メインビジュアルの画像
モデル企業
モデル企業
【企業事例】優れた経営戦略を実践する企業の成功ストーリーを紹介します。
モデル企業 2025.04.30

経営者志向で行動する人づくりに必要な「信賞必教育」 テクノス三原

現社員の3分の1がタナベコンサルティングの「幹部候補生スクール」を修了。
社会貢献の大きな志を持って働く社員の育成を通して企業ブランドを磨いている。

 

貿易を縁の下で支える船体精密検査のプロ

 

タナベコンサルティング・影本(以降、影本) まずは、テクノス三原の事業内容を教えていただけますか。

テクノス三原・向田氏(以降、向田) 当社は広島県三原市に本社を構え、船舶・橋梁きょうりょう・トンネルなど工業分野の「非破壊検査」を行っている、1995年創業の会社です。

非破壊検査とは、病院で行うレントゲン検査やエコー検査のようなものです。構造物の安全性を確保するため、超音波などのさまざまな技術を駆使して定期的な精密検査を行っています。

影本 2025年2月に創業30年という節目を迎えられました。向田社長は創業者であるお父さまの跡を継がれましたが、どのような経緯で事業承継されたのですか。

向田 私は大学卒業後、生命保険会社に入社し、その企業の社長を目指すつもりでがむしゃらに働いていました。しかし、入社3年目の夏に帰省した際、父から突然「がんが見つかり余命1年を宣告された」と泣きつかれまして。家業を継ぐ決意を固めて広島に戻ったのです。

ところが、父の体調は悪化するどころか、どんどん元気になって…。どうも様子がおかしいと問いただしたところ、「ああ、あれか? うそや」と(笑)。私は戻るに戻れなくなってしまい、現在に至ります。

影本 驚きのエピソードですね(笑)。大手企業から家業へ突然の転身、当初はご苦労も多かったのではないでしょうか。

向田 私が入社した当時のことを包み隠さずお話ししますと、現場仕事を終えた金髪リーゼントの社員たちが、夕方から喫煙室で漫画雑誌を読んでいるという状況でした。25歳の生意気な若造だった私は「これはいかん」と強い危機感を覚え、すぐに採用活動を開始しました。

 

反対を押し切り経験者採用から新卒採用へ方針転換

 

影本 経験者採用を始められたのですか。

向田 当初は100%経験者採用でした。しかし、多くの面接をする中で、ある時はっきりと気付いたのです。「いま在籍している社員以上に優秀な人はいない」と。社外に答えを求めてはいけなかったのです。良い人は、良い人がいる会社を選びます。まずは在籍している社員を育て上げなければと思い、社員教育に力を注ぐようになりました。

ここで強調しておきたいのは、この時、私は「売り上げアップ」を目的とした社員教育をしてしまっていました。さまざまな資格を取得させたり、経験を積ませたり…。

一見うまくいっているようでしたが、お金儲けのために人を採用し、お金儲けのために教育する会社には、お金儲けのために働く社員がやって来ます。経営者が売り上げしか眼中になければ、社員は自分の給料のことしか考えなくなる。社員は、経営の鏡なのです。

このままではいけないと悩む中、知人から「3人のレンガ職人」というイソップ寓話ぐうわを教わりました。同じ仕事でも、お金を稼ぐためと思って働く人もいれば、後世に残る偉大な事業のためと思って働く人もいる。私はこの時、まさに私自身がお金稼ぎのために採用活動をしていたと気付き、猛省しました。

「後世に残る偉大な仕事のために」と思ってみんなが働く企業文化をゼロから築こう。そう決意して、2011年に新卒採用を始めました。

影本 新卒採用を始められて、手応えはいかがでしたか。

向田 実は、父は新卒採用に大反対でした。「当社の仕事は社会の厳しさを味わった人間でないと務まらない。お前の考えは甘い」と。他の管理職も若手社員も、新卒採用には完全に後ろ向きで、採用活動については孤軍奮闘でした。

私はお会いした学生さんたちに「ぜひ君と働きたい」「一緒に会社を変えたい」と必死に訴えました。もうどちらが面接されているか分からない心境でしたが、熱意が伝わって2名の学生が当社を選んでくれました。うれしかったですね。

2012年には、東京の大学生協が主催する合同説明会に参加しました。「自分の後輩は自分で見つけるのが一番」ということで、採用活動に新卒第1期の2名を抜てき。入社後は若手社員による育成チームを発足して、新卒社員のフォロー体制を整えました。そのほか、引っ越し費用の全額負担、1年間の家賃補助、新卒者限定の懇親会、社内レクリエーションの実施など、良好な人間関係を築くためのさまざまな施策にも、積極的に取り組みました。

仕事以外でも共通の話題があると、雰囲気がぐっと良くなります。素直で勉強熱心な新卒社員が増えるにつれて、不思議なことに経験者採用の社員の背筋が伸び、率先垂範で働くようになりました。

 

社員にとっては「教育」も大切な報酬

 

影本 新卒採用を軌道に乗せ、社員教育の内容も見直されたそうですね。

向田 新入社員には、現場に出る前にしっかりとした安全教育や技術研修を用意しました。管理職には、タナベコンサルティングのマネジメント研修を導入し、その受講生の中から選抜で「幹部候補生スクール」にも送り出すことにしました。

この際も父の猛反対に遭いましたが、「会社のお金ではなく、自分のお金を出すから」と食い下がり、なんとか了承を得て4名の社員を送り出しました。現在、正社員159名のうち約3分の1に相当する49名がスクールの卒業生です。

影本 2024年までの12年間、毎年4名ずつ継続的に幹部候補生スクールに送り出されています。

向田 経営の基礎を身に付けたマネジメント層が増え、会議の進行が大変スムーズになりました。言われなくても、経営者と同じ思考で行動できるからです。幹部候補生スクール卒業生で離職した人はわずか2名です。

スクールでは経営に関わる数値を全て開示し、しっかりと勉強してもらっています。情報格差をつくらないことが大切です。業績の良さが数値で理解できるようになれば、社員が辞めることはありません。

自社に経営幹部がいない理由は、優秀な社員がいないからではなく、経営者としての発想・思考を持つよう育てていないから。「給与が高ければ働いてくれるだろう」という思考を捨て、教育に投資すれば、経営目線を持った社員が育ちます。逆に、投資しなければ、社員はいつか離れてしまうでしょう。社員にとって報酬とは、「給与」「職場環境」「教育」だと思っています。

 

育てた部門経営者に権限を委譲し、社長は未来を考える

 

影本 経営者と社員を上下関係で捉えないことが大切ですね。

向田 以前の当社は「信賞必罰」で、失敗を許さない空気がありました。今は「信賞必教育」です。失敗した人には、罰を与えるのではなく、教育の機会を与える。安全安心な教育環境をつくれば社員は伸びます。

実は、2024年の夏、私は2カ月間の病気療養を余儀なくされたのですが、自社から一度もヘルプコールが来ませんでした。私がいなくても、みんなで考えて動いてくれたということです。

そのような組織を築くポイントは、権限委譲です。私は部門経営者を決めたら、その部門の人事には口出ししません。権限を委譲すれば、社長は目先の資金繰りや業務にとらわれず、未来を考えることができます。

影本 向田社長が考える、経営者にしかできない仕事とは何ですか。

向田 いざという時、身銭を切って社員の生活を守れるように、少しでもキャッシュを蓄えておくことではないでしょうか。

今は「働き方改革」の時代です。当社では2018年に改革へ着手しましたが、大前提として「手取り額は絶対に下げません。削減した残業時数に応じて一定額を一律還元します」と全社員に約束し、あらかじめ基本給を上げました。

その上で、「働き方改革に協力してほしい」「方法はみんなで決めてほしい」と伝えたのです。生活が守られる保障さえあれば、生産性を上げて休みを増やす方法を誰もが真剣に考えるでしょう。

一方、コロナ禍では、働き方改革の成果によって労働時間が減り、給料もアップしたにもかかわらず、離職が相次ぎました。折り入って影本さんに相談したところ、これからは「働きやすさ」だけではなく、「働きがい」が問われる時代だという話をしていただきました。

影本 向田社長はその後、ご自身の「働きがい」について真剣に考えられました。

向田 私にとって真の働きがいとは、テクノス三原を「社員が人生を振り返った時、この会社で働いて良かったと思ってもらえる会社」「社員が家族や友人から『良い会社で働いているね』と言われるような会社」に育て上げることです。

一生懸命に働いている人に、「未来」を見せていきたい。これさえ実現できれば、多少売り上げが上がらなくても、人が少なくなっても、何とかなると思っています。

影本 力強い言葉を聞いて勇気付けられます。

向田 ありがとうございます。「私たちは仕事を通じて自ら成長し、社員と社員の家族を守り、お客さまからの期待を信頼に変え、企業の発展で社会に貢献します」という経営理念を体現するため、これからも学び続けていきます。

※ ある町で働く3人のレンガ職人が、それぞれ異なる目的を持ってレンガを積んでいる(同じ仕事をしている)。1人目は単に生計のため、2人目は名声を求めて、3人目は社会に貢献するため(後世の人々の心のよりどころになる大聖堂を建てるため)に働いている。同じ仕事でも目的や意義が異なることで、働く姿勢やモチベーションが変わることを示す寓話

 


テクノス三原 代表取締役社長 向田 尊俊(むかいだ たかとし)氏
2001年同志社大学商学部卒。日本生命保険相互会社(総合職)入社、京都支社、近畿営業本部を経て、父が経営するテクノス三原有限会社へ入社。2017年代表取締役社長に就任。入社当時、現業社員10名からグループ全体にて200名の会社へ成長。三原商工会議所常議員観光交通委員長。

 

テクノス三原(株)

  • 所在地 : 広島県三原市宮浦5-2-10
  • 設立 : 1996年
  • 代表者 : 代表取締役社長 向田 尊俊
  • 従業員数 : 142名(単体、2025年1月現在)
PROFILE
著者画像
影本 陽一
YOICHI KAGEMOTO
タナベコンサルティング
ストラテジー&ドメイン チーフマネジャー
営業マネジャーの経験を生かした営業戦略立案、目標達成マネジメント支援など、「目標達成が当たり前のチームづくり」を得意とする。その他、マーケティング支援や中長期ビジョン構築をはじめ、ブランディング活動による組織の活性化、人事制度の構築、「元に戻らない教育制度」の構築と実施、実施後のフォローアップを手掛けている。