企業における人材育成課題
2020年1月から経済産業省が開催した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」を経て、同年9月に「人材版伊藤レポート」と題した報告書を公表して以降、企業は人的資本経営に向き合い、取り組みを開始した。
ただし、課題も浮上している。タナベコンサルティング「人材採用・育成・制度に関する企業アンケート調査」(2024年9月)によると、企業が人的資本経営に取り組む上での課題で最も多かったのは「人的投資の進行(教育投資・給与、福利厚生などの待遇面の充実化)」43.5%、次いで「人的資本指標の明確化(人事KPIの設定)」43.2%であった。
また、大手上場企業は2023年3月期決算以降、有価証券報告書への人的資本の情報開示が義務化されている。情報開示内容は7分野19項目に及び、その一つが人材育成に関連する事項である。
さらに、2024年には「産業競争力強化法」で、中小企業を除く従業員数2000人以下の企業が「中堅企業」と定義された。同年に策定された「中堅企業成長促進パッケージ」には人材育成に関する項目も多く掲げられていることから、国や政府の企業に対する人材育成への後押しが見られる。
これらを鑑みると、上場企業を中心に2024年は人的資本経営「開示元年」であり、人的資本指標の開示などの取り組みや整備が目立つとともに、ポストコロナの経営環境も背景に、人材育成投資へのマインドが高まった1年であった。そして、2025年はいよいよ実装フェーズに移る人的資本経営「実践元年」になるだろう。
経営者人材育成が企業成長の鍵
タナベコンサルティングでは、経営者と同じ価値判断基準を持つ人材を“経営者人材”と定義している。経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」(2022年5月)では、「経営環境が急速に変化する中で、持続的に企業価値を向上させるためには、経営戦略と表裏一体で、その実現を支える人材戦略を策定し、実行することが不可欠である」と示されている。企業が持続的に成長するためには、経営戦略を実行に移すことができる経営者人材の育成と輩出が極めて重要であるのだ。
日本企業において経営者人材の育成が求められる背景の一つには、「コーポレートガバナンス改革」で掲げられた企業のサクセッションプランへの取り組みもある。
日本特有の古くからの昇進構造に起因し、多くの企業では40歳前後から管理職となり、マネジメント経験を徐々に積み始める。一方、欧米をはじめとする諸外国では、20歳代や30歳代の早い段階から実務を通じてマネジメント経験を積み重ねており、結果として同年齢で日本と諸外国を比較した際、培ってきた経験に圧倒的な差が生じている。
また、諸外国の先進的なグローバル企業では経営者人材の候補者を早期に選抜し、その候補者を対象に経営への実務的な参画や経営リテラシーを高める教育を行っている。一部の日本企業で人材の早期選抜は行われているものの、スピードや大胆さは国際的なレベルで必ずしも十分とは言えない。
経済産業省「『経営人材育成』に関する調査結果報告書」(【図表1】)が示す通り、経営者人材の候補対象は部長職が約88%、課長職が約59%となり、本部長職・役員の約44%を上回る。したがって、日本企業においてはミドルレイヤー(部長・課長クラス)を対象とした早期の人材育成の投資と実行が、経営者人材を輩出するための核となるのだ。
【図表1】「経営者人材」候補の現在の職位
出所 : 経済産業省「『経営人材育成』に関する調査結果報告書」(2017年3月)より
タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
ストラテジー&ドメイン エグゼクティブパートナー
大手アパレルSPA企業を経てタナベコンサルティング入社。ライフスタイル産業の発展を使命とし、アパレル分野をはじめとする対消費者ビジネスの事業戦略構築、新規事業開発を得意とする。理論だけでなく、現場の意見に基づく戦略構築から実行まで、クライアントと一体となった実践的なコンサルティングにより、成果に導くと共に経営者人材を創生していくことを信条とする。