらない」ということ。そして「日本企業はモノづくり一流、マーケティング二流、ブランディング三流」ということです。従って、最初から世界を目指してブランディングを行う覚悟が不可欠です。
ブランド活動の指標となる3つのKPI
このような環境下で、ナンバーワンブランドを目指す理由は3つあります。
1つ目は「非価格競争に挑むため」です。今後、日本の人口と世帯数は減少します。加えて、東京オリンピック・パラリンピック前年の2019年をピークに景気は下降。一方、2015年の全国企業倒産件数は8812件と、7年連続の減少(東京商工リサーチ調べ)です。すなわち、顧客は減少、景気は下向き、プレーヤーは減らないという事態に追い込まれ、価格競争が激化する可能性が高いのです。そうなると、賞与や給与、社員をカットしながらの消耗戦です。このような土俵へ上がらないためにも、ブランドと向き合わなくてはなりません。
2つ目は「業界1位と2位では、収益力の格差が極めて大きいから」です。例えば、自動車業界トップのトヨタ自動車の売上高営業利益率は10%、2位の日産自動車は6.5%で、約1.6倍の差。電動工具業界トップのマキタは15.3%、2位の日立工機は1.9%で、約8倍の差です。ナンバーワンブランドになるかどうかで、業績は大きく変わります。
3つ目は「世界で戦うグローバルニッチを目指せるから」です。日本には多くの中堅・中小グローバルニッチ企業があります。そのようなファーストコールカンパニーを目指すべきでしょう。
『中小企業白書』(2016年版)によると、中小企業経営者の中心年齢が1995年の47歳から、2015年には66歳へと、20年で19歳上昇しています。この推移が続けば、さらに20年後の2035年は85歳となり、日本人の平均寿命(2015年で83.7歳(※1))を超えることになります。
※1 世界保健機関(WHO)『世界保健統計(2016年版)』
一方、日本企業の社長交代率(2015年時点)は3.88%(※2)。1年間で後継者を得る割合は100社中4社弱と非常に低い。会社の事業に将来性や魅力を感じられないことが原因です。顧客価値を追求し、ブランドを確立しなければ後継者が現れず、約20年後には大半の会社が寿命を迎えてしまいます。
※2 帝国データバンク『2016年全国社長分析』
ナンバーワンブランド活動が会社の業績に反映しているかどうかの基準として、タナベ経営では3つの「KPI(重要業績評価指標)」を提唱しています。
1つ目は「粗利益率」。ブランド力は粗利益率に反映されます。「粗利益率40%、経常利益率10%、連続10年実質無借金」を目指し、収益構造の持続性と連続性を確立していただきたい。
2つ目は「リピート率」。店舗型の会社では既存店売上高の伸び率に相当します。既存商品や既存店のリピート率が低い会社は、持続的成長ができません。新商品や新店舗を出すだけでは、必ず頭打ちになります。
3つ目は「ロイヤルカスタマー数」。成長する会社は、例外なく顧客数が伸びています。ところが、売り上げや利益の目標はあってもロイヤルカスタマー数の目標を設定している会社は意外に少ない。ぜひ、ロイヤルカスタマー数に注目すべきです。
ナンバーワンブランドへの物語
ナンバーワンブランドを創るステップは、次の3つです。
①ブランド価値の発見
②ブランドのキュレーション(編集)
③ブランドの展開
これらのステップを一言集約すると、「自社のブランド物語の脚本を書き、監督・主演せよ」になります。
①ブランド価値の発見
第1ステップとなるブランド価値の発見は、素材そのものを見つける段階です。代表的な事例は、愛媛県の今治タオル。120年の歴史を持ち、今や世界市場でブランディングされています。四国タオル工業組合の理事長によると、本物志向で付加価値を好む顧客は、タオルを選ぶ際にデザインや色だけでなく、吸水性や安全性といった機能性を重視することが判明したそうです。そのため、「『吸水性は5秒以内』といった10項目以上に及ぶブランド基準を作り、クリアしなければブランド認定をしないと決めた」とのことでした。
このように、ブランドの素材発見で大切なのは、「本質的価値の定義」と「基準作り」。どの会社にも素材は必ず存在します。その素材の何にスポットライトを当てるかで、展開する物語が全く異なるのです。
トラスコ中山は、顧客の工具商や大手工場へ必要なものをすぐに届けることを提供価値として掘り下げ、ジャスト・イン・タイムの「納品」、さらにそれを可能にする「品ぞろえ」と「物流網」という素材を発見。それを『トラスコ オレンジブック』というカタログを通じて顧客へ提供しています。27万アイテム以上を掲載しており、注文に対してどれだけ出荷できたかを表す「在庫ヒット率」は直近で約88%と驚異的。物流センターと支店から1日2便を出して即日納品、遅くても翌日着という納品体制を築きました。
化粧筆のナンバーワンブランドである白鳳堂は、ブランド価値を「世界のメーキャップアーティストが自分のイメージを伝えることのできるプロ仕様の道具」と設定し、2005年に「第1回ものづくり日本大賞 内閣総理大臣賞」を受賞。注目すべきは、安定した品質を支えるために、ものづくりのプロを育成する生産体制を確立したことです。
これらの事例が示すように、ナンバーワンブランドの素材探しは、顧客価値の本質を探すことにあります。
②ブランドのキュレーション(編集)
第2ステップは、ブランドのキュレーション(編集)。「自社のブランド素材を使って世の中のためになるビジネスを、できれば世の中にはないホワイトスペースで、どのように創っていくか」を追求することです。このステップを苦手とする中堅・中小企業は多いように見受けられます。
国内で唯一、精神科に特化した訪問看護事業を全国で展開しているN・フィールドは、自社のブランド価値を「精神科に特化した訪問看護ステーション」と編集し、ホワイトスペースに参入しました。事業展開のボトルネックになる看護師の採用に対しては、結婚などでやむなく退職した潜在看護師の採用戦略を展開。「夜勤なし」「オンコール(急患時の待機勤務)なし」「日曜は絶対休日」「固定給の完全週休2日制」、それでも「給与は夜勤ありの病院勤務の看護師並み」を実現して、全国から優秀な看護師の採用に成功し、ブランド展開のエンジンとしています。
世界で初めて遠赤外線式の自動ドアセンサーを開発したオプテックス。事業領域を安全・安心・快適の3分野に分解し、それぞれの基準を作って編集した結果、世界シェア約4割の「屋外用侵入検知センサー」が生まれました。2001年の米国同時多発テロをきっかけに、防犯概念が事後通報から事前抑止へシフトするという追い風を受けてヒット。センシングという1つの技術で、複数の事業領域のソリューションを展開しています。
このように、キュレーションの着眼点は、顧客価値から見た明確な差異化といえます。製品ブランドの中には機能価値・価格価値・感性価値、サービスブランドには役務価値・人材価値・システム価値があります。この6つの価値から、自社の素材を分解すると、ビジネスモデルにつながるヒントが見つかるでしょう。
③ブランドの展開
第3ステップはブランドの展開です。このステップは「ブランド物語の展開」と理解してください。100年ブランドには必ず逸話があります。それをブランドブックやストーリーブックで明文化し、浸透させて、全社員でブランドを磨く組織をつくる必要があると提言します。
そのためのポイントは4つあります。1つ目は「トップが直轄するブランディングスタッフの設置」。まずは経営企画室などから担当者を決め、インナーブランディング(社内へ向けたブランディング)を行うことです。
2つ目は「マトリクス組織の検討」。中堅・中小企業の場合、ほとんどが機能別組織なので横串を通しにくく、ブランドが育ちにくい。従って、組織横断型のマトリクス組織に変更する必要があります。そしてブランドリーダーは、中堅・若手社員から選定していただきたい。これは新しいリーダーの育成にも寄与します。
3つ目は「人事部(課)の強化」。ブランディングは、人材を採用・育成するプロセスで磨かれるケースが多いものです。インナーブランディングの観点からも、カンパニーブランドと製品・サービスブランドを人材の採用と一致させ、次代にどう発信するかが重要なテーマになります。人事セクションがないという会社は、もはや問題外です。至急設置し、その機能を確立せねばなりません。
4つ目は「ブランド事業をインキュベートする研究室(ラボ)の設置」。“コト”の価値の研究は、規模の大小に関係なく全ての会社が取り組むべきテーマです。研究所のような組織を設置し、そこからブランドを発信する。ブランドを守り、承継していく仕組みをつくることが大切です。
ブランディング投資とインナーブランディング
組織をつくれば、いよいよナンバーワンブランドへ向けての展開です。ブランドを生かし、利益を生み出すビジネスモデルによって得る利益を、継続的にブランディングへ投資します。投資の目安は、広告宣伝費が売上高の2%以上、研究開発費は同5%以上、人材育成費は人件費の3%以上。もちろん、身の丈に合った投資であるべきですが、経費という発想ではなく、戦略投資という判断の中で計画・実行していただきたいと思います。
また、ナンバーワンブランド活動において、最も大切なのはインナーブランディング活動です。自社の製品・サービスに対し、社員が無関心で愛情を感じないような状態では、アウターブランディングを行っても効果は上がりません。ブランドの素材を発見し、編集し、顧客との約束を果たして長期的な信頼を築く源泉は、社員です。製品・サービスはまねされますが、“人材力”はまねのできない経営資源なのです。だからこそ、インナーブランディングを実行していくことが、重要な戦略ポイントになります。
東海3県を市場とする地域密着型のビルダーである新和建設。年間施工数は200棟です。卓越した耐久性を持ち、孫の代まで安心して住み続けられる「100年仕様」の住宅を提供しています。同社は創業以来、一貫して大工職人の育成に努め、「素材のわかる匠の技伝承ビジネスメソッド」を確立。この育成システムが、新たなビジネスモデルとして高い評価を集め、2015年に「グッドデザイン賞」「ウッドデザイン賞」をダブル受賞しました。人材育成がインナーブランディングにつながっており、さらにそれが家づくりのブランドになっているのです。
インナーブランディングがアウターブランディングになっている事例もあります。『ゆかり®』というふりかけブランドで有名な三島食品は、社員の自発性を信頼し、「見える化によるカイゼン(改善)」に挑戦することで楽しい職場づくりを実現。ミスがあった場合、個人ではなくミスを見逃す仕組みが悪いと考えることにより、安全・安心・高品質な商品づくりを自発的に行う環境を構築しました。工場を見学すると、社員が自社商品に愛情を持って接していることが分かります。
ナンバーワンブランドを築く活動は単なるマーケティングではなく、一部の人が旗を振っても実現しません。全社員で取り組むべき活動なのです。ファーストコールカンパニーを目指し、「100年ブランド物語」を共に創っていきましょう。